3話 「大悪魔を舐め回すように見ていた悪魔(食い違いあり)」
1******
聖女「聞いてください。最近、ティアが冷たいんです」
聖女『それはさみしいねメルウちゃん。ティアったらひどいよ』
聖女「いいえ。きっとティアには事情があるんです。私には直接言えないような深い事情が……」
聖女『そっか……メルウちゃんは優しいんだね。ちゃんとティアのことを考えてるんだ』
聖女「これでも聖女ですからね。そこで一つ、あなたにお願いがあるのですが」
聖女『なんだい? 何でも言ってくれよ。ボクはメルウちゃんの頼みならどんなことだって聞いちゃうよ』
聖女「ありがとうございます。ティアの悩みというものを突き止めて欲しいのです。いえ、もちろんティアの邪魔になることはしません。影ながら力添えをできればと思っていまして」
聖女『メルウちゃん……分かったよ。ボクに任せておいて!』
聖女「ありがとうございます! やはりこの重大ミッションは、あなた以外には頼めませんからね!」
魔女「わたしのこめかみで雑な腹話術をするな!」
2******
魔女「わたしの悩みは、呼んでもないのにアンタが毎日毎日わたしの家に来ることだけよ!」
聖女「えー、何が不満なんですか? こうして美味しい朝ごはんをティアの分まで持参してるのに」
魔女「そ、それは。まあ、美味しくいただいてるけど、そこはありがとうね。ただそれとこれとは別でしょ?」
聖女「そんなのひどいですよ。どうして私が来たらいけないんですか?」
魔女「アンタが嫌いだからに決まってるでしょ」
聖女「聖女として信仰御礼、絶賛活動中の私のどこを嫌うと!?」
魔女「言わなきゃ分からないなんて嘘よね?」
聖女「うーん……棚に置いてあったこの『飲ませた相手を言いなりにできる薬』。朝ごはんに毎日仕込んでいるのに効き目が悪いですねー。ティア、調合間違えてるんじゃないです?」
魔女「そういうとこよ!!」
3******
魔女「おかしいわね……わたし薬学は優秀なはずなのに……」
聖女「『――集え 魔の理は我が手の内に 闇の定命は汝らの意がままに』」
魔女「あれ……これホレホレ草じゃなくてアマアマ草じゃない!」
聖女「『肉と土 骨と霊脈 血こそ汝らへ捧げる贄とならん』」
魔女「最近の飲み水がジュースみたいに甘かったのこれだったのね!」
聖女「『我が魂は此方に 我が力を彼方に 契約は其処 我と汝が連なる鉄の篝火』」
魔女「わたしとしたことが、まさかこんな失敗をしちゃってるなんて……!」
聖女「『来たれ 顕現せよ 汝は神をも砕く大逆の祖 我と立ち 我を喰らい うつろう世に威を示せ』」
魔女「このままにはしておけないわ。一から勉強のやり直しよ!」
聖女「新しい悪魔を召喚できました!」
魔女「いつの間に!?」
3******
聖女「そういえばティアは契約できるなら、どんな悪魔でもいいのですか?」
魔女「いやあ。さすがに私も、召喚されてそうそう溺れ死にそうになる悪魔は勘弁して欲しいわね」
聖女「だと思いました。ふふふ、今度の悪魔はすごいですよ……!」
魔女「どうせ色物なんでしょ? イカとか、サメとか、ゴリラとか――」
少女「あたしを軟体類や魚類や哺乳類と一緒にするなんて! ひどい!」
魔女「……子ども?」
少女「真っ赤な長い髪、まん丸しててキレイな髪と同じ赤い目! どこをどう見ても人間の少女だもん!」
聖女「ほーら、可愛らしい女の子!」
魔女「っていうか哺乳類じゃない!?」
4******
少女「あたしは大悪魔アスモデウス!」
魔女「――な!? どんな大物呼んでんのよメルウ!」
少女「――の娘!」
魔女「……まあ妥当なところよね」
少女「――と仲が良く、ライバルでもある公爵級悪魔!」
魔女「……まあ、実力は高い悪魔のようね」
少女「――から飴を貰った女の子!」
魔女「もうそれ、アスモデウスの前振りいらないでしょ」
少女「――を双眼鏡で舐め回すように眺めていた悪魔なの!」
魔女「結局どんな悪魔よそれ!」
5******
少女「あたしを召喚した貴女たちはとっても幸運よ。上級悪魔、特技は予言と戦いと覗き見。趣味は双眼鏡での人間観察。夢は人間の世界を支配することなの!」
魔女「この悪魔、ツッコミどころがありすぎるんですけど……とりあえず趣味と夢の落差をどうにかしてくれない?」
聖女「ふふ、可愛らしい子ですね。私は聖女のメルウ。こちらは魔女のティア。あなたのお名前はなんて言うんですか?」
少女「ルシフェル! あたしルシフェルがいい!」
魔女「いや本名を名乗りなさいよ。なんで最上級の魔王を偽名に使うのよ」
少女「……ダメなの?」
魔女「え、いやダメってワケじゃないけど……ちょ、悪魔がそんなことで涙目にならないでよ!」
聖女「いいえ構いませんよ。あのお姉ちゃんは意地悪ですからね。気にしないでください」
魔女「アンタにだけは絶対に言われたくないことを言われたわ!」
聖女「そうだ、間違えてしまう人がいても困りますし、間を取ってお名前はフェルにしましょう」
魔女「……もうそれ別人じゃない。そんなの納得しないでしょ」
