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4 かくて女神は微笑み給う


 バッサリとした俺の指摘を聴いて、ネムは何事かを考え始めたようだった。仲介業者にぼったくられた事実を真摯に受け止めてくれたのなら、心を鬼にして言った甲斐がある。

 うんうん頷いていると、女神がおもむろに口を開いた。


「嘘から出た真、という言葉があります」

「うん?」

「本当に『地球人全員が武器を扱う才能に溢れていた』という展開はないでしょうか?」


 真剣な表情で戯言をのたまった。俺の丁寧な説明で地球人の戦闘力については納得したもんだと思ってたんだが……意外と往生際悪いな、コイツ。

 しかし、反論しようと口を開いてハタと気付いた。そもそも前提条件は正しいのか?

 いや「実は俺が地球人じゃありませんでした」とかそういう話ではなく。

 右手側の空中に表示されたままのステータス画面を見つめる。文面は相変わらず、俺の名前と『槍の才能:絶無。他の得物ならともかく、槍だけは止めましょう』のみ。

 女神の神殿でいきなり出てきたので頭から信じ込んでたけど、この表示は真実だろうか。本当は俺に類稀なる槍の才能が眠っている可能性もあるんじゃないか?


「試してみるか」

「はいっ!」


 弾んだ声でネムが賛成する。別に、お前の妄言を検証する気になったんじゃねーからな。わざわざ否定するのもアホらしいからしないけど。

 ソファから立ち上がり、横に立てかけてあった槍の柄を握る。ネムから距離を取って神殿の中央付近へ。俺は両手でノクターンを構え、精神を集中した。

 目を閉じて息を深く吸う。イメージするのは自在に槍を振るう己の姿。

 よしっ! 俺はカッと目を見開き、気合と共にノクターンを一閃させた!


「はああああああっ!!」


 滑るように穂先が宙を駆けていく。後を追うように俺は足を滑らせ、天地逆にひっくり返った。

 漫画みたいに鮮やかなコケ方をしてしまった。視線を滑らせると、ネムもコメントに困っていた。そりゃそうだろう。だがな、これが現実だ。


「……冗談じゃないんですよね?」

「嘘みたいだろ。本気なんだぜ。これで」


 ともあれ、これで実証された。されてしまった。出来れば間違いであってほしかったが、俺には槍の才能が無い。

 槍、一生使いこなせないのかぁ。地味に(へこ)むわ。こみ上げる涙を堪えつつ、ステータス画面をコツコツ叩く。


「な? 表示の通りだろ?」

「その事なんですが……あなたの仰る画面、私には見えないんですよ」

「えっ、女神なのに?」

「うぐっ」

「女神なのに!?」

「あんまりからかってると、私、怒りますよ」

「気にするな、女神にも見えない物くらいあるさ。おそらく、俺が持っている才能を可視化したものだろう。いわば『才能を視る』才能だな」


 熱い手のひら返しをかましながら推論を口にする。あっぶねー。若干キレそうな気配漂ってたぞ。

 チラリと顔色を伺う。幸いにして激怒の閾値(ライン)は越えていないようだ。

 そっと胸をなでおろした俺だったが、「はて?」と違和感を覚えてネムの顔をもう一度盗み見た。


「『才能を視る』才能……」


 オウム返しに呟く彼女の表情は、えらく切実なものだった。やけに印象に残る。台詞に篭められた感情に思案を巡らせていると、ネムが質問してきた。


「文面には何て書いてあるんですか?」

「俺の名前と、あとは、その……槍の才能ないよ、って……」

「すみません、正確にお願いします」

「『槍の才能:絶無。他の得物ならともかく、槍だけは止めましょう』!」


 泣きそうな気持ちで俺は叫んだ。どうしてちょっとボカした言い方をしたのか、少しは慮ってほしい。


「他の才能も視えるんですか? たとえば、剣の才能とか」

「いま表示されてるのは槍だけだな。とりあえず、やってみよう。『剣の才能』」


 しーんと静寂が広がる。ステータス画面に変化なし。


「どうです?」

「ダメです」


 成果を問う女神へ簡潔に答えつつ、どこが悪かったのか考える。

 まさか、ピンポイントで槍の才能だけを視る能力じゃねーだろうな。戦々恐々としながら画面が出てきたときの状況を思い出す。

 あ、もしかしてコレか?

