4話 「魔女っ子ティア『雷精の双翼!』」
1*****
少女「…………」
魔女「ええと……うん。『彷徨える鬼火の欠片』。今回はこれでいきましょうか」
聖女「…………」
魔女「氷は……『震撼せし氷雪の一雫』。うん、バッチリね」
少女「…………」
魔女「雷はこれしかないわ、『迸るは雷精の双翼』! いいわ、今日はすごく捗るわ!」
聖女「……ふふ、うふふ。ティアったら可愛いですね」
魔女「――め、メルウ! フェルも! あ、アンタたちいつの間にわたしの部屋に!?」
聖女「ちゃんとノックしたのに返事がないんですもん。『ファイア』『アイス』『サンダー』……初級魔法にしてはずいぶんとその……ふふ。格好良いですね!」
魔女「~~っ!! どこから見てた!? まさか火の魔法から全部見てたんじゃないでしょね!」
少女「机の引き出しの二重底を開けて、『ティアの秘密ノート』と書かれた冊子を取り出したところからだよ」
魔女「帰れ! お願いだから二人とも帰って!」
2******
魔女「……生きてるのが嫌になった」
魔女「……こういうときはあれね。新しい詠唱を考えるのが一番だわ」
魔女「ええと火の魔法がまだ途中だったわよね。六十七ページ目と。ええと」
少女「ええと、『我が精霊に告げる。火の元素を担いし』――」
魔女「アンタたちさっき出て行ったのにどうして!?」
聖女「それはもちろん。私のショート転移と――」
少女「あたしのどこでも覗ける双眼鏡で――」
聖女&少女「今日は一日ティア(お姉ちゃん)につきっきり!」
魔女「……アンタら……もう許さないわ……」
聖女「あれ? やりますか? 彷徨える鬼火の……ふふ。欠片で、私の聖十字滅波砲《超上級神聖魔法(正式名称)》に張り合ってみます?」
魔女「もう本当に帰って!」
聖女「あ、ティア泣かないでください」
少女「(お姉ちゃんがフォローするときもあるんだ)」
3******
聖女「すみません。少しからかいすぎました」
少女「ごめんねティアお姉ちゃん。そんなに傷つくとは思わなくて。でも、うん、ちゃんと格好良かったよ」
聖女「そうですね。『彷徨える鬼火の欠片』。ほら、『ファイア』ってゆらゆらしてるから鬼火にたとえたんですよね」
少女「すごいねティアお姉ちゃん! バッチリ決まってるよ!」
聖女「欠片なのは初級の魔法だったからでしょう? 威力があまりないから、欠片と表現したんですよね」
少女「すごいねティアお姉ちゃん! 細やかな配慮だよ!」
魔女「細かく解説するのはやめて!」
聖女「どうして褒めたのに泣くんです?」
4******
魔女「アンタたち……もう人のプライベートに入って来ないで」
聖女「何を恥ずかしがっているんですか? これはいずれ人前で唱えて公開するものでしょう?」
魔女「未完成なところを見られるのが何より嫌なのよ! アンタにはわからないわ! この悪魔……!」
少女「? 悪魔はあたしだよ?」
聖女「もうティアったら。間違えるのはフェルに失礼ですよ」
魔女「そういう意味じゃないことくらいわかるでしょ!?」
少女「えー……あたしそんなのわかんないよー」
魔女「あ、アンタはまだ子どもだからいいのよ……」
聖女「メルウもわかんないよー」
魔女「可愛くすれば何でも許されると思うのは間違いよ?」
5******
少女「追い出されちゃったね」
聖女「まさか魔女が魔除けの結界まで張るとは思っていませんでした」
少女「魔女の矜持も何もあったもんじゃないね」
聖女「まあ私は聖女なので抜けるのはたやすいですが」
少女「どうする? あたしは悪魔の――いや、覗き魔のプライド的に、結界なんかで諦めるのは許されないけど」
聖女「そこ言い直さなくても大丈夫でしたよ? そうですね、あんまり怒らせると次は家にも入れてもらえなくなります。そろそろ加減が必要な頃合いです」
少女「あー、それは困るかな。魔界に帰る方法を見つけるまでは、お姉ちゃんたちのところにいたいし」
聖女「安心してください。ティアを言いなりにできるプランは完璧です」
少女「メルウお姉ちゃんがすごい悪い顔をしてる……!」
聖女「……あ、いつもの癖で言い間違えましたね。ティアを喜ばせる良い方法があります! でした」
少女「間違える要素がどこにも見当たらなかったよ」
聖女「今回は純粋にティアのために動きますよー! さあ、楽しみながら取り掛かりスタートです!」
少女「ティアお姉ちゃんいつも苦労してるんだろうなあ」
6******
聖女「ティア、ティア! 大変です!」
魔女「……何よ、いま大変なのはわたしの精神なのよ」
聖女「そんなくだらないことを言ってる場合じゃないんです! スライムが出てきました!」
