ある病院での診察
「赤井さーん。お待たせしました、診察室へお入りくださーい」
のっぺりとした顔の看護師に呼ばれ、赤井は待合室の椅子から腰を上げた。
診察室と木製のプレートが掛かる、古びた引戸を開ければ、毛が真っ白になった老医者が待っていた。高齢といえども、衰えは見られない。
「こんにちは、赤井さん。今日は、どうされましたかな?」
椅子に座り、赤井が症状を訴える。
「先生、昨日の晩から腹が痛いんです」
「熱や、吐き気はありますか?」
「吐き気はありません。熱は、肌が赤黒いのは生まれつきなもんで。あるのか、ないのか、わからないです。……ただ、胃もたれにしちゃ、どうにも変で」
大柄の赤井が、背中を丸めて腹を手でさすっている。切っていないため、爪が長い。
「ちょっと体の音を聴いてみましょうか」
老医者が、首から下げていた聴診器を赤井の胸に当てた。ひとしきり音を聴いて、聴診器を耳から外す。
「ふぅむ、大丈夫そうですね」
さらさらと、カルテに小筆で書きつける。
「昨晩は、何を食べましたか?」
「それが……生レバーを。美味いもんだから、つい」
恐縮する赤井に、老医者の眉が跳ね上がった。
「おやおや、生レバーね。どこで、どれぐらいの量を食べたの?」
「大江のほうで、十人分ほど」
「ふぅむ。このご時世、よくそんな量があったね」
「知る人ぞ知る、穴場なんでさ」
さらさらと、老医者がカルテを書く。
「赤井さん。食べた量のことは、とやかく言わないが、ちゃんと火を通して食べないと駄目だよ。あんたも知っているでしょう?」
「ああ、はい。でも、若くて新鮮なものだから、大丈夫かなって」
小筆を置いて、老医者はため息をついた。
「若くて新鮮でも危ないの。今は事前に予防薬を注射したり、ちょっとでも具合が悪くなったら大量に薬を与えたりしているんですから。一見、健康そうでも、上質で安全な肉とは言えんのですよ」
「はぁ」
毛深い手で、赤井は頭をかいた。
「食べ残しは、あるの?」
「ありましたが、全部、餓鬼にくれてやりました」
「じゃあ、骨も残らないでしょうな。良いことだ」
老医者が頷く。
「最近、肉のほうは食べなくなったの?」
「この歳になると、肉の繊維が牙に挟まるもんで」
「まだまだ若いでしょうに」
「先生から言ったら、みんな若造でしょう」
ぽん、と老医者が腹鼓を打った。
「何、八百年も生きれば、お迎えがそろそろですよ」
「先生は大明神あたりになれそうですね」
「こらこら。お世辞で化かすんじゃない」
年月を経て、真っ白な体毛になった大狸が笑う。
ぽん、と腹鼓をひとつ。
「人肉の軽い食当たりのようですな。胃薬を出しておきましょう。お大事に」
「ありがとうございます」
赤鬼が頭を下げた。