きよし、スライムに飲まれる
【前回までのあらすじ】
主人公の御手洗清は、便器にお尻がはまって抜けられなくなり、そのまま水洗便所に流されて絶命した。しかし死んだ爺ちゃんがうんこの神様をしていて、清を転生させてくれることになった。転生した清は冒険者ギルドでパンパンというパンダ獣人と知り合いになる。そこで、パンパンと一緒に能力の強さを調べてもらったが、なんと清は何の役にも立たないゴミ階級と判定されてしまった。
◇
ああ、じいちゃん、俺、うんこ界に戻らなきゃかも。巨大なスライムの胃袋の中で俺は人生を振り返っていた。すでに服の一部は溶かされていて、巨大スライムの栄養分になってしまっているだろう。このままでは、俺もスライムの肉体の構成成分となって再び天に召されるに違いない。
そう、すべての元凶は、今朝あのパンダ野郎がふざけた誘いを俺にかましてきたからだった。
「きよし、よく聞くクマ」
パンパンが宿のベッドに引きこもっている俺の体を揺さぶる。全力でシーツを頭から被り現実逃避する。冒険者ギルドでこけにされた事件から一日、俺はもう再起不能だ。死にたい。一歩も動きたくない。もうやだ。ニートになる。
「これを見るクマ」
パンパンは俺の布団を無理やり引き剥がし、ババーンと何か絵の描いてある紙を見せつけてくる。紙にはスライム?だろうかの絵が描かれている。
「なんだこれ? 塗り絵か?」
興味ないわ。寝るわ。そしてこのまま朽ち果てるわと、もう一回布団を被り直す。
「違うクマ。これは依頼クマ。清も一緒に討伐するクマ!」
「それは、うんこ階級の俺でも受けられんの?」
ちょっと気になったからとりあえず聞いてみる。どうせゴミ階級に受けられる依頼なんてあるわけないもん。冒険者ギルドに貼ってあった依頼書のほとんどは、低くて鉄階級以上。多くが銅階級から受けられるものばかりだったし。
「だめクマ」
「寝る」
即答。布団に引きこもる。この糞パンダ野郎、俺のことを馬鹿にしにきたな畜生。ちくしょう……!
「違うクマ。おいらが受けてきたから、一緒にやって、成功したら清の報酬の半分を上げるクマ。パンダ熊族は約束を守るクマ」
「……。そんなに俺が必要なのか」
「必要クマ」
パンダ獣人ははっきりと言い切る。どうしてゴミ階級の俺なんかをこんなに気にかけてくれるんだろうか。――こいつ、まじでいいヤツすぎだろ!
自分が必要とされている事実に、なんとなくやる気が出てくる。もしかしたら、コイツみたいに俺を必要とする美少女がそこらへんで助けを求めているかもしれない。
美少女を助けた俺は、そのまま恋に落ちて……うへへへ!
「しょうがねえなあ! ゴミうんこ等級の俺が一肌ぬいでやるよっ! っしゃおら!」
空元気を出してベッドから飛び降りる。さぁてこの俺様に倒されてえ魔物っちゅうのはどこのどいつだ。俺とラブラブになるのはどこのお嬢様かなぁー!
「さすが清クマー。頼りになるクマ!」
………………
…………
……。
街から少し離れた小高い丘の上。牧草に覆われた大地には数多くのスライムがたむろしている。わらわら湧くそいつらの中に一匹だけめちゃめちゃでかいやつがいる。ボスなんだろうか?
「タケバースト!」
パンパンの手のひらから大量のたけのこが射出される。そのタケノコは、青くてめちゃめちゃでかい眼の前のスライムに向かってまっすぐ飛翔する。
「おお、すげえ勢い! これは効くぞ!」
だが、クソデカスライムが変形し大きな口を作ると、そのまま全部のタケノコを食べらられてしまう。そして、なんかますます巨大化してる気がする。
「だめじゃん? お前の能力だめじゃん?」
パンパンに全力でダメ出しする。この際、自分のことはいい。俺を差し置いてタケノコ出すだけの、こいつが金階級なのムカつくからしょうがないね。
「くっ、おいらのタケノコが美味しすぎるからクマ」
「ええ、そういう問題なの?」
たしかにこいつのタケノコはすげえうまい。昨日の夜は、お金もなくて食べるものもなかったから、パンパンが出したタケノコをいっぱい食べた。それが硬すぎず柔らかすぎずめっちゃうまかったんだこれ。
「そういう問題クマ。そこだけが譲れないクマ」
そうこう無駄話をしている間にも、クソデカスライムはどんどんこちらに迫りくる。うねうねと大きな口を開けて俺らのことを取り込もうととしてるみたいだった。
「清。きみの本当の力を見せてみるクマ。一級神の力をここで発揮するクマ」
確かにデカイスライムはどんどんこちらに迫ってくる。なんとかしないと二人共食われてしまうだろう。といっても、パンパンが発破をかけてくれたところで、正直俺自身何が出来るかもわからねえ。
「よし、とりあえず殴ってみるわ」
「よしクマ!」
「うおおおおおおおおおおお!」
俺はクソデカスライムに向かって素手で殴りかかる。この神の拳、喰らいやがれ!
