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第3話:前哨戦

 数日後――。

三本木の料亭では和やかな雰囲気のなか、宴会が始まっていた。

「先日は私どもの藩のものが、本当に申し訳ありませんでした。」

小五郎が近藤勇に深々と頭を下げる。

「いやいやとんでもない。看病までして下さって、本当はこちらの方が礼をすべきでしたのに・・・。」

「沖田さんはその後ご健勝でいらっしゃいますか?」

「ああ、ぴんぴんしとるよ。さすが、そちらのお医者は腕が違いますなあ。」

そう言うと近藤はおおらかにガハハと笑った。


 ギシッ


 天井が急に軋みを立てた。

小五郎はこういう物音には敏い。ふっと音のした方を見上げた。

「何か天井が揺れた気がしましたが・・・。」

「うん? さあ、気づかなかったが・・・。トシ、お前は気づいたか?」

近藤は隣りでずっと仏頂面の土方歳三に声を掛けた。

「さあな。ネズミじゃねえのか。」

歳三はそっけない。


 実は歳三は天井裏に浪士組の監察方、山崎蒸を近藤に内緒で潜ませていた。

さっきの物音はそれである。『医者』という言葉に反応したらしい。

「そうですね。」

小五郎は歳三の抜け目なさを察して、思わず苦笑した。


 これは、たぬきときつねの化かしあいになりそうですねえ。・・・やれやれ。


 その時、襖がするすると開いた。

芸妓が三人深々とお辞儀をしている。鮮やかな朱色の派手な衣装が目に眩しい。

「お酒をお持ちいたしました。以後お見知りおきを。」

三人のうちの一人、幾松はそう言うと酒を運ぶように他の二人に目配せした。

二人はそれを合図に、すっと顔を上げる。

 それを見て、不覚にも小五郎は固まってしまった。


 か、かわいい・・・。


 彼のあばた面はおしろいのせいか白くすべすべで、口元は小さくおさまり、目は大きくくりっとしている。また長い睫毛が頼りなく動くのがなんだか儚げで、思わず守ってやりたい衝動にかられてしまう。一体どこをどうしたら不遜不敵な彼からこんな姿が出来上がるのか・・・?


 だが、思わず見惚れてしまったのは小五郎だけではなかった。

近藤も、であった。

彼はぽかーんとしばらく大口を開けて見つめていたが、はっと正気に戻ると視線の先の左側の芸妓を手招きして呼んだ。彼女はそれに気づくと、足取りもぎこちなく近藤の方へ向かって進んでいき、遠慮がちに近藤の隣りに座った。その間にすかさず右側の芸妓は歳三の隣りに座ると、手際よく酌をしだす。

 幾松も近藤の前に座るとにっこり笑って言った。

「この子はまだ入ったばっかりで何かとおかしなこともあるかもしれませんけど、宜しくしてやって下さいましね。」

「あ、ああ・・・大丈夫だよ。悪いようにはしないから。」

近藤はすっかり上の空であった。彼女のまばたきで揺れる睫毛ばっかり見ている。

 幾松は再びお辞儀をして近藤の前を辞すると、今度は小五郎の隣りに座った。

「小五郎さま。」

小五郎はまだ固まったままだった。

「小五郎さまってば!」

幾松が小五郎をこづく。

「え、あ、いや、すいません。ちょっとぼーっとしてしまいました。」

小五郎は素直に謝った。

「かわいいでしょ。あの子。」

幾松はくすり、と笑った。

「あ、ああ・・・すごいですね。まさかあそこまで化けるとは・・・。」

「予想外?」

「ええ。」

「惚れた?」

「ええ。」

小五郎はそこで息を継ぐと、幾松ににっこり笑いかけた。

「あそこまで化かしてくれた幾松さんにね。」

「まあ、お上手。」

幾松は、ほほと笑うと小五郎の杯にお酒を注いだ。


 宴は和やかに時は過ぎてゆく――。




   *   *   *




「ねえ。」

しばらくして、幾松が小五郎に酌をしながらそっと囁いた。

「高杉さま、ずっとあんな調子だけど大丈夫かしら?」

視線の先にやけに上機嫌な近藤と未だどこか動きがぎこちない晋作の姿がある。

小五郎はにっこり笑って言った。

「大丈夫ですよ。彼の胆力には誰も敵いませんから。何とかなるでしょ。――ただ。」

小五郎はふっと遠い目をした。

「ただ?」

「土方さんも下戸ですが、晋作も大概お酒弱いんですよね。」

いきなりの爆弾発言をさらりと言われて、幾松の手が思わず止まる。晋作の方を見ると、顔はおしろいで分からないが、確かに頭がかなりふらふらしている。

「えっ?! じゃあ・・・。」

「そう。晋作の言う、酔わせてどうこうする作戦なんて所詮無理なんですよ。――まあ、最後いざとなったら私がなんとかしますけどね。・・・ふっふっふっ。」

不意に笑い出した小五郎に幾松はぎょっとした。

「こ、小五郎さま?!」

小五郎は杯をあおった。目がどこか据わっている。

「たまにはいいでしょ、こんなのも。大体少しは困ってくれないと、こっちの割りに合いませんからね。」

「・・・あなたも酔ってらっしゃるのね・・・。」

やれやれ、といった風の幾松であった。

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