8 路傍の美少女天才魔道師
「そ、それでは宴も酣ではございますが! 本日の逢引を締めさせていただきたいと思いますっ!!」
「その台詞でデートを終わらせたヤツ、初めて見たぞ」
顔を真っ赤にしたネムが声高に宣言するのを目の当たりにして、思わず真顔でツッコんでしまった。「アイス食べさせ事件」から2時間ばかり経過している。結局あの後、露店を見て回ったり買い食いをしたりガッツリ楽しんでしまった。
「……初デートだから勝手が分からないんですよぅ。ひーくんだって初めてだったくせに」
「確かにそうだけど、何で分かった?」
「ふふっ、秘密です♪」
何故か知らないがネムはほんのり頬を染めてはにかんでいる。何だかこっちも気恥ずかしくなってきて、俺はソッと視線を逸らした。転じた視線の先には、乱痴気騒ぎの大通りと比べれば幾分静かな「次元のバザマ」南東ブロックの景色が広がっている。
思った以上に雑多な眺めだ。横丁みたいに店がひしめき合っていて、軒先にはよく分からない魔物の干し肉が吊るしてあったりする。ずいぶん怪しげだ。マジックアイテムを売買する店ってのはどこもこんなモンなんだろうか。
思索に耽る俺の前で、女神がコホンと咳払いをして場の雰囲気を仕切り直す。
「それじゃあサッサと売ってしまいましょう。売却するアイテムは希少かつ高価、しかも支払いは貨幣や宝石ではなく、結晶化したFP限定です。一軒では店の資金が足りないでしょうから、何軒か回りますのでよろしくお願いします」
「ほほー、そんなに何軒も馴染みの店があるのか。見直したぞ」
「いえ、どこも初見ですよ」
「は?」
「とりあえず、この店から順番に売り捌いていきましょう」
「ちょっと待てぇい!!」
手近な店の扉に手を掛けたネムの襟首を引っ掴んでストップを掛ける。「ぐえっ」と女神にあるまじき悲鳴を上げてネムが蹲った。
「何するんですか!?」
「すまんすまん。だが少し話を聴いてくれないか」
食って掛かるネムを「どうどう」といなして会話が出来る雰囲気に持っていく。
「お前さ。いま適当に売ろうとしなかった?」
「ニュアンスに不満を覚えますが、おおむね正しいです。どこに売っても手に入るFPは同じに決まって……なんですか、もう!?」
返答の途中で盛大に溜め息を付いた俺に、ネムがフグみたいに頬を膨らませて遺憾の意を表明する。不満があるのは俺の方だよ。
「神話級のマジックアイテムってのは、ようは骨董みたいなもんだろ。欲しいヤツには高値で売れるけど、そうでなきゃ適正な価格すら付かないこともある」
「……まあ、確かに。言われてみればそうですね」
骨董の売買なんて実際はもっと複雑なんだが、納得してくれたんで詳細は省いて説明を続ける。
「最低ラインの目標として、手持ちと合わせて8万FPには届かせたい。家賃の支払いに必要だからな。しかし、二束三文で買い叩かれたらそれにすら届かないかもしれん」
「それは困ります!」
「だろ? だから適当に済ませちゃならんわけだ。時間があれば一軒一軒まわって話をしながら、それぞれのマジックアイテムを一番高く買ってくれる店を探すところだが、今回は流石に時間が無い」
「……デートしてる場合じゃなかったのでは?」
至極もっともな疑問を呈するネム。ちゃっかりデートを楽しんでいたので非難するというより、なんだかバツが悪そうにしている。声には不安も滲んでいた。
不安を煽るのは本意ではない。ネムを安心させるべく、俺は胸を叩いて力強く宣言した。
「その辺は、ちゃ~んと考えてあるさ」
「おおっ、頼もしいです!」
「そうだろそうだろ! さすが俺! 惚れてもいいぞ!」
ナハハと笑う俺の背中が勢いよくブッ叩かれた。犯人は一人――いや、一柱しか存在しない。
「惚れる訳ないじゃないですか!!」
「わ、分かってるよ! ほんの冗談だって!」
そんな顔真っ赤にして怒らなくてもいいのに……
さっきのデートはなんだったのか。お祭り騒ぎの高揚か、それとも単に義理なのか。沈んでいく感情をどうにか浮上させ、考えていたプランを披露する。
