きよし、邪悪ここに極まる
【前回までのあらすじ】
主人公の清は、水洗便所に流されて絶命。死んだ爺ちゃん(うんこ神)のおかげで剣と魔法の世界に転生した。清はパンダ獣人のパンパンと依頼をこなす中、自分が「うんこがたまるほど強くなる、かつ、うんこの性質を追加能力にする」ということを知る。次の依頼の最中、野球帽の少女エーリカとオネエ熟練戦士ルアーナとパーティを組むことになった清とパンパン。彼らは冒険者武闘大会『ギルドバトル』に参加する。無事に予選を通過した清たちは、ついに本戦を迎え、一回戦の強敵マックスに死闘の末勝利したのだった。
◇
闘技場で戦うのも、もう幾度になる。それでも、詰め込みすぎた弁当みたいにぎゅうぎゅうの観客、そして土と血が混ざったみたいな匂い。こいつらに慣れるなんてことはなさそうだ。あと、やかましい観客のくそ共に汚物を投げつけられるのもな。
前回があまりにも酷かったからか知らねえけど、今日は張り紙がしてあった。食物、汚物、危険物を選手に投げつけてはいけません! いや当たり前だろ。そう思ってた俺が馬鹿だったよ。
なぜってさぁ、今日の第二試合がイユ達だったわけ。理解できました? そうです。彼女のファン勢ぞろいなわけですよ。
悲しいことに、彼女ら快勝。すっげえ気迫でマッドサイエンティスト風のおっさんの頭かち割ってたよ。ひゃっはー! わが研究の成果うんぬん!って言って鞄をあさってるおっさんの頭ぶん殴れるって、なかなかの神経してないとできないよな。おっさんもこの日のために研究してきたんだろうし。
まぁいい。大事なのは俺のことだ。イユの勝利にファンのやつら気分良くしちゃってさ。そこに因果関係があるかどうか知らねえけど、第四試合の俺の出番まで待機してるわけ。そんでここぞとばかりに、入場の時いろいろ投げつけてくるわけっすよ。
やべえやつはさ、水風船の中に酷く発酵した物体A(仮称)を詰めて俺を狙ってくるんだ。そいつがなかなか厄介で、避けたと思っても地面で炸裂して、くっさいくっさい汁をまき散らす。まったく、掃除する職員が気の毒だ。
その職員にもここ数日睨みつけられてるんだけどな。はぁ……。だいたいなんで毎回最後の試合なんだよ。今日の他の試合長引いたせいで、空も茜色だ。ああ、早くおうちに帰りたい。
「ひゃっはっはっは! なんだおまえ! 試合始まる前から血みどろになってんぞ!」
眼前に立つ長身の獣人女、ガオンは俺を見て腹を抱えて笑っている。その後ろに控えるのは、犬獣人のワオン、猫獣人のニャオン、そしてみすぼらしい奴隷の男パオンだ。
「風乗りを倒したと聞いたから少しは警戒したけど、取り越し苦労だワン!」
「ニャオン達が何もしなくても勝手に倒れそうだニャン!」
ガオンに釣られるようにワオンはワハハとニャオンはニャハハと大声で笑う。
「これはケチャップだ……ちくしょう」
超人的な身体能力で汚物を回避しまくった俺だったが、圧倒的な弾幕を前に一発のケチャップの直撃を許してしまった。そのおかげで、試合前から頭からケチャップまみれ。人ひとり殺った後か、それとも誰かに一撃やられた後みたいになってる。
――だが……それでいい。
俺は顔を敢えて伏せて表情を悟られないようにする。
ククククク!
クハハハハハハハハハハハハ!
「清の邪悪な顔ランキング一位が更新されたクマ」
「うわー、これはやばばー」
心の中で笑いが止まらねえぜ。さぁ、大いに慢心し、油断し、俺を侮るがいい。だがなぁ、百獣の王の戦士さんよぉ。お前らはもう俺の策にはまってんだよぉぉぉ!
