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12 約束の勉強会

「今日、髪型はどのようにされますか?」


 朝起きると、侍女が髪を結ってくれる。鏡に写る私の顔は、まだ少し眠たげだ。昨日は遅くまで、本を読んでしまった。

 主人公の美点を書き出すのは、昨夜は控えた。ただ、普通にお話が面白くて、やめ時が分からず、夜更かしすることになっただけ。

 昨日読んだのは、魔法の世界に転生した女性が、婚約破棄からの国外追放を受け、魔力だけで成り上がる話。魔法の描写がきらきらしていて、素敵だった。


「今日はお友達が来るから、いつものように……」


 ポニーテールに、と言いかけ、私は迷った。できることから、少しずつ、自分を高めていく。慧の言葉に従うなら、できることは、試してみるべきだ。

 頭をよぎるのは、海斗の言葉。早苗を褒めた彼は、中等部と同じ髪型なんてつまらないと言った。あれは、私のことを暗に示している。


「……少し、雰囲気を変えたいのだけど」

「そうですか。どうしましょうね」


 頼むと、侍女は私の髪を一房取る。鏡越しに、目が合った。

 私の髪は、黒くて、真っ直ぐだ。侍女は暫く考えた後、慣れた手つきで、髪をひとつにまとめ始める。


「雰囲気を少し、変えるのですよね?」

「ええ」

「なら、結び目の部分に少し、編んだ髪を巻きつけるのはいかがですか?」


 そう聞かれても、完成図が今ひとつイメージできない。私は、とりあえず「お願いするわ」と了承した。


「ほら、どうでしょうか」


 侍女に見せられた鏡を確認すると、普段通りの結び目を、編んだ髪が隠している。前から見た印象は変わらないものの、なんとなく、こなれた感じに変わっている。


「素敵だわ」

「お似合いです」


 私は顔を左右に向け、髪型を確認した。おしゃれに見える。それでいて、このくらいなら、普段と感覚に違いはない。

 服も侍女と共に選んだ。休日なので、もちろん、制服など着ない。髪型を変え、服を整えて姿見の前に立つ。学園にいるときとは、さすがに、全く違う雰囲気だ。


「ありがとう」


 侍女を労い、私は自室を出る。朝食を終えると、準備に向かった。


 事前に片付けを頼んでおいた部屋に入ると、中央に、大きめの円形テーブルが据えられている。お茶会用のテーブルだが、今日はこれが、勉強用の机になるだろう。


「このテーブルクロスは、少し書きづらいかもしれないわ」


 かけられた純白のテーブルクロスは、表面が大きくでこぼこしている。筆記具で書くことを考えたら、やや不向きだ。そう伝えると、侍女がさっと動き、表面がつるっとしたグリーンのクロスを持ってきてくれた。


