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9 どうぞ手に取り御覧になって


「おう、お待たせ」


 軽く手を挙げつつ、二人を待たせていたカフェに入店する。ネムがカップを傾けながら、早かったですねと言わんばかりに目をパチクリさせる。俺も全く同感だ。

 オークションの開催手続きは、ものの5分で終わってしまった。申請所の受付嬢に手数料を支払い、渡された書面に必要事項を記入するだけの簡単なお仕事だ。最後に「何かあっても自己責任です」という項目に署名すればミッションコンプリート。

 困ったことといえば、署名する段になってから自分の名前が無いのに気付いたことくらいだ。結局、考えても妙案が思いつかなかったので「ひーくん」と書いて提出したらツッコミを受けることもなく、そのまま受理されてしまった。適当にも程がある。

 炎天下の往来を歩いてまたぞろ噴き出てきた汗を拭いながら店内を見回す。ひんやりとした店内は快適そのものだが、客は俺たち以外に誰も居なかった。


「いらっしゃいませ!」


 アラビアンな衣装に身を包んだ褐色肌のねーちゃんが明るい声で俺を出迎えてくれた。ウェイトレスらしい。連れが先に来ていることを身ぶりで示すと、得心したように頷いて律儀にも席に案内してくれた。

 ネムとパステルは正方形のテーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。腰掛けているのは背もたれのあるガッシリした椅子だ。ネムの隣の席に座り、何を注文しようか思案する。二人は既に注文を済ませていたようで、それぞれ飲み物の入った花柄のカップを手に持っていた。


「なに飲んでんの?」

「アイスコーヒー。よく冷えてて美味しいですよ」


 へぇ、確かに良いな。俺も頼もう。「すみません」とウェイトレスに呼び掛ける。先ほどのねーちゃんが注文を取りにいそいそとやってきた。ネムを指さして俺は言う。


「俺にもコイツと同じの1つ」

「コイツとはなんですか、コイツとは!」


 途端に憤慨するネム。めんどくせーと思いながら「俺の女神と同じの1つ」と言い直す。ウェイトレスは「まあ」と微笑ましげに目を細めた後、「かしこまりました」と請け負って店の奥へと消えて行った。


「これでいいんだろ?」

「ちっとも良くありません! 言い方に悪意を感じます!」


 ブンむくれたネムがそっぽを向いて遺憾の意を表明する。何がそんなに腹立たしいのか、背けた顔は耳まで真っ赤だ。

 テーブルの向かいに座るパステルが呆れ顔でコメントする。


「そなた達、仲が悪いのか?」

「いや、相思相愛だよ」

「ぜんっぜん違いますからね!? ひーくんの言葉は嘘ばっかりです!」

「ふむ。そなた、『ひーくん』というのか」


 美少女魔道師が頷いたのを見て、そういえば、と俺も気が付く。まだ自己紹介してなかったな。


「お前、自己紹介、済ませた?」


 ネムに確認してみたが、フルフルと首を振るばかりだ。


「まだです。セットでやっちゃった方がいいかなと思って」

「俺とセットが良いなんて可愛げある――いて、いてて!? お前、ほっぺたは止めろよ!」


 女神は言葉での応酬は諦めたらしく、インターホンを連打するイタズラ小僧よろしく頬を指で(つつ)いてきた。なんのための統一言語(バベル)だ。物理は止めろ、物理は。

 手でブロックしながら顎をしゃくり、まだ連打したそうにしているネムに自己紹介を促す。女神はこれで勘弁してやる、とばかりに鼻で息をすると澄ました顔で名乗りを上げた。やれやれとばかりに俺も後に続く。


「ネムです。神殿の方から来ました」

「名乗るほどの者ではないが、コイツからは『ひーくん』と呼ばれている。お前も好きに呼んでいいぞ」


 怪しさ満点だった。二人揃ってこれでいいのか? 俺は本当に名乗る名前がないから仕方ないとして。なんだよ、神殿の「方」って。消火器でも販売すんのか?


「今回はお忍びで来てるから、あまり女神だって吹聴したくないんですよ」

「お前な、そういう大事なことは早く言えよっ」


 横目で顔色を窺うと、パステルは腕組みをして何事か考えているようだった。とりあえず、小声で内緒話をする不審な連中を気にした様子はない。ややあって、思案を終えた魔道師は何故か俺の方に向き直った。Why?