俺にはこの闘技場という無限の牢獄に囚われ、苦悶するお前らの未来が見える。惨めに俺に負けを認めるお前らの姿が見えええええええええるッ!
いーーーーーひっひっひっひっひっひっひっ!
「邪悪ここに極まりクマ」
俺はちらりとパオンの方を見る。
「……」
彼は唇を一文字にして相変わらず黙っているが、一瞬だけ口角がクイっと持ち上がる。ぼろぼろの服。彼の首元を締め付ける銀の首輪が夕陽を反射して橙色に光る。彼の瞳もまた燃え上がるようにオレンジ色の光を宿す。
パオンよ! その燃え滾る心に降り積もった怒り、恨み、憎しみ、一切合切ここで全部吐き出しやがれ。
いいか? こいつはお前に残された一発逆転のチャンス! 今まで受けてきたありえない仕打ちを全部返品、クーリングオフしてやるんだ。
そう、この試合。
いま、まさにこれからがゴールデンタイム。
お前の、復讐だ!
………………
…………
……。
「さーて、今日含めてあと三日あるっつってもなあ。俺、兄貴みたいなバケモンとガチでヤンのもう勘弁なんだけど」
「そんなこと言っても試合は来るクマ」
「わー、あいつ弱ーい」
今日、俺たち三人は珍しく観客席の方から試合を見ている。石造りの椅子、というよりも段差に腰かける感じで、控室に比べるとやっぱり居心地は悪い。
闘技場の真ん中。坊主頭でサングラスの男が、特攻服の四人組にリンチにされてる。なんでも解説によれば、彼は大物配信者? らしく、“ぜったいに降参してはいけない”という企画を進行中みたいで、企画の名前の通り降参できないとのことだ。
それで永遠とボコされてる。アホやん。
『彼は“自分の身は自分で守れる神拳”の使い手で、撃たれ強さには定評がありますが、今回はそれが裏目に出てしまっているようですねぇ』
『まあ、紅蓮抜刀隊が強すぎマスネ』
第一シードだしな。惨いが仕方ないことだ。てかさ、こんな茶番見てる場合じゃないんだよね。このままだと俺たちは、兄貴よりも手強いトロピカルばんびーず! をまともに相手しなきゃいけなくなる。しかも能力の事前情報等なしに、だ。
これは、いけない。
俺は試合に見切りをつけて、きょろきょろと辺りを見渡す。何か視線を感じてそっちの方向を見る。こびりつくような視線。ただ事でない熱量。はぁ、罪作りな俺っち、この前のファイトがかっこよすぎて、まーたファンが増えちゃったかなー? ふふw えっちな女の子だったらどうしようかなあ!
青い瞳、金髪、整った顔。……。
はい! どうもありがとうございます! お馴染みの美少女騎士さんですね! くそが!
彼女はえっちだけど、ちょっと違うんだよ……ぐすん。
俺と目が合った瞬間どこか恍惚とした表情をしたイユがこっちにスキップしてきていた。恐ろしく力強いスキップだ。
「おいパンパン。エーリ。俺ちょっとトンずらかますわ」
「ふふ、清は忙しい男クマね」
俺は一目散に人込みの方へと逃げ込む。振り返ったら寿命が縮まる気がするから決して見ない。俺が逃げてるとわかった瞬間、般若みたいな顔してるに決まってるもん。全速力で階段を駆け下り、柱の陰に身を隠す。上がった息で存在がバレないように手で口を覆う。
コツンコツンコツンとヒールが床を叩く音がゆっくりと近づいてくる。その主は白いドレスのイユ。鬼のような表情で髪は逆立ち、目を血走らせ何かぶつぶつと呟いている。
「清清清清清清清清清清清清清清清清清清清清清清清清」
ひいいいいいいいいいいいっ! こわすぎる! イユさん怖すぎます! ひたすら俺の名前を呼ぶ独り言。最早呪詛といってもみんな納得するって。
カツン。響くヒールの音。階段を降り切ったところで彼女は立ち止まる。
「清さんのにおいがします」
悪鬼がキョロキョロとあたりを見渡す。彼女は胸元から薄汚れた靴下を取り出してスンスンスンと匂いを嗅ぐ。あれは……どっかで見覚えがある靴下だ。そしてもう一度空気中の匂いをすんすんと嗅ぎ比べる。
「やっぱり、清さんのにおい」
オイオイオイオイオイ! 俺のにおいってなんやねん!