 俺は自分の名前を呟いてから、「剣の才能」と口にしてみた。画面が一瞬パッと消え、直ぐにまた現れた。内容が更新されている。


「よし、的中(ビンゴ)! やっぱ対象を指定する必要があったんだな」

「裏を返せば、あなた以外の才能も視られる訳ですね」

「多分な。やってみなきゃ分からんけど」


 まあ、とにかく成功だ。視線を走らせ、新たな文面を読み上げる。


「なになに『剣の才能:無し。諦めて他の得物を使いましょう』? ……マジかよ」


 槍に続いて剣までも。正直言ってだいぶ打ちのめされた。

 ガックリうなだれているといつの間にか隣にやってきたネムが、手品師の助手よろしく俺に抜き身の剣を差し出してきた。


「さっきみたいに試せと?」


 コクコク。無言で頷くネム。いやまあ、やれって言われりゃやるけどさ。

 にしても、ずいぶん(いわ)くありげな剣だな。()めつ(すが)めつ刀身を眺める。

 俺が貰ったノクターンも見るからに伝説の武器って感じだが、その槍に勝るとも劣らない。むしろコッチの方が良いかもしれん。閑話休題。


「少し離れててくれ。剣の才能も無いらしいからな。もしかしたら、すっぽ抜けたりするかもしれん」


 笑いながら俺は言った。念のためネムを下がらせたが、しっかり握って少し素振りをする程度。事故が起こるはずもない。警告は半ば冗談だ。

 しかし、まさかコレがフラグになるなんてね。

 軽い気持ちで俺は剣を振り下ろし、すぐさま己の浅慮を悔いた。剣はすっぽ抜けた。行方を追いかけてギクリと体を強張(こわば)らせる。よりにもよって、俺の真上だ。

 マズい。非常にマズい。このままだと剣は真下に落ちてくる。すなわち、俺の脳天に。

 全てがスローモーションになっていく。俺が死後の世界で死を覚悟した瞬間、ネムが宙に向かって素早く手を伸ばすのが見えた。


「《刃よ、涙のごとく(こぼ)れ給え》!!」


 奇跡としか表現できない光景が飛び込んできた。剣の刀身が光の粒子に変わり、降り注ぎ始めたのだ。まるで小さな流星雨。

 思わず見とれてしまった俺の頭に、剣の柄が直撃した。すこーん、と小気味良い音が響く。思わず悲鳴を上げてしまった。星が見えたぞ、今。

 俺はタンコブをさすりながらブツブツと文句を言う。


「クソッ、無害化したの刀身だけかよ。どうせなら全部消し去ってくれりゃいいものを」

「命の恩人に向かって随分なご挨拶ですね」

「そもそも誰の頼みでこうなったと……まあいい。助けていただき感謝感激でございます。これで満足か?」

「はい、よろしいです」


 バツの悪さも手伝って、つっけんどんな物言いになってしまったが、ネムは気にした風もなく澄ました顔だ。目を閉じて、顎をつんと突き出している。美少女は何をしても絵になるからズルい。