「好きに呼べと言ったな」

「なんだ、俺の呼び方を考えててくれたのか。親しみを込めてくれりゃ何でもいいぜ」

「では親しみを込めて『腰巾着』と呼ばせてもらおう」


 満面の笑みと共にパステルが宣言した――って、おい、ちょっと待てや!


「さすがにもうちょっとマシな名前で呼んでくれ!」

「む? ()アルバザーン語の卑語(スラング)を解するとは意外と博識じゃな。それなら、こー、こー、『コウ』? そうじゃな。コウとでも呼んでやるかの」


 思わず席を立って抗議する俺に、悪びれた風もなく魔道師が第二案を提示する。名前の付け方に思うところはあるが、及第点はくれてやってもいいだろう。了承の意味を込めて頷いてやる。

 にしてもコイツ、結構イイ性格してんな。椅子に座り直しながら頬を引きつらせる。自分にしか分からない言葉(多分パステルの出身世界――アルスギアで遠い昔に使われていた言語)で酷いあだ名を付けようとしやがった。

 看破できたのは統一言語(バベル)のおかげなんだが、勝手に一目置いてくれてるみたいだし黙っておこう。

 隣を見るとネムがニマニマと笑っていた。ムカつく。大方、パステルに振り回されている俺の姿が面白かったんだろう。俺は大人だからムカッ腹を立ててもやり返したりはしない。ただ忘れないだけだ。

 運ばれてきたアイスコーヒーを一口啜り、陶器製のカップを卓上に置きながら心に誓う。絶対忘れないからな!


「それで、パステルさん。貴女は何故あんな所で力尽きていたんですか?」


 女神は眷属の内心に気付いた様子もなく、上機嫌で魔道師に尋ねている。俺としても気になっていたところだ。パステルは話すかどうか少しだけ迷ったようだったが、結局話すことにしたらしい。


「実は勇者が凶悪な呪いを受けてしまってな。パーティの神官が解呪を試みたが全く歯が立たず、勇者は床に臥せったまま身動き取れなくなってしもうた。魔王討伐に彼は不可欠。我輩たち、勇者一行は足止めを余儀なくされたのじゃ」

「なるほど……そっちの世界の事は分からんが『教会に連れて行って呪いを解いてもらう』とかはできなかったのか?」


 RPGでは金さえ払えば神父が呪いを解いてくれたりするもんだ。しかし、俺の思いつきは即座に否定された。


「コウよ、世界の命運を担う勇者の(もと)に集ったのは逸材ばかりじゃ。我がパーティの神官こそ、アルスギアにおいて最高の神官。彼女が解呪に失敗したならば他の誰にも解ける道理はない」


 話を聞きながら、俺は全く別のことが気になっていた。

 勇者は彼、男。神官は彼女、女。そして魔道師パステル、女。……男勇者のハーレムパーティじゃねぇだろうな。メラリ。義憤の炎が小さく灯った。

 いや、落ち着け。まだ確定じゃない。ふーっと長めに息を吐いて気持ちを落ち着かせる。違うよな、勇者。お前はそんな男じゃないよな? 会ったこともない病床の勇者に念を送る。


「世界最高の神官でも解けないとなると、相当強力な呪いですね」


 俺が正義の怒りに燃えている間にも話は進んでいた。はー、と感心したように吐息を漏らすネムにパステルが頷きを返す。


「左様。そなたも神官であれば予想はつくであろう」


 魔道師の発言に一瞬、「ん?」と思ったが少し考えて合点がいった。さっき「神殿の方から来た」とネムが言ったので神官だと勘違いしているんだろう。まあ、「信仰する方」じゃなくて「される方」だなんて普通は思わんわな。

 チラリと横目で確認すると、ネムはアタフタしながら「に、似たようなものなので大体わかります!」などと曖昧に答えていた。誤魔化すの下手ね、お前さん。


「この街に来てるってことは解呪の目処が立ったのか?」


 追求されても面倒なので、こちらから質問を投げ掛けて話を本筋に戻すよう仕向ける。はたして成果はあった。


(いな)。しかし限りなく『然り』に近い。呪いに対処するには、とある道具が必要だと判明してな。世界中を探したが見つからず……アルスギアで唯一、他の世界に移動できる我輩が『次元の狭間ならば、もしや』と一縷(いちる)の望みに縋ってやってきた訳じゃ」