少女「うん! それじゃあ、あたしのことはフェルって呼んでねお姉ちゃんたち!」
魔女「急に馴染んだわね(……ちょっと可愛いじゃない)」
6******
少女「貴女たちが、今回あたしの世界征服に手を貸してくれる人間なんだよね? よろしくね!」
魔女「……悪いけど、わたしたちはそんなことでアンタを呼んだじゃないわ。ちょっと力を貸して欲しいだけなのよ」
少女「……やだ。あたしは世界を支配するんだもん。するんだもん!」
魔女「そんな大それたことしてどうするつもりなのよ?」
少女「うーんとね……みんなからすごいねーって言われたい!」
魔女「手段のわりに結果がみみっちすぎるわよ!?」
聖女「まあ、私が聖女になった理由と同じじゃないですか。フェルは将来有望な悪魔さんですね」
魔女「こじれるからアンタはちょっと黙っておきなさい!」
少女「ふぇ……ご、ごめんなさい」
魔女「あ、アンタのことじゃなくてね。その、ほら泣かないで」
聖女「ティアったら小さい女の子をいじめて本当に魔女!」
魔女「ねえ本当に黙ってて?」
7******
少女「仕方がないなあ。今回は適当に覗きだけやって帰るよ」
魔女「見た目が可愛い女の子じゃなかったら出るとこ出なきゃいけない発言ね」
聖女「覗くならお勧めの人物がいっぱいいますよ! 私に任せてください!」
魔女「わたしの名前が入ってるんじゃないでしょうね? フェルを利用してわたしの秘密を暴こうって真似はさせないわよ」
聖女「あら。ティアはリストには入ってないですよ」
魔女「……本当に? わたしをからかう絶好の機会、アンタが見逃すとは思えないんだけど」
聖女「だってティアの事は知り尽くしてますから! 今さら悪魔の力を借りなくても平気です! 一日のおトイレの回数までわかりますよ?」
魔女「よし、今すぐに帰れ。そして二度と来ないでちょうだい」
少女「(このお姉ちゃんたち仲良しなのかなあ)」
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少女「ふーん。聖職者のお偉いさんばっかりなんだね」
聖女「もちろんです。覗きとはイコール弱味を握ること。知は魔力に勝る武器。いずれ起きる権力戦争において、必ずや力になります」
魔女「アンタ自分の職業が聖女だって覚えてる?」
聖女「……ハッ!」
魔女「嫌味だから! 本当に忘れてたみたいな顔するな!」
少女「うーん、これはあたし的に興味ないや。ごめんねお姉ちゃん」
聖女「まあそうですか。残念ですけど仕方がありませんね。ではフェルはどういう方を覗きたいのですか?」
少女「あたし、メルウお姉ちゃんみたいなキレイな人を双眼鏡で覗くのが一番スキなんだぜ!」
聖女「――私」
魔女「メルウが珍しく固まった! ちょっと、しっかりしなさいよ!! 覗かれることくらいで何よ。アンタの聖女パワーとやらで防いだらいいでしょ」
聖女「……ああ、いえ。すみません。それはそれでゾクゾクしちゃうなと思って。悪魔に取り憑かれた聖女の私! ステキ!」
魔女「もっと様子を見てから声をかけるべきだったか」
少女「(うん、たぶん仲が良いんだろうな)」
8******
聖女「残念ですが。帰ってしまうのですね」
少女「うん……別の人に召喚されるのを待つことにするよお姉ちゃん。やっぱりあたしの目的は世界征服だから。趣味で遊んでる場合じゃないんだよね」
魔女「一日中わたしの家でパーティーだって飲み食い騒いだあとのセリフじゃないわよね」
少女「ティアお姉ちゃん……ごめんね。良い悪魔と契約してね。あたしも、週三くらいでごはん食べに来るから」
魔女「うん……世界を征服するってそんな簡単なことじゃないと思うのよ」
聖女「私は貴女のことを忘れません。いつも覗かれていると思って、ドキドキワクワク心をときめかせていますからね」
少女「――うん、ありがとうメルウお姉ちゃん! あたし、いっぱいお姉ちゃんのこと覗くから!」
魔女「…………(引くほど何言ってるかわかんないけど、感動してるみたいだからいいのよね?)」
少女「それじゃあね。短い間だったけど、楽しかったよ……!」
聖女「さようなら、フェルちゃん!」
魔女「……またね」
少女「…………」
魔女「…………」
少女「…………」
少女「……あれ帰れない」
9******
聖女『ボクを覗くのはやめてくれよフェルちゃん。照れるじゃないか』
少女「いいじゃないのいいじゃないの。いい子だから、あたしにもっと覗かれなさいよ」
聖女『ボクが無防備だからってひどいよー。恥ずかしいよー。あ、でもフェルちゃんみたいな可愛い子ならちょっと良いのかも』
少女「そうでしょそうでしょ。あたしに覗かれて嫌がる人なんていないもん」
聖女『ああ、なんだいこの気持ちは。ドキドキが、ドキドキが止まらないよ。フェルちゃん、フェルちゃん。双眼鏡を外して、もっと近くで覗いてもいいんだよ……!』
少女「あは、ほらその隠れた部分までさらけ出して。もっとよもっと! あたしに全てを見せて!」
聖女『フェルちゃん!』
魔女「わたしのこめかみで遊ばずにさっさと帰る方法を探せ!」