とりあえず適当な技名を叫んでみる。
「大いなる便神の怒り!」
そして俺は、スライムに捕食された。
………………
…………
……。
はあ、これはやべえって。体動かないもん。真っ暗で何も見えやしねえ。 完全にスライムの中に取り込まれていた。体は溶けたりしていないが、これも時間の問題だろう。あたりにはさっきパンパンが飛ばしまくったタケノコが一緒になって入っている。
「くそ、せっかくの転生チャンス。こんなところで終わるとかないだろ」
うんこ界に帰ったらぜったい糞爺をぶっ殺すと決意を固める。しかしこのまま、体が溶けて死ぬのはどう考えても苦しそうだ。肌が溶解液のせいかピリピリしているのを感じる。
「せや! タケノコ死ぬほど食ったらねむくなるはず! そしたら、安らかに逝ける!」
俺、天才だわ。そして爺殺す。と、俺はあたりのタケノコを貪り食いはじめる。流石に戦闘用のタケノコなだけあって少し味にエグミがあるが、生で食べられるくらいだからかなり美味しい部類だろう。
六本目のタケノコに差し掛かろうとした所、何やら天から声が聞こえた気がする。ああ、ついに命尽きようというのか、思ったよりも随分早かったな、と想像以上に穏やかな気分だ。
「あー、きよし、ういっす。異世界生活はどうじゃ?」
……。
「殺す」
そいつは爺の声だった。今さらどの面下げて現れてんじゃボケ。絶対に殺す。
おめえが能力の説明もせずにこんな世界に転生させやがったから、孫がいま溶けて死にそうになってんだぞ。祖父としての自覚も誇りもねえ、まさしく“糞”爺だよてめぇは。
「まてまて、お前に能力のことを話すのを忘れとったんじゃ。それを今伝えようとな?」
「能力? 今の俺の状況見て言ってんのかくそじじい!」
俺の服は、スライムの消化液でピラピラになってきている。肌も痛いような熱いような感じがしてヤバさがビンビンだ。だいたいこの爺のことだから、どうしようもない能力だろう。現に冒険者ギルドでの判定でもゴミ扱いされたし……。
「まぁまぁ、怒るな清よ。お前の能力はすごいぞ。んー、わしも優しいからぁ。どうしても聞きたいなら教えてやってもいいんだぞ?」
ビキビキビキ、どこまで上から目線なんだこいつ。腹が立ちすぎて脳の血管がブチ切れそうだ。
「ふん、知りたくもないね。むしろ、俺が死んだらうんこ界に戻ってお前をボコしてやるから、首洗って待ってろよ」
「ほう、清。うんこ界でワシと暮らす気になったのか。ほっほっほ!」
なんで喜んでるんだよ。ていうか、孫の死に目でこの余裕、俺の爺ちゃんって相当やべーやつだわ、これ。
「うんこ界に来たら、永久に死ねない体でワシとうんこ掃除をずーーーっとできるぞー!」
…………。
それはまずい。断固として避けなければならない事案だ。うんこ掃除だけにクソみたいな末路だ。ってダジャレを言ってる場合じゃねえ。
くっ、この爺に屈するのは本当にムカつくけど。今は一時の苦しみを乗り越え、ここから脱出する方法を考えないと。輪廻転生もできない永遠のうんこ掃除だけは嫌だ……。
くーーーっ、今になって分かったよ。強靭なオークに囚われた女騎士の気持ち。くっ殺せ! ってやつ!
まぁ、俺の場合死んだら永遠の便所掃除なんだけどね。殺されちゃだめなんだけどね。気分は一緒だ。
「くそったれ。はやく教えてくれ! じじい!」
「それは人に物を頼む態度か? 清?」
こいつ、こいつ、こいつ! くそくそくそくそくそがあああ!
「あああああああああああああああああああああああああああああ! よろしくおねがいしますうううううううううううううううう! おじいさまああああ?」
これでいいんだろおおお!
「まあ、最初から教えるつもりだったけどね」
「……。いや早く言えよ」
怒りを通り越して逆に冷静になってくる。早く教えてくれ。いま現在進行系で俺消化されてるんだわ。
「清よ、お前の能力は、うんこが貯まればたまるほど強くなる能力じゃ」
「は?」
こいつ今なんて言った?