「さっきの様子だと、見つからなかったようだがな」


 打ち捨てられた雑巾みたいに風景と同化していた魔道師の姿を思い出す。


「うむ、めぼしい店は全て回ったが見つからぬ。伝承にのみ語られる道具ゆえ、無理もないが」


 パステルは一瞬だけ肩を落として項垂れたが、すぐにまた姿勢を正し、胸を張って言い切った。


「しかし、我輩は諦めておらんよ。最後の瞬間まで勇者を、アルスギアを救うべく尽力するつもりじゃ」


 コイツ、態度はデカいけど世界を救うために命かけてるのは本当なんだな。生まれ育った故郷の美しい景色、冒険を通じて触れ合った人々。それらを守らんと奮起する少女。じん、と鼻の奥が熱くなる。

 へへっ、俺ともあろう者が少し感動しちまったぜ。


「魔王討伐の暁には報酬として『禁忌の書』を受け取れるのじゃ。あれを手にするまで滅びてもらっては困る」

「返せよ、俺の感動! 物欲かよ、結局! 何だよ、そのヤバそうなタイトル! 滅びていいのかよ、本もらった後なら!」

「ひーくんが怒涛のようなツッコミを!?」

「まあ、どちらかと言うと滅びない方がよいが」

「「その程度!?」」


 もうツッコミが追いつかない。むしろコイツがそのうち魔王にでもなるんじゃねーの? 俺の目の前で魔王候補は頬杖を突きながら、どうでもよさそうに言い捨てる。


「我輩、世界移動者(ワールドシフター)じゃからのぅ。生まれた世界の滅亡は自身の死に直結せんし。魔道の真髄を極める方が余程大事じゃよ」

「あ~、そういう傾向ありますよね。世界移動者(ワールドシフター)って。世界の危機に頓着しないというか、個人主義というか」


 新出単語でも何となく意味が分かる統一言語(バベル)は本当にありがたい。世界移動者(ワールドシフター)。察するに「自分の世界を抜け出して別の世界に移動する能力を持った連中」の総称だろう。

 ネムは苦笑する程度で済ませているけれど、俺はパステルの言い方に何だかモヤッとしてしまう。例えば地球が滅亡するとして。自分だけが宇宙船に乗って死から逃れられるとしても、俺はここまで落ち着き払っていられるだろうか?

 ……無理だな。


「ちょっと薄情じゃねぇか?」


 絡むような口調の俺に、パステルは皮肉げに呟いた。


「物心つく前に親元から引き離され、修業に明け暮れていればこう(・・)もなる」


 なぜだろう。どこか憂いを帯びた、寂しげな表情に見える。コイツはコイツで、きっと色々あるんだろうな。そう考えると、さっきよりは前向きに協力してやりたいと思えるようになった。

 そういや、何か道具を探しているとか言ってたっけ。


「ちなみに、解呪に必要なアイテムって何なんだ?」

「確かに、まだ聞いてなかったですね。よければ教えてもらえませんか、パステルさん。もしかしたら力になれるかもしれませんよ」

「……そなた達、お人好しじゃのぅ」


 フッと笑って魔道師が目を細める。口調も仕草もジジくさいのに、その顔は年齢(とし)相応の少女に見えた。

 まあ、どこを探しても見つからないような激レアアイテムを俺達が持っている、なんて都合のいい展開は無いだろうけど。それでも女神の知恵か何か(他力本願)で役に立てるかもしれない。俺とネムはパステルの話に、揃って耳をそばだてた。