 それにしても、と前置きして女神が会話を主導する。


「本当に『才能の有無』――いえ、内容を鑑みるに『才能の多寡』と表現した方が正確ですか。とにかく、それについて分かるんですね。紛うことなき能無しでした」

「おい、気をつけろ! 言葉にだって刃は付いてるんだぞ!?」

「すみません、つい本音が」


 謝罪するネムだが特に悪びれた様子もない。更に抗議を重ねようとして俺は気付いた。よく見るとネムの瞳は相変わらず真剣そのものだ。

 ふーむ、少し踏み込んでみるか。


「そろそろ本題に入ってもいいんじゃねーの?」

「……お気づきでしたか」

「興味本位にしちゃあマジ顔すぎるからな」

「お見それしました。実は、視ていただきたい才能があるんです」

「構わねーぞ。どこのどなたの、何を視りゃいい?」

「それでは」


 請け負う俺に、ネムは緊張した面持ちを向ける。つられて俺も緊張してきた。ゴクリと唾を飲み、彼女の言葉に耳を傾ける。

 転生の女神は掠れた声で小さく小さく呟いた。


「私の、『才能を視る』才能は、どれくらいありますか?」


 聴いた瞬間、踏み込んだことを後悔した。これは希望に満ちた問い掛けじゃない。

 だけど、水を向けたのは俺だ。その責任は果たすべきだろう。

 女神の名前と、視るべき才能をゆっくりと口にする。せめて一秒でも長く結果を先延ばしにするために。

 俺の意に反して、結果は迅速に表示された。


「……どうでした?」


 おずおずとネムが催促する。おそらく、己の才能について薄々は感づいているんだろう。その瞳に宿るのは不安よりも、むしろ諦観。それでも、もしかしたらと一縷の望みを掛けている。

 気が重い。俺は、そのか細い糸を断ち切らねばならない。

 ため息を吐いて覚悟を決めた。口を開き一言一句、違えずに内容を伝える。


『ネム』

『才能を視る才能:絶無。一切の望みはありません』


 ネムは「やっぱり、そうですか」なんて力なく笑った。


「女神学校に才能付与を取り扱う資格試験があるんですよ。『転候生』――ああ、転生候補生の略なんですけど――彼らの才能が視えないと合格できないんです。私、何度やってもダメで。だから、もしかしたらって思ってたんですけど」


 小さな女神は訥々と語り続ける。


「実は開業してからずっと、受けた依頼は失敗ばかりなんです。才能が視えないから、適材適所な人材も送れなくて」

「…………」

「転生特典で才能をお渡しできないから、せめて強い武器を渡そうと思って赤字覚悟で伝説の武器を差し上げてきたんですけど、それでもやっぱり上手くいかなくて」


 うなだれるネム。その眼前に青いウィンドウが現れた。俺の『才能を視る』才能の画面表示じゃない。

 何だろうと不思議に思っていると合成音声みたいな平坦な声が流れ出した。


「『ビースティン』の依頼遂行に失敗しました。契約に基づいて違約金が発生します。賠償FPは表記の通りです」


 察するに女神世界のボイスメールだろうか。

 ウィンドウは透けて見えるので内容を読み取ることができた。依頼成功時の報酬と失敗時の違約金が設定されている。違約金の方が額が高い。


「忘れてました、違約金……これで後が無くなっちゃいました」


 ネムが途方に暮れた顔で肩を落とす。彼女が手を翳すと、青いウィンドウは音も無く消え去った。

 つーか、ビースティンって俺がさっき大ジャンプで転生を回避した異世界(ところ)じゃねーか。即行で失敗扱いかよ。


「……もしかしなくても俺のせい、だよな」

「いいえ、お気になさらず。私の不徳と致すところです」

「今からでも俺、行くか?」

「申し出はありがたいですが、失敗判定が出た時点で手遅れなので結構です。そもそも、槍の才能が皆無なあなたを送っても途中で倒れていたことでしょう。転候生が魔王を倒せなければどのみち依頼失敗ですし、結果は同じだったと思います」


 魔王倒してようやく依頼達成かよ。条件キビしすぎねぇ?