「即席の競売会を開くぞ」
「そんなことが可能なんですか? ああいうのって手続きに時間が掛かるイメージなんですが」
「この街では出来る。申請書を提出して、手数料を支払えば即日即座に開催可能。さっき露店を巡ってるとき、店主のオッサンに訊いたから間違いない」
「ほえー。いつの間に」
「いつの間にか、だよ」
感心するネムに生温かい笑顔で応じる。デートの際にも情報収集してたんですよ、俺は。隣にいる誰かさんは露店に並んだカラーひよこ(たぶんニワトリじゃない)の愛くるしさに夢中だったけどな。
「場所も訊いといたからな。あとは歩きながら話すぞ」
「あっ! ちょっと待ってくださいよぅ!」
言い置いて歩き出すとネムも小走りになって直ぐに追いついてきた。少し歩調を緩めて足並みを合わせる。
「さて。勿論、得体の知れない人物が唐突にオークションを開催しても参加する人数は高が知れている。通行人が冷やかしで入れば御の字だろう」
「じゃあまずは宣伝から、ですか」
「その通り! なので申請を終えたら、マジックアイテムを取り扱う店に招待状を送る。この街では魔法サービスを利用できるから、使い魔に手紙を持たせて届けるくらい朝飯前だ」
直接配達してくれるので全店に配り終えるまでそう時間は掛からない。ありがたいことだね。俺が一人で満足げに頷いているとネムが体を寄せて自分の存在をアピールしてきた。
「私が女神の力――『奇跡』でパッと送ってもいいですけどね!」
無駄なドヤ顔。ただの有能アピールだった。一瞬ドキッとした俺のトキメキを返せ。
「せっかくの申し出だが今回は却下だ」
「え~っ? ぶーぶー!」
「上手くブーイングできてねーぞ。奇跡は発動するのにコスト掛かるんだろ。そのコストって何だった?」
優しく尋ねる俺。
RPGでは魔法使いは魔法を行使するのに自身のMPを消費する。では女神が奇跡を行使するのに消費するMPに相当する物とは何か? 答えは。
「……FPデス」
「はい、結構。他に任せて安く済むところは積極的に任せていこうぜ」
女神にとってのMPは所持金なのだ。マネーイズパワー。考えてみれば、スゲェ即物的な世界だな。
一応フォローしておくとFPは信仰心の具現化なので、そこまでおかしな話でもない。信仰の力を使って奇跡を起こす、っていうね。
ともあれ、次元のバザマに来るのにもFPを使っているので出費はなるべく抑えたいのは偽らざる本音だ。魔法ならどう転んでも奇跡よりコストが安い。
「外注の件は了解しました。でも上手くいきますかね。面識の無い相手から招待されても足を運ぶかは未知数ですよ」
「上手くいかせるのさ。期待を煽ってやればいい。少しレア度の高い消耗品を手紙に同封する。なんでもいいんだが……そうだな、売却リストにアレあったろ。ちょっと時間を巻き戻す粉」
「『クロノ=グランの時間砂』ですか?」
「それそれ。『こんなアイテムを惜しげもなく配れる程度にはラインナップが充実してますよ』と言外にアピールするのさ。少しもったいないが、損して得取れだ。物の価値が分かるなら多少の時間を割く、くらいの手間は厭わんだろ」
「なるほど……いいですね! それ、採用です! 希望の光が明確に見えてきました!」
「ついでに申請所も見えてきたぞ。向かいに見えるあの建物がそうだ」
「あれが例の――ふぎゃっ!?」
歩きながら建物を見上げたネムが謎の悲鳴を発して地面に倒れた。慌てて駆け寄り抱き起こす。
「おい、ケガは無いか!?」
「……なんとか無事です」
「本当か?」
ネムの顎に右手をやって左を向かせたり、右を向かせたりする。確かにケガは無いようだ。俺は安堵の溜め息を吐いた。
「よかった。顔は綺麗なままだ」
「~~っ!!」
「そういや、何かに躓いたみたいだったが……」
女神の顔から手を離し、周囲に視線を巡らせる。薄汚れた店の壁に寄りかかるようにして、人間大の真っ黒いボロ雑巾が鎮座していた。どうやらネムは道端に投げ出されていたコレの足に躓いて転倒してしまったらしい。
……ん? 足?
