第1話:行方
「なんだってえぇぇぇ〜?!」
時は幕末、京都河原町の長州藩邸から素っ頓狂な声が響き渡った。
藩邸内の座敷では品川弥二郎がしょぼん、と小さくなって座っていた。目には涙を溜めている。
「まあ、そんなこと言っても仕方ないでしょう? ・・・晋作、大体あなたが悪いんですよ?弥二郎をそのままにして帰っちゃうから。」
卓の上で書き物をしながら桂小五郎がたしなめるように言った。
「だあってよぉ〜。まさかそんな事になるとは思ってなかったからさぁ〜。・・・悪い弥二、本当ごめん。」
冒頭の声の主、高杉晋作は立ち上がって頭を下げる。弥二郎はあわてて首を振った。
「謝らないで下さい、高杉さんっっ!! ぼ、僕が悪いんですぅ。どんくさく通りを歩いてたりなんかしたから・・・。」
その瞬間ぱたぱたっと畳の上に涙が落ちる。
「弥二〜、そんなに自分を責めないでよ〜。弥二のせいじゃないって。よく逃げ切れたと思うよ。」
弥二郎の隣りでは吉田栄太郎がしきりに慰めている。
「・・・でも、お守りを無くしたのはまずかったかも。桂さん、どうしましょう?」
栄太郎は小五郎の方に向かって言った。
小五郎の書く手がふっ、と止まった。
事の次第はこうである。
* * *
先日、晋作と弥二郎の二人が料亭に連れ立って遊びに行ったのだが、(正確には晋作が無理やり連れて行ったのだが)そこでしばらく遊んでいると、たまたま晋作の知り合いの芸妓にばったり会い、話が盛り上がってしまうと、晋作はそのまま弥二郎を置いて彼女と別の場所に飲みに行ってしまったのだった。
後に残された弥二郎は仕方なく夜道をとぼとぼと歩いて帰っていた。
ところが―――。
その途中、浪士組の探索網に引っかかって襲われてしまったのである。
命からがら逃げる弥二郎。
逃げる途中、七条の三十三間堂が目に入り、そこの本堂の観音像の中に身を潜めて何とか振り切れたのだが、気がつくと今まで肌身離さず身につけていたお守りがない!
* * *
「普通のお守りなら何とでもなったんですけどねえ・・・。よりにもよって松陰先生の手作りお守りとは・・・。」
小五郎はため息をついた。
「ぼ、僕、松陰先生の下さったものは全部宝物なんですっ! 店で売ってるものだって、手作りだって変わりませんっっ。」
弥二郎は必死になって言った。
「分かってますって、弥二郎。問題はそうじゃなくてですねえ。松陰先生、超びっくり人間でしたから、お守りの中に絶対何か仕込んでいるはずなんですよ。考えたくはないですけど、もし万が一、それが幕府のお偉いさん方の暗殺計画だったりしたら・・・本当に拾った人間によってはまずい事態になりかねないんです。」
「そ、そんな。あれは、ふ、普通のお守りですっっ。先生も何も言いませんでしたし、変なとこなんて何もありませんっっ。」
弥二郎は躍起になっている。
だが、小五郎は容赦が無い。
「でも、中に何が入ってたのか見てないんでしょ? 何にも無いって確証とれます?」
「・・・ううぅ・・・。その通りですぅ・・・。」
弥二郎は反論できずに、しょげ返ってしまった。
「なあ弥二、そのお守りってどんなのよ、一体?」
晋作が腕組みをしながら言った。
「え、えーっとですね。色はピンク色なんですけど、大きさがこれくらいでぇ。」
言いながら指で形をつくる。
「・・・おい、それちょっと形おかしくないか?」
晋作はその形を見て怪訝そうな顔をした。
「いえ、これはハート形なんです!」
弥二郎はきっぱり断言した。
「ハ、ハート形あ〜?!」
晋作と栄太郎は唖然としてしまった。
どこが普通のお守りだよ――弥二郎・・・。
だが、小五郎は唖然とすることも無く再びふぅっとため息をついた。
「やっぱりね・・・。実はハート形のお守りなら、心当たりがあります。」
「まじ?!」
「ええっ、うっそー。」
「本当ですかぁ〜。」
三人が思わず小五郎の方に身を乗り出す。
「ただ、ちょっと厄介なところにあるんですよねー。」
小五郎はどことなく遠い目をした。
「どこなんですか? それ。」
栄太郎が重ねて聞いた。
「壬生の浪士組のところですよ。最近彼らがやけにお守りの主を捜しているとの情報は入ったもんでねぇ。やれやれ全く、そうじゃなかったらいいのにと心底願ってたんですけど・・・。」
「あそこかー。」
「運悪すぎですねー。」
晋作も栄太郎も苦い顔をした。
――壬生浪士組。最近江戸からやって来た会津藩預かりの治安部隊である。長州藩の志士たちから見れば面倒な連中であることは間違いない。
「ぼ、僕っ! その浪士組のところに行って返してもらいに行きますっっ!」
弥二郎が思いつめたように、急に立ち上がった。今すぐにでも飛んでいきそうな様子である。
三人ともぎょっとした。
「だ、駄目だよ弥二。」
慌てて栄太郎が弥二郎を座らせる。
「そうだぜー。あいつら返してくださいって言って、あっさり返してくれるような生易しい奴らじゃねえんだからよー。ここは冷静に考えないと。・・・なあ、小五郎。」
晋作は小五郎に話を振った。
「うん?」
「聞いてたのかよ? さっきの話。」
不審そうな顔をした晋作。
「すいません、ちょっと考え事を。そうですね・・・。まあ、手が無いわけではありませんが。」
「? どうすんだよ?」