第2話:策謀
小五郎はちょっと言いにくそうに言った。
「ほら、先日、村田さんが壬生浪士組の沖田さんを藩邸に連れてきたことがあったでしょ。誘拐まがいなことをして。」
「?」
いまいち思い出せずに首を捻る晋作に代わって栄太郎が答えた。
「あー、ありましたねえ。そんなことも。でもまあ、村田さんも病気の沖田さんを治すのに藩邸を使うっていう発想がズレてますよねえ。」
小五郎は苦笑いした。
「まあ、あの人に常識を求めるってのが、そもそもどうかと思いますけど。」
「確かに・・・。」
その時、晋作が急に大声を上げた。
「あーっ、壬生の副長がいきなり刀を振り回したヤツね! あいつ、おっかねーよな〜。人を親の敵の様に見てくんだもん。あれは参ったぜ〜。」
小五郎はキッと晋作を睨みつけた。
「あれは、あなたにも責任があるでしょっっ。勝手に壬生にちゃちゃ入れに行ったりなんかするから――。」
睨みつけられて思わず首を竦める晋作に栄太郎が苦笑しながら言った。
「それを言うなら桂さんもですよ〜。幾松さんの押しかけ大変でしたもん。」
聞いて晋作も我が意を得たり、とばかりに大きく頷く。
「そうそう! あれは大変だったよな。抑えるのに。あれが一番一番。大体、幾松姐さんを放ってた小五郎が悪いんだぞ。」
「あなたたちねぇ・・・他人事だと思って――。聞く気が無いなら話しませんよ。」
心底恨めしそうに言った小五郎。よっぽど後が大変だったらしい。それを察して慌てて晋作が手を横に振り、栄太郎もフォローに入る。
「うそうそ。まあ、今は仲良くやってんだろ? 結果オーライで良かったじゃねえか。」
「そうですよ〜。さすがは桂さんです。・・・それで?」
小五郎はやれやれといった風に一つため息をつくと続けた。
「・・・それでですね。結果として壬生の方々をお騒がせしてしまったそのお詫びに、と思いまして、局長の近藤さんと副長の土方さんを三本木に招待しているんですよ・・・。」
「まじ?」
「桂さん、まめですね〜。」
晋作も栄太郎も感嘆の声を上げる。
「あの、まめとかそういう問題では・・・。とにかく、そんな訳で彼らに不審を抱かせずに接触するのは可能です。」
「なるほど。」
晋作の目が光ったのを見て、小五郎は嫌な予感がした。
「晋作?」
「よし! 三本木だったら、誰かが芸妓に化けて、奴らを酔わせて、その隙にお守りを奪い取るっての出来るんじゃね? 小五郎、この線でいこうぜ!」
「晋作・・・ただでさえ迷惑かけてるんですよ? この上また相手方をハメる気ですか? ここは、さりげなく話を振って穏便に・・・。」
げんなりした小五郎に晋作が強く言った。
「おいおい、そんな悠長なこと言ってる場合かよ? 一にも二にも実力行使あるのみ! 第一こんな願ってもないチャンス、使わないでどーすんだよ。」
「まあ、そうですけど・・・。やれやれ、純粋なお詫びにしたかったのに・・・。」
言いながらあんまり気乗りのしない様子の小五郎。
「でも高杉さん。相手がそのお守り持ってくるとは限らないんじゃないですか?」
栄太郎が怪訝そうに言った。
「いーや、絶対持ってくる! ああいう手合いは大事なものは自分の手元に置いてないと気がすまないはずだからな。」
晋作は自信満々に胸を張った。
「・・・私もそう思います。まあ、たとえ持っていなかったとしてもやってみる価値はあるかもしれませんねえ。何と言っても急を要しますし。」
小五郎はそう言うと晋作の方に向き直った。
「仕方ありません。私も腹くくりましょう。晋作の策に乗ります。」
「小五郎! そうこなくっちゃ!」
満面の笑みの晋作に小五郎はにっこり笑ってさらり、と言った。
「では、芸妓役は晋作、あなたにお願いしますね。」
「・・・・・・は?」
晋作はそれを聞いて豆鉄砲を食らったような顔をした。
「なんんで俺が? ヤだぜそんなの。」
「だって他にいないじゃないですか。」
小五郎は心外という様子である。
「小五郎、お前やれよ。」
「何言ってんですか。私はできませんよ。だって私が招待主なんですから、そもそもいないとおかしいでしょ。大体こんな大女、まずいでしょうが。」
「・・・そりゃそうだけど。」
不本意そうな晋作に小五郎はたたみ掛けるように、ちらっと視線を栄太郎と弥二郎に向けた。
「それとも、栄太郎や弥二郎にこんな危ない役をさせる気ですか?」
見ると栄太郎と弥二郎は思わぬ展開に目をキラキラさせている。
「頑張ってくださいっっ、高杉さんっ!」
「大丈夫です! 高杉さんの芸妓姿、絶対似合うと思いますっっ。」
「あほかっ! 似合ってたまるかっ!! ――分かった、やるよ。やりゃあいいんだろっっ。
・・・ったく。小五郎、ちゃんと幾松姐さんに話つけといてくれよ。」
晋作はふんっとそっぽを向いた。
小五郎はその様子に苦笑した。
「分かってますよ。とびきり可愛くなるように頼んどきます。」
「いらんわっっ、そんなのっっ!!」
再び晋作の大声が藩邸中に響き渡った。