29 初・インターネットショッピング
「これ、知ってる? 通販のサイトだよ」
「ああ、社名なら聞いたことがあります。何をしているかまでは、ちょっと、勉強不足で存じませんが」
慧の示す画面には、有名な、米国籍の企業名が表示されていた。父の会社ともやりとりがあるそうで、たまに、名前を耳にする。父は、仕事について、あまり具体的な話はしない。だから、私が知っているのは、本当に社名だけだけれど。
「インターネットで、ものを買うんだ。ほら、たくさん商品が出てくるでしょう」
白い背景に、鮮明な数々の商品の写真が、どんどん流れていく。写真の下には値段もついている。
「どうして、わざわざインターネットで買うのかしら」
「それは、お店に行かなくて済むから、楽だからだよ。持ち帰る手間もない」
こんなにたくさんの中から、目当てのものを探すのは大変そうだ。お店に行くのが面倒なら、来てもらえばいいのに。そんな考えが浮かんだものの、おそらくこれも非常識だろうと、口に出すのはやめた。
「藤乃さんの言ってたゲームのタイトル、なんだっけ」
「ええと……」
私の読み上げるタイトルを、慧は検索窓に打ち込む。
「これ……ああ、販売終了してるみたいだ。新品は売ってないよ」
「そうなんですか?」
「うん。ほら、見てみて」
パッケージを飾るのは、やはり私たちの通う学園であり、見たことのある男性たちだ。その下には確かに、「在庫切れ」の文字がある。
「だけど、中古なら売ってそうだね」
慧は、手慣れた調子で画面のあちこちに触れる。
「中古ってことは、他の方が一度使ったものってことですよね」
「そう。藤乃さんは、そういうの買わなそうだけど……それなら買えそうだよ」
画面には、「中古価格」という表示とともに、同様のタイトルが並んでいる。
「藤乃さんって、ゲーム機はもってるの?」
「いえ」
「だよねえ……俺も持ってないや。実際にプレイしてみるんだったら、本体も買わないといけなさそう。そうするとけっこうしそうだね」
「お金が、ですか?」
慧が頷く。「関連商品」と題されたゲーム機には、確かに、数万円の値がついていた。
「それは、私が出しますから」
「そう。……やっぱり、藤乃さんは裕福なんだね」
「いえ……自由になるお金がたくさんあるわけではありませんが、このゲームに関しては、どうしても内容が気になりますから」
もし本当に早苗をヒロインにしたゲームならば、手に入れることで得るものは、計り知れない。それこそ、小説みたいに。悪役令嬢を主人公にした小説は、「生前にそのゲームをしていて、内容を把握していた」からうまく行くのだ。
「……そうだよね、藤乃さんにとっては、大事な問題か」
「はい」
「藤乃さん、自分の住所宛に注文する? URL送ろうか」
慧の提案について、私は少し考えた。届いた荷物は侍女の誰かが受け取り、場合によっては、開封されて私の手元に届けられる。インターネットを通じて届いたものなど、危険物かもしれないから、間違いなく中身を確認される。
「私の家に注文したら、家人に中身を見られてしまうかもしれません」
親戚からの贈り物などは、特に見られても問題はない。しかし、今回は、人に見せるのは憚れる品だ。ゲームであるというのはもちろん、それが霞ヶ崎学園を舞台にしているのだから、尚更だ。
「そう。なら、俺の家に届くようにしてもいいよ」
「いいんですか?」
「もちろん」
そんな慧の提案は渡りに船。私は、ありがたくお願いすることにした。
「本当は、俺がお金も出してあげたいところだけど」
「いえ、私のわがままなので、そんな。むしろ、お手数おかけして、申し訳ないです」
「うん……どうしようかな。藤乃さんの携帯で頼んで、俺の家に送るのがいいかも」
慧の指示に従い、商品を選択して、自分用のカードを登録する。正直言って手間がかかるし、やはり人に頼んだ方が楽なのにな、と考える。同時に、彼らは私の代わりにこうした手続きを踏んでくれているのだ、と思った。