「呪いはあまりにも強力。正攻法での解呪は断念せざるを得ない」

「「ふむふむ」」

「そこで我輩たちは結論付けた。要は呪いさえ消えればいいのだ、と」

「「ほうほう」」

「もし勇者の時間だけ巻き戻すことができれば――肉体が呪いを受けていない状態まで戻すことができれば、それは解呪したのとほぼ同じ結果をもたらす。そうじゃろ?」

「その通りだと思います!」

「……」


 無邪気に肯定するネムの横で、俺は沈黙を余儀なくされた。話の流れが予想できてしまったからだ。


「伝説級のアイテムゆえ、名前くらいは知っておるかもしれぬ」

「その名前とは!?」


 ゴクリと唾を呑む、察しの悪い我が主。続く答えを俺は魔道師と同時に発した。


「「クロノ=グランの時間砂」」


 驚愕に見開かれたパステルの眼差しと、キョトンとしたネムの眼差しが向けられる。パステルの視線は「なぜ知っている?」と言わんばかりの鋭さだ。実際そう言おうとしたんだろう。だけど、開かれた唇が質問を言葉にする前に、ポンと手を打つ音が木霊した。


「あっ、それなら持ってます!」


 はいはい!と挙手をしながら虚空から布製の袋を取り出すネム。得意げな表情だ。


「……我輩をからかっているのか?」


 小さめのサッカーボールがすっぽり入るくらいの袋をいきなりテーブルの上に置かれて、パステルは困惑を(あら)わにしていた。若干イラだっているようにも見える。そりゃそうだろう。さんざっぱら探して見つからなかったアイテムを通りすがりの連中が偶然もっていた、なんて怪しんで当然だ。

 ネムは怯んだ様子も無く砂袋をグイグイと押し付ける。


「そんなことないですよ。手に取って御覧になってください。使ってみてもいいですから」

「ふむ、そこまで言うなら」


 半信半疑といった様子でパステルが手に持ったカップを勢いよくテーブルに――


「おいおいおい!? ストップストップ!」


 俺の制止する声も虚しく、陶器が砕ける甲高い音が店内に響き渡った。精緻な花模様が描かれたカップは見るも無惨に砕け散る。破片はテーブル上に留まらず、床にまで飛び散っていた。カップの中身を飲み終えていたことだけが不幸中の幸いか。

 そんな惨状に一切(いっさい)頓着することなく、パステルが袋から砂をひとつまみ取り出して、割れたカップに振り掛け始めた。マイペースすぎんだろ、コイツ。俺が呆れ果てていると店の奥からウェイトレスがすっ飛んできて悲鳴を上げた。


「お客様、おケガはありませんか!?」

「大丈夫、ケガはない。だけど、すまない。カップを割ってしまった」


 連れの二人が一向に気にした風もないので、代わりに頭を下げる。顔を上げた俺が見たのはウェイトレスの呆然とした表情だった。視線を辿って、俺は何が起こったのか理解した。

 飛び散った破片が宙を舞い、逆再生したように割れたカップが元の形に戻っていく。これが「クロノ=グランの時間砂」の効果か。時間が巻き戻る光景を目の当たりにし、圧倒されて息を呑む。割れる前と寸分違わぬ陶器のカップが卓上に現出する。しかし、それだけでは終わらなかった。


「パステルさん、少しかけ過ぎですよ」


 暢気なネムの声が耳に届く。意味を尋ねる必要は無かった。年季の入ったカップが徐々に綺麗になっていく。時間は巻き戻り続けていた。新品同然に、いや新品そのものに変貌を遂げ、そして新品すらも通り過ぎていく。

 カップから花模様が姿を消し、一瞬だけ仰け反るような高温を発したかと思うと、形がぐにゃりと崩れ、粘土になって、そこでようやく動きを止めた。


「……本物だ」


 パステルが手を震わせながら呟いた。声には確信したような響きがある。


「破損を修復して完成品に戻すだけならまだしも、それ以前の状態に戻すとは! 時を巻き戻した証拠に相違ない! ネムといったか! 頼む、譲ってくれ!」

「勿論です。好きなだけ貰ってください。ただし、勇者に使う際にはご注意を。戻しすぎると目も当てられない事態になりますから」


 ネムは微笑みながら「用量を守って正しくお使いください」と締めくくった。パステルが「委細承知」とばかりに力強く頷き、なぜか懐から天秤を取り出した。

 どうやらアルスギアの危機は一件落着に向かっているらしい。和気藹々と談笑を交わす女神と魔道師。


「それより、お前ら」


 そこでようやく俺は口を挟んだ。不思議そうな二つの顔が同時に振り向く。俺は厳かに言い放った。


「店にカップの代金、弁償しろ」


 親指で示した先には、粘土を手にしたまま途方に暮れて立ち尽くすウェイトレスの姿があった。

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