「うおっ!?」
「ど、どうしたんですか!?」
「コイツ、生きてるぞ!」
ボロ雑巾かと思ったらローブに身を包んだ人間だった。マ、マジでビックリした。ネムも相当驚いたらしく顔を赤くして目を白黒させている。
頭部までスッポリと黒い頭巾に覆われていて顔は見えない。虚のような黒い影からは真紅の目玉が覗くのみ。ゴクリと唾を飲み込む俺の目の前で、ローブの人物が頭巾をパサリと下ろして喋り始めた。
「……喚くな、凡俗。我輩は疲れておる」
仰々しい尊大な言葉遣い。まるで老人と話しているような錯覚に囚われる。しかし、声は可愛らしかった。
物憂げに逸らした横顔は端整で、真っ白い髪が肩まで垂れ下がっている。よく見ると髪は後ろで編みこんであった。ハーフアップというヤツだろうか? 意外とオシャレさんだ。年の頃は俺とそう変わらない。16、7くらいに見える。控えめに言って美少女だ。
「いくら疲れてるからって、こんな所で寝てんじゃねーよ。うちのポンコツがコケちまっただろうが」
「さりげなくポンコツ扱いするのやめてもらえませんか!?」
「喚くな、と言った筈じゃがな」
美少女が苛立たしげに舌打ちして片手で自分の顔を覆った。指の隙間からは血よりも赤い左目だけが覗いている。あれは、中二病のポーズ!
俺も昔やったわ。だけど本場はやっぱカッケェな……などと考えていたら突然、金縛りに遭った。
「――!?」
舌の根がピクリとも動かず、喋る事もできない! いったい何が起こった!?
「体の自由を奪う『邪眼』ですね。目を合わせただけで発動する効果としては相当強力な部類に入ります」
困惑する俺の隣からネムの冷静な声が聞こえてくる。眼球すら動かせないのでそちらを見ることも叶わない。
美少女は片眉を少し上げて、驚きと余裕の態度を示した。
「ほう、今のを抵抗したか。そなたは凡俗とは違うようじゃのう」
「そう言う貴女こそ、天賦の才に溢れていますね。その邪眼、魔法の永続化によって後天的に身につけたものでしょう? それをここまで磨き上げるなんて」
「一目で看破するか! よいぞ、気に入った!」
可愛らしい声で美少女が呵々と笑ったかと思うと、俺の体に活力が戻ってきた。手をグーパー握り締めて自由を実感する。
その間にローブの邪眼使いは埃を払って立ち上がり、壁に寄り掛からせてあった杖を持った。彼女の背丈より大きい杖は、ファンタジーの知識なんて漫画やゲームくらいしか持たない俺から見ても神秘を感じさせるような風格を漂わせている。
「非礼を詫びよう。我が名は『パステル=リーシュド=セブンカラーズ』。アルスギアにて勇者と共に、魔王を討ち滅ぼさんと旅を続ける魔道師である」
詫びよう、とか言ってる割に申し訳なさそうな気配が微塵も無い。
とにもかくにも、これが俺達と美少女天才魔道師パステルとの出会いとなった。