「うんこが貯まればたまるほど強くなる能力じゃ」
「……」
どう考えても弱い。終わった。さよなら異世界、さよなら友よ、パンパンよ。短い間だったけどありがとう。お前がいいヤツだっていうのは分かったよ。俺とスライムを戦わせたのは生涯憎むし、お前が死んだとき絶対にうんこ界に道連れにしてやるけどな。ふふ、ふふふふふ……。
「ちなみに、うんこの性質で特殊能力が付加されるぞ。どうじゃ、凄いだろう」
「特殊能力?」
この状況をどうにかできるものなら幸いだが、具体的にはどういうことなんだろう。
「ん~、わしも詳しくは分からないんだよね。んじゃ、ワシは一級神会議があるんで、またな清よ」
「おっ、おい! 分からないって」
爺の声が聞こえなくなる。スライムの胃袋の中でまた一人になってしまう。
「あああああああ、ほんまつっかえねえ!」
「んだよ、会議って。だいたいなんでうんこの神が一級神なんだよ。おかしいだろ」
それより、この状況から抜け出さないことには、俺の未来はない。思考しろ、思考しろ俺。じじいは、うんこの性質で特殊能力がとか言っていた。その意味を考えろ。
………………
…………
……。
わかるわけねえよ!
意味不明だよ!
だいたいうんこの性質ってなんだよ。下痢か便秘か快便くらいしかねーじゃねーか。たかだか3種類でどうしろって言うんだよ。
あああああ、うんこ掃除は嫌だあああああああああああ! とその時、ズキンと俺の下腹部が痛む。
!
やばい、これは便意だ。当然だ、あんだけタケノコだけを食べまくったんだ。うんこしたくなって当たり前だ。しかも、これは下痢だ。
ズキン……ズキン
この腹痛の波、このビッグウェーブ……絶対に下痢だ。
このとき、俺は爺の言葉を思い出す。うんこが貯まれば貯まるほど強くなる能力。これは、好期なのではないか、と。
ギュッと、拳を握りしめる。ズキン……ズキンと押し寄せる腹痛の波。
このビッグウェーブ、乗るしかない。
このとき俺は必死だった。永遠のうんこ掃除だけは避けたい一心だった。助かりたいッ!その、純粋な願望が俺の本能を呼び覚ましたか、俺は叫んでいた。
「「便性変換ッッ!」」
「「破竹の型ッ!」」
俺の全身が新緑色に輝き、若竹のような生命力に満ち溢れるのを感じる。明らかに今まで俺じゃない。これは、若竹の力。タケノコの生命力ッ!
「これならやれるかもしれない!」
俺の数少ない自然科学の知識を振り絞る。中学校の時の理科は3だったからそんなに得意というわけでもないけど、科学の本を見るのは好きだった。
たしかそこに書いてあったのは、竹という植物は日本でこそ普通だが諸外国では侵略的外来種となっていること。それは即ち、圧倒的な生命力と栄養吸収力、そして成長速度!
「お前を全て喰らってやるッ!」
俺は、スライムの胃壁に新緑に輝く拳を突き刺す。すると拳の皮膚から植物の根のようなものがどんどん広がっていき、胃壁全体を覆い尽くす。
「喰らい尽くせ、便神の怒り!吸竹の相!」
ゴオオオオオオオオ、力の波動が竹の根から周囲に一気に広がり、強烈な勢いでスライムの体から水分を奪ってゆく。巨大スライムの力が拳を通じて俺の体に流れ込み、お腹の中に溜まっていくのを感じる。
ズキンッ ズキンッ
「くッ?」
こんなときにビッグウェーブの第二波が! 俺の能力はうんこの量に依存する、すなわちここで“出したら”終わる!
「間に合えッ! おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
吸収速度を一気に上げる、スライムの体が全体的に縮まり外の光が透けて見えるようになってくる。
ズキンッ ズキンッズキンッ ズキンッ
波の間隔はどんどん短くなる。俺の肛門がヒクヒクと収縮する。ここで、ここで決壊させるわけにはいかないッ!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
スライムがほぼ完全に乾燥し尽くす。そして俺は拳を天に向かって突き上げる。バリーーーンと乾燥したスライムの体が粉々に砕け散り、新鮮な外の風が俺の頬を撫でる。陽の光が眩しい。俺はやったんだ!
「すごいよ清ッ!」
パンパンが俺の姿を見て駆け寄ってくる。だが、だめだ! こっちに来てはならない!
「来るなッ!」
俺はパンパンを静止する。来てはならない。今だけは俺に近づいてはならない。なぜならそれは、
ズキンッ ズキンッズキンッ ズキンッズキンッ ズキンッズキンッ ズキンッ
押し寄せるビッグウェーブ。俺の城壁を突き破らんと波状攻撃を繰り返す。
「ああああああああああああああああああああああ?」
「清、その力その体はいったいどういう事クマ!」
俺の体から立ち上る尋常ならざる気迫に圧倒され、パンパンは思わず立ち止まる。そうだ、それでいい。お前だけは巻き込みたくないッ!
そして、その時は来た――。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!! ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!! )
悲しいことに、俺は勝利の雄叫びを、そしてこの世界ではじめての絶叫脱糞を、大切な相棒の前で耐えきることができなかった。