 俺が女神業界の世知辛さに慄いていると、ネムの前に新たなウィンドウが表示された。今度は真っ赤な画面だ。その色合いに不吉な予感を覚える。ネムがビクリと肩を震わせるのが見えた。

 そんなネムの態度に一切(いっさい)構わず、さっきと同じ平坦な声が「着信がありました。お繋ぎいたします」と告げる。今度はそれだけでは終わらない。空中に透き通った人影が現れた。大きさは俺と同じくらい。SFでお馴染みのホログラムだ。


「聞きましたわ、ネム。また失敗したんですって?」


 第一声を聞いたとき、不快感が先に立った。

 腰まで伸びたストレートの黒髪に漆黒のドレス、ご丁寧に真っ黒な長手袋(オペラグローブ)も填めている。衣装とは対照的に真っ白な肌を持つ美しい少女だ。

 しかし、顔立ちは整っているが、声色から察するに性根は歪みきっている。童話に出てくる恐ろしい魔女を連想させた。

 ネムが顔を顰めながら黒ドレスの名前を呼ぶ。


「マーレ……」

「気安く名前を呼ばないでくださいまし。同格だなんて思い上がりも甚だしい。あなたのような同業者、女神の面汚しですもの。そろそろ廃業してくれませんこと?」


 マーレと呼ばれた女神は嬲るような表情で辛辣な言葉を投げかける。対するネムは血の気が失せた顔で弱々しく反論するばかりだ。


「私、辞めたりしません……」

「そうですわよね! だって、女神じゃなくなったら、あなた、消滅しちゃいますもの!」

「それだけじゃなくて……」

「でも、どうせ遅かれ早かれ消え失せますわ! 見る目なしの『空白の骰子(ブランクダイス)』! ふふっ、ふふふっ! あはははははは!!」


 黒ドレスが口を歪め、仰け反るように哄笑する。

 ……聞くに堪えねえ。腹の奥底から怒りが湧いてきた。

 黒ドレスとネムの間に割って入る。小さな女神を背中にかばいながら、俺は声を張り上げた。


「おい、いい加減にしろよ! テメェは楽しいかもしれねえが――」

「《死よ、花のごとく裂き給え》」


 直後、視界が真っ赤に染まった。全身を切り裂かれたのだ、と気付いたのは床に倒れ伏した後だった。

 こみ上げた吐き気をぶちまけると大きな血溜まりが出来上がった。


「ごふっ……」

「被造物ごときが、わたくしに話し掛けないでくださる?」


 隠す気もなく舌打ちして黒ドレスが吐き捨てる。

 視界の焦点が定まらず、頭の後ろから真っ黒い闇が広がってきた。この感覚は二度目だ。一度目のとき、俺はそのまま骸になった。

 ネムが悲鳴を上げて身を屈める様子もどこか遠くに感じられる。一方、魔女はつまらなそうな表情で俺とネムを見下ろしていた。


「楽しい気分が台無し。興が削がれましたわ」


 ドレスの裾を摘まみ、優雅に礼をする。


「ごきげんよう、ネム。次に聞こえるのが貴女の凶報でありますように」


 呼吸のごとく呪詛を吐いて、ヤツの姿は虚空に消えた。俺は力を振り絞って舌を突き出す。あの魔女め、いなくなって清々するぜ。

 気を抜いた瞬間、意識が闇に飲まれた。

 俺に向かって必死に呼び掛けるネムの声だけが、暗闇の中に木霊している。


「しっかりしてください! いま蘇生します!」


 ぎゅっと強く抱き締められたかと思うと、俺の体が金色の光に包み込まれた。

 闇が晴れ、ふと見上げた先にはネムの顔があった。至近距離で目と目が合う。

 彼女は微笑んだ。まさしく、女神のような――いや、女神そのものの慈悲を湛えて。

 温かい、と感じた。不安も恐れも彼方に消え、安寧に身を委ねる。穏やかな午後を思わせる眠気に誘われ、瞼が自然と垂れ下がってきた。

 眠りに落ちる前に、俺の胸に一つの想いが去来した。


 この小さな女神を支えて生きたい。


 偽らざる本音。冷たい骸に芽吹く血潮。停まった心臓が決意と共に鼓動を始めた。

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