ん? 靴下、あの模様、俺の匂い。片方。
――はッ! あの靴下、思い出した! 昨日、片方だけ無くなってておかしいと思った俺の靴下だよ!
てかなんでこいつが俺が無くした靴下持ってるんだよ! もう勘弁してよ!
ツッコミを入れたいッ! それでも俺は柱の陰で息をひそめる。ここで見つかっては今日一日の行動を制限されるだろう。たぶん。
「しょうがないDEATHね。国士無双の五感ッ!」
!!
こいつまさか、自分の五感を高めることで俺の位置を探り当てようと言うのかッ! てか怒り極まってDEATHとかいう恐ろしい語尾になってるし。嫌だぁ! 嫌だ、見つかりたくないッ! 助けてパンパァン!
呼吸を止める。心臓も止めたいけど、止まるどころか緊張で高鳴っている。おいこんな時にやめてくれよ俺のハート!
しかし、しばらく目を閉じたイユは動かぬまま、ゆっくりと瞼を上げた。
「……ここは観客のノイズが大きすぎますね。次見つけたときのために首輪を買っておかないと」
……ノイズ? どういことだろう。バレなかったのか? イユはまたカツンカツンと薄暗い奥の方、出口方面の廊下へと歩き出した。俺は柱の陰で彼女が完全に見えなくなるまで息をひそめる。
そしてようやく視界から消え去ったところで、はぁーーーーっと大きなため息をついた。もう嫌になっちゃう。仮に彼女に勝利してもこの束縛からは逃れられない気がする。ジーザス。
「あなたも苦労されているんですね」
「うわああああああああああっ!?」
突然、肩を叩かれ声を掛けられる。緊張の糸が切れた瞬間だったので驚きの声が漏れてしまう。振り向くと、どこかで見たことがあるみすぼらしい男だった。
「あ、すみません。驚かせてしまいましたね。自分と重なるところがあって声をかけてしまいました」
やせた男は疲れたような顔で頭をかく。
「いやいいんだ。それより今の声聞こえなったかな」
俺はもう一度柱に身を隠してイユが消えた方を確認する。どうやら戻ってきてはいないみたいだ。ほっ。そして、この男。思い出した。パオンだったか、獣人女に虐げられてるやつだ。
「来てないみたいですね」
人畜無害そうなその男も一緒になって柱に隠れてる。なんでこいつまで隠れなきゃいけないのかと思ったけど、まぁいい。
「お前のこと思い出した。トロピカルばんびーずのパオンだったっけ」
「ああ、数合わせの奴隷の私なんか覚えてくださってるんですね。ありがとうございます。先日の試合はすごかったですね、私も御手洗さんのことは存じておりますよ」
敵ながら卑屈で欲のなさそうな男だ。高価そうな装飾品などなく、目立つのは首に嵌った銀の輪くらい。毎日虐待されて過ごすとこんな風に朽ちて行ってしまうのだろうか?
俺はまじまじとパオンのことを観察する。あざだらけの体、ぼろぼろの服、光を失った瞳、乾いた唇、見れば見るほど惨めな姿だった。
もしも俺が奴隷を買ってもこんな風にはしないし、奴隷としてそう扱われたら持ち主をボコしてでも自由を勝ち取るだろう。なぜこいつはそれをしない?
――! この時、俺の頭の中にあるアイデアが思い浮かぶ。もしかしたら、こいつ使えるかもしれない。
「お前も大変そうだな。うちの控室で茶でも出そうか?」
そう、これこそが「打倒! トロピカルばんびーず!」への大いなる布石なのであるッ!