本体とゲームで数万円に達したが、構わない。言われた住所を入力すると、最終的に、「注文が完了しました」という画面に至った。
「これで、週末には俺の家に届くよ」
「ありがとうございます」
買い物といえば、侍女たちに頼むか、業者を呼びつけるか、あるいはものによっては店舗に直接出向くくらいしか、方法は知らなかった。これが常識的な買い方なのだとしたら、私はひとつ、学ぶことができたと言える。
不意に慧が、「あれ?」と声を上げた。
「なんです?」
「いや、……つい俺の家に届くようにしちゃったけど、そのあとどうしようね。学校に持ってきたら、藤乃さん、家に持って帰れる?」
「そうですねえ……」
私は再度、商品ページの規格を確認する。
「ゲームはともかく、ゲーム機は、けっこう大きいですね。こっそり持って帰るのは、難しそうです」
「だよね。俺は学校に持ってこられるけど、ここでできるかと言ったら、そうも行かない。学校には、俺たちが自由に使えるテレビなんてないし」
授業などで使うテレビは、部活動や委員会相手に貸し出しはされているものの、個人を対象にした貸し出しはない。それに、用途を聞かれたら、困ってしまう。「ゲームをするため」なんて正直に申し出たら、却下されるだろう。
「うーん……俺の部屋には小さいテレビもあるから、来てもいいよ」
「いいんですか? ぜひ」
「ま、冗談……え?」
え、という声が変に裏返る。慧は誤魔化すように、げほん、と軽く咳払いした。
「ぜひ、なの?」
「他に方法もありませんし、ありがたいです」
「まあ、そうだけど……」
慧は額に手を当て、深く息を吐いた。
「俺、桂一先輩に怒られそうだな」
「お兄様に?」
「うん……いや、でも、たしかにそれが良い方法だね。ちゃんとうまく説明するから、安心して」
慧は何か含みのある言い方をするものの、兄と彼の話は、やはり私にはわからない。
だから常識を学ばねば、と思ったのだ。
その件といい、今回の件といい、慧には手を貸してもらってばかりである。
「ありがとうございます」
「うん。藤乃さんが良ければ、今週末はどう? ファストフードの店を試してみるって話だったでしょ。そのまま、俺の家に来ればいい」
「それはいいですね!」
慧は、ふっ、と自嘲的に笑った。
「俺は庶民だから、家見て驚くかもしれないね。嫌に思わないでくれると嬉しいけど、いるのが耐えられなかったら、教えて」
「気にしませんわ」
「うーん」
慧は納得いかないように唸り、「どうかな」と小さく呟いた。
「今週末、慧先輩の家にお邪魔するの」
「ああ、あのケイ先輩? 珍しいわね、藤乃ちゃんが、そんなに仲良くなるなんて」
「……うん」
母はまだ、慧のことを女性だと思っている。兄と共謀して、その事実を隠している私は、多少の良心の呵責に苛まれながら、頷いた。
「何か、手土産は用意した?」
「え、してないわ」
「駄目よ、何か持っていかなきゃ。週末ね、取り寄せておくわ」
友人の家にお邪魔したことなんて、久しくない。そのような作法もよくわからなくて、楽しげに「何がいいかしら」と考える母の言葉を、私は聞いていた。
「ただいま」
「あら、おかえりなさい、桂一くん。早いわね」
「今日は真っ直ぐ帰ってきたから。お母様、なんだか嬉しそうだね。どうしたの?」
帰宅したばかりの兄からは、外の空気なのか、冷たい香りがする。ゆったりした動作で食卓につく兄の前には、運ばれてきたコーヒー。カップに唇を寄せながら彼が問うと、母が「そうなのよ」とふんわり笑った。
「藤乃ちゃんがケイ先輩の家に行くらしいから、準備しなくちゃと思って。嬉しいわ、高等部に進学したら、漸く分かり合えるお友達ができたのね」
「へえ……それは、よかったね」
兄が、目を細めて、柔和な顔をこちらに向けた。
「いい子だったからなあ。俺にも後で、聞かせてよ、その話」
あ、この笑顔は、仮面の方だ。
麗しい笑みに隠された苛立ちを感じ取り、私はどきっとする。
「ええ」
母に気取られないように、穏やかに返す。しかし、私の心中は、それほど穏やかではなかった。