魔女「さらりとひどいこと言ってんじゃないわよ。って、スライム?」
聖女「はい! ティアを元気付けようと庭で新しい悪魔を召喚しようと思ったら、なぜかスライムなんです!」
魔女「落ち着いて。わたしを元気にしたいならアンタがいなくなればいいんだけど……そっか、アンタってスライム苦手だっけ」
少女「メルウお姉ちゃんも苦手なものってあるんだ」
聖女「あの巨大なゼリーみたいな不定型さと、鞭どころか火の魔法以外が通用しない不気味さがどうにも受け付けません」
魔女「悠長に説明してる場合じゃないでしょ。増殖でもし始めたら面倒なことになる。さっさと庭に行くわよ!」
少女「……速いね。上手くスライムを使えばメルウお姉ちゃんを追い出すのに役立ちそうなのに。全然そんな気なさそうだよ」
聖女「ふふ、そこがティアの良いところなんですよ」
7******
魔女「こ、こんなデカいスライム召喚したわけ? わたしの十倍は大きいんだけど……」
聖女「……す、少し魔力を込めすぎました。私には荷が重い相手です……」
少女「(メルウお姉ちゃん、ちょっと声が震えてる。本当に苦手なんだ……)あたしも。今回の召喚はなぜか魔力がほとんど練られないの。こんなおっきなのムリだよ」
魔女「普段ロクでもないことばっかりなんだから、緊急事態くらいは役に立ちなさいよね」
聖女「ティア。こうなったらティアの魔法しかありません」
魔女「い、いや、わたしの魔法はいま改変中で……」
少女「……大丈夫だよティアお姉ちゃん。さっきの魔法、じゅーぶん格好良かったよ」
魔女「……分かったわ」
聖女「ティアの魔力がどんどん高まっていきます!」
少女「ティアお姉ちゃんってこんなに強い魔力を持っていたんだ!」
魔女「消し炭にしてあげるわ。『彷徨える鬼火の欠片』!!」
聖女「スライムが一瞬で蒸発を……! さすがティア。初級魔法でこんな威力が出るなんて!」
魔女「ふ。我が炎の牙から逃れられる者はいないのよ!」
少女「チョロいなあ」
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魔女「ふふん。やっぱりわたしの魔法ってすごいじゃない!」
少女「うん、とってもすごかったよティアお姉ちゃん! 大物魔女の貫禄が出てたね!」
魔女「そうでしょそうでしょ」
少女「ところであたし、帰れと言われても困るの。ここしか行くとこがないもん。しばらくあたしを、お姉ちゃんのとこに住まわせてくれたなあって」
魔女「いいわよいいわよ」
少女「(チョロい)」
聖女「あ、それでは私もフェルがいる間はティアの家に住みますね」
魔女「それはダメ」
少女「(そこは冷静なんだ)」
9******
魔女「あー、すごく楽しい気分だわ。今日は素敵な一日ね」
少女「とっても格好良い魔法を使えるティアお姉ちゃん、あたし今日はハンバーグが食べたいな」
魔女「いいわよいいわよ。腕によりをかけて作ってあげるわ」
少女「……とっても魔法のセンスがいいティアお姉ちゃん。あたしの双眼鏡の性能を上げたいから、地下の研究室に貯蔵してある魔法アイテムをいくつか貰うね?」
魔女「いいわよいいわよ。いくらでも持っていきなさい」
少女「チョロすぎるよティアお姉ちゃん!(あたしが言うのもなんだけど)」
魔女「そんなことないわよー」
聖女「私も欲しいアイテムがあったんです。ありがたく頂きますね」
魔女「アンタはダメよー」
聖女「ティアったら私にだけひどい!」
少女「(これは嫌悪感が魂にこびりついてるやつだ)」
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少女「ティアお姉ちゃんが元気になってよかったね、メルウお姉ちゃん」
聖女「……ええ、泣かせてしまうのは……私の本意ではありませんからね……ティアには元気で……明るくいてほしいものです……」
少女「ふだんそんなふうに考えてるなんて、まったくわかんないけれど……」
聖女「……楽しむということは、羽目を外すということ。時に行き過ぎてしまうのは……仕方のないことです。森羅万象というやつです」
少女「しばらく魔界にいた間に言葉の意味とか聖女の思想とかが大きく変わってる気がする」
聖女「人とは変わるもの……ですから……」
少女「覗き甲斐がありそうな人界であたしは嬉しいけれど……メルウお姉ちゃんは楽しむどころかすごくしんどそうなのはどうして?」
聖女「……人を完璧に騙すには……細部のリアリティを出すのが必要不可欠です」
少女「それがどうしたの?」
聖女「……そろそろスライムの気持ち悪さが……限界です……パタリ」
少女「倒れた……まあ、メルウお姉ちゃんなりに頑張ったってこと……かな? 方向性がすごくおかしいけど」