「お嬢様、お客様がいらっしゃいましたよ」


 時間になると続々と、クラスメイトが集まってくる。


「おはようございます」

「お招きありがとうございます、藤乃さん」

「こちらこそ、来てくださってありがとうございます」


 ひとり、またひとり。そこまでかしこまった会でもないので、席は特に指定していない。着いた順に、思い思いの場所に腰掛けていく。


「あら、美味しいわ。この紅茶」

「母のお気に入りなんです。私も品種は存じあげないのですが、美味しいですよね」

「紅茶なら、あれも美味しいですわ」


 おもてなしの紅茶から、話に花を咲かせているうちに、集まるべき人は、皆集まる。


「……早苗さんは?」


 彼女、ひとりを除いて。

 やや大きめな円形のテーブルは、全員の顔を見渡すことができる。集まった2人と、私は順番に顔を合わせた。


 真理恵、遥。ふたりはいつも、早苗と一緒にいる。

 真理恵と遥は初等部、中等部と共に進学してきた仲間ではあるが、私とはタイプが違うので、親しくしては来なかった。

 今回、勉強会をするにあたって、予定が合ったのがこのふたりだったのだ。


「何か、ご存知?」

「いえ……特に聞いてはいませんわ」


 たしかに早苗は、勉強会には消極的だった。それでも皆で交わした約束だし、守らないはずはなかろう。

 このまま来ないのでは、と訝しく思っていたところへ、扉がノックされた。


「お嬢様」

「来たみたいですわ。どうぞ」


 扉が開くと、ピンク色の塊が、ふらりと入ってきた。早苗だ。ピンク色の、可愛らしいいワンピースを着ている。


「疲れた……」


 早苗の声は、今までに聞いたことのないような、ざらついたもの。彼女の額には、汗で前髪が貼り付いていた。


「どうされましたの? ……今、冷たいお茶をご用意させますから」

「駅から、遠くて」

「駅? 私、車での地図を載せませんでしたっけ」


 早苗は体を起こすと、膝に手を当てたまま、顔を上げる。


「どうやって、車で来るっていうの……?」

「……あ、そうですわね」


 車での送り迎えがあるのは、当然だと思っていた。早苗の家にはそれがない、というわけである。


「ごめんなさい、帰りは運転手に送らせますわ」


 咄嗟にそう提案する。


「……助かるわ」

「こちらこそ、お気遣いができなくて、ごめんなさい」


 早苗が特待生であることを踏まえて、そっと配慮をするべきだった。申し訳なく思って、円卓状のテーブルに目をやる。座っている級友たちは、何もなかったかのように、穏やかに微笑んでいた。

 ありがたい。早苗の友達なだけあって、ふたりとも、蔑むような顔をしなかった。


「早苗さんも、こちらへお座りになって」

「さ、始めましょ」


 空いている席に、早苗を案内する。用意させた冷たいお茶を飲んで、人心地ついたらしい。「ありがとう」と言って微笑んだ彼女の顔つきは、いつものように、朗らかだった。


「早苗さんは、普段どんな風に勉強してらっしゃるの?」


 各々が教材を広げ、ひそやかにお喋りしながら勉強を始め、少し経った頃。私は素知らぬ風を装って、早苗に聞いた。

 今日の目的のひとつは、早苗の勉強方を知ること。それを真似すれば、私も力をつけられるかもしれない。


「普段……? こうして、教科書を読んでいるけど」


 先程から早苗は、カリカリと書き物をする私たちの近くで、ぼんやりと教科書を読んでいた。


「それで、頭に入るんですか?」


 手の内を明かさないために、敢えてやっていることなのかと思っていたけれど。私が驚いて問うと、早苗は頷く。


「まあ……」

「すごいですわね」

「早苗さんは、頭のつくりが違うのですわ」


 本当に、そうだ。

 見るだけで頭に入って、あれだけの成績が取れるなんて。


「羨ましいですわね」

「本当。それで、明日は海斗様と勉強会をなさるんでしょう? ますます、お勉強が得意になるんじゃありません?」

「ちょっと、遥さん……!」


 遥を咎めたのは、真理恵。焦ったように制止する真理恵に、遥がきょとん、と視線を向ける。


「何かしら?」

「海斗様の話は……その、控えないと」


 真理恵の視線が、気まずそうに私を見る。


「……あっ」


 その視線を追って、遥がまずい、という表情をした。


「お気になさらないで。私も、お三方の勉強会には、興味がありますもの」


 場を和ませようと思って、笑顔を作って言う。胸はぴりりと痛むが、興味があるのは本当。

 私の気遣いは、真理恵の強張った表情によって、受け止められた。


「すみません、藤乃さん。遥さんは、うっかり口が滑ってしまって。悪気はないんです」

「わかっていますわ。本当に、気にしないで」


 言葉を重ねても、真理恵の表情は引きつったまま。


「えっと……あの……」


 遥は、口をぱくぱくさせ、視線を泳がせながら、言葉を探している。


「私、気を悪くしてなんていませんから。ねえ、本当に、お気遣いなく」

「でも、でも、ごめんなさい」

「本当に、構いませんから」


 念を押せば押すほど、遥の華奢な肩は、ますます狭められていく。真理恵も、相変わらず緊張した表情だ。

 早苗は早苗で、我関せずと言った風に、また教科書を読み始めている。

 いや、早苗が、教科書から視線を上げた。


「本人が気にしないでって言ってるんだから、気にしなければいいじゃない」


 うん、そう。確かに、そう。

 しかし早苗がそれを言うと、途端に空気が凍る。元を正せば、彼女が海斗と異常に距離が近いことが原因なのだ。


「……そ、そうですわ」


 早苗の発言の違和感から、私も不自然な反応になってしまった。当然、私がそんな言い方をしたところで、真理恵も遥も、その強張った表情を変えようとしない。


 どうしたら、この妙な空気を払拭できるの?


 戸惑う私を救うかのような、ノックの音が、部屋に響いた。

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