きよし、この夜
この話は本編とは独立したショートストーリーです。タイトルをやりたかっただけです……。
俺は今、猛烈に苛立っている。それはなぜかって?
そいつは簡単な問いだ。答えはな、
「この俺を差し置いてお楽しみの奴らがこの世に腐るほどいるからだーーっ!」
俺は思わず叫び声を上げる。真っ暗な空、そこからぽたぽたと雪が降っていて死ぬほど寒い。レンガ作りの街はキラキラのイルミネーションに彩られていて、認めたくはないがめっちゃ綺麗だ。街の広場には大きなツリーが立っていて不埒な輩たちで満ち溢れている。実にけしからん。
「清、見苦しいクマ。いい加減負け組だということを認めるクマ」
そういうパンパンは上下共にサンタコスチュームで決めている。似合っているのか、そうでないのか微妙にわからん。
「そういうお前はどうなんだ、パンパンよ」
「おいらは楽しんでるクマ」
澄ました顔で言いやがる。手には今日市場で買った靴の入った袋が握られている。おめえは、そんなちっぽけなもので満足する漢だっていうのかよパンパンッ!
「じゃあ言ってみろよ。できるだけ具体的に、今、ここで、お前が何を楽しんでいるのかということを」
「おいらは清とこうやって喋ってるだけで楽しいクマ。グォッグォッグォ!」
まーた気味の悪い声で笑ってるよ。その声で子供たちにプレゼント配ってみろよ。確実にダークサンタ認定されるぜ。
「ま、俺も正直そこそこ楽しいけどよ。今日はいろいろ観光できたしな」
今日はクリスマスイブ。悲しいかな綺麗なお姉ちゃんたちとイチャイチャできない俺達は、朝から市場に行って買い物したり、ベジタリアン専用のフレンチ風レストランに行ったりした。俺はほんとは肉を食いたかったんだけど、こいつは草食だからしゃーない。
「だがな。違うのだパンパンよ。俺の色んな欲求は今日確かに解消できた。しかしだ、唯一つ解消できてない欲求がある。これがお前には分かるか?」
「わからないクマ」
「それは性欲だ」
俺はドヤ顔でパンパンを指差す。お前には圧倒的に足りない部分がある。それは、性欲だ!
「おいらはそれなりに満たされてるクマ」
「は?」
何いってんだと思って、俺は今日こいつと巡った観光コースを思い出す。ショッピングに昼食、クリスマスだから道端に大道芸人がいてそれを見たっけか。それとイルミネーションを見て、後はなんだエーリカたんが好きそうな“やきう”ユニフォームっぽい服があったから俺は買ったな。
どこをどう考えても乳首が4つある生物に遭遇した記憶はない。
「今日の俺の記憶ではフォーニップルなクリーチャーに出会った覚えはないんだが?」
「清はおいらのことを何だと思ってるクマ」
「乳首が四つ無いと決して満足できない狂気のお乳パンダ魔獣だ」
「はぁ……随分それを引きずるクマね。それ全くおもんないクマよ」
ナチュラルに軽蔑の眼差しをぶつけてくる。俺的に結構面白いと思って言ってるのにここまでバッサリだと少しショックだ。にしても、こいつがホクホクするようなエピソードなんかあったかね?
「他に思い当たるフシがまったくないんだが?」
「欲求のあり方がみんな一緒とは限らないクマ」
「まぁ、そりゃそうだけどよ」
欲求のあり方でルアーナのことをイメージしてしまう。……いかん。いかんぞ。あいつの“欲”は想像して言葉にするだけで凶器だ。某魔法学校で名前を言っちゃいけないあの人みたいな感じだ。
「……清は、そんなに寂しいクマ?」
パンパンは少し言葉をためて言った。こいつにしては珍しいなと思った。いつもバッサリ言うのによ。
寂しい……ね。こっちの世界に来たってことは向こうの世界じゃ俺は死んでる。俺だって馬鹿じゃない。残された人のことを考えることはある。それと異性のパートナーを求める気持ちは違う。
……のか?
この心にぽっかりと空いた隙間。満たしたいのはこれなんじゃないか?
俺はわからなくなる。俺が妬んでいるもの、欲しているものってなんなんだろう?
「お前、たまに考えさせること聞いてくるよな」
「全部お見通しクマ」
「寂しいってのはあながち間違ってないかもしんないな。“そんなにヤりたいクマ?”って聞かれてたら、間違いなく速攻YESって答えてたが」
ちんこは正直だからな。ちんこと気持ちは違う。これが厄介だ。
「それを含めてお見通しクマ」
「お前なんかむかつくな」
「グォッグォッグォ! 清をからかうのは楽しいクマ」
無邪気に笑うパンパンを見て俺は思い巡らす。確かコイツも転生者だったはず。タケノコ食いすぎて死んだとか言ってたけど、こっちに来る前の仲間とかってどうしたんだろう。
こいつも、もしかして凄く寂しくて、不安になるときがあるんじゃなかろうか?
「……なぁ、お前ってこっちに来る前。どんな生活してたんだ?」
「オイラはタケノコばっかり食べてて、友達もいなかったクマ」
結構重い答え、それでもパンパンの答えに悲壮感はなくて、どこか懐かしそうだ。
「それで誰にも止められずにタケノコ食いまくって死んだのか。めっちゃ陰キャじゃん」
「やかましいクマ」
「ま、良かったじゃん。転生できて毎日楽しいだろ」
なんとなくこいつがいつも楽しそうな理由がわかった気がする。そう思うと、俺も何か胸の奥が暖かくなる。その気持ちが俺の中にも入ってきて、冷たい風が流れ込む心の隙間を埋めてくれる気がした。
「だから言ったクマ。おいらは楽しんでるって」
ふふふ、と自然に笑みが溢れる。なんかどうでも良くなってきたわ!
「よーし、帰ったらエーリカたんにドッキリプレゼントしちゃうぞー! お前がサンタ役な。手伝えよー!」
「清が選んだんだから自分で渡すクマ」
呆れたように肩をすくめるパンダ野郎。
「なんか恥ずかしいだろ! ほら頼むってー! 俺が選んだってことだけ伝えて、な?」
「しょうがないクマね」
「そこは“しょうがないにゃー”、だろ」
教会の鐘が鳴る。しんしんと降り積もる雪を肩から払いのけ、屋敷の方へ歩みだす。もう時間も遅い、あたりに子供たちの姿はなく、たまにカップルとすれ違うくらいだ。
こんなパンダと異世界の街で観光しただけのクリスマスだったけど、なんだかんだ悪くないと思ってきている俺なのであった。