3 アザラシ、ぼったくられる
どうしてネムは才能が無い俺に『夜槍ノクターン』とかいう神話級の槍を寄越したんだろう。立ち上がりながら俺は考えていた。
まさか、悪意でもあったのか? 希望に燃える転生者を罠に嵌めて楽しもうとしてたとか。冷たい疑惑が脳裏をよぎる。
「…………」
小さな女神は口を半開きにしたまま固まっている。俺の心に、暗い感情が広がっていく。なぜ何も言わないんだ、ネム? 俺の馬鹿げた妄想を早く否定してくれよ……
悲痛な想いが通じたのか、女神に動きがあった。
ネムが目を真ん丸に見開いて神殿中を震わせるくらいの大声で叫ぶ。
「地球の人間って全員が武芸百般じゃないんですか!?」
俺の胸元を掴みながら、メチャメチャ焦った様子で尋ねてくる。
どうやら地球人を戦闘生物か何かだと勘違いしていたらしい。その表情からは嘘や誤魔化しが一切感じられない。
ネムは本気で信じていた。百人が聞いたら百人とも「お前、ココ大丈夫か?」と頭をトントン叩いて呆れそうな、馬鹿げた勘違いを。
「ンな訳ねーだろ」
呆れ果てて笑い飛ばそうとしたのに、「しょうがないな」と言わんばかりの声音になってしまった。肩から力が抜け、ため息が漏れる。暗い感情は消え去っていた。俺は安堵しているようだ。
もしかしたら自分で考えていた以上に、この小さな女神に心を許していたのかもしれない。裏切られずに済んで良かった、と思う程度には。
ソファでうつ伏せになりながら、ネムが小声でブツブツ言っている。本来なら不気味なハズの光景なのに、姿形が小柄な美少女なので全く怖くない。絵の出来栄えにケチをつけた時の方がよっぽど怖かった。
先ほどのやり取りの後、俺はネムが地球人に対して抱いていた勘違いを懇切丁寧に正してやった。それ以来、ずっとこの調子だ。
彼女の精神状態を反映させる神殿内は照明が薄暗くなっている。落ち込んでいるらしい。
テーブルを挟んで向かい合わせに現れたソファに腰掛けながら、俺はネムに問い質した。
「なあ、そろそろ聴かせてくれよ。いったい何があったんだ?」
「……ちょっとダメージ大きかったんで、コレに訊いてください」
ネムは顔も上げずにプルプルと震えた手つきで薄い冊子を卓上に載せようとした……が、距離を誤ってテーブルの端にしこたま手をぶつけ、海老のようにビクンと跳ねた。女神の海老反り。娑婆で見る機会は一生あるまい。
「~~~!!」
「おーい。大丈夫かー?」
「さ、再起不能です」
ぶつけた手をさすりながら、またソファに顔を埋めてしまった。ぶつかった拍子に気力を取り戻してくれないかと淡い期待を抱いたが、やっぱりそう都合よくはいかないか。
仕方なくテーブルに置かれた薄い本(念のため注釈するが同人誌ではない)に目を転じる。
パンフレットだ。見出しには大きく「転生事業をお考えの貴女にオススメの物件です!」と書いてある。表記は何故か日本語。
とにかく読んでみるか。パンフレットを手に取って開く。「はて?」と首を傾げてしまった。
「見開きのページに魔法陣だけ?」
普通、写真やら文章やら載っけたりするモンだろ。途方に暮れているとネムが助け舟を出してくれた。
「タップして起動。もう一度タップすると停止です」
当の船頭は相変わらず顔を上げなかったが、言われたとおりに魔法陣を軽く叩いてみた。
「うわあっ!?」
途端に白い煙が吹き出てきて、俺は慌ててパンフレットを放り出す羽目になった。パンフレットが狙い済ましたかのごとくテーブル中央にヒラリと舞い落ちる。
神殿内の照明が少し明るくなったので、もしやと思ってネムの方を見ると肩が小刻みに震えていた。笑ってやがる。大方、俺の反応が面白かったんだろう。
ウケ狙いでやったんじゃねーぞ、チクショウ。
「……覚えとくからな」
「お互い様です。私だって忘れませんよ」
忍び笑いを洩らしつつカウンターを繰り出してきた。結構言うなぁ、コイツ。妙に感心してしまった。
そんなじゃれ合いをしている内に、煙は空中で固まって手の平サイズの小人になった。頭にシルクハットを被り、黒い衣装に身を包んだ姿はマジシャンそのものだ。
小人は俺の存在を認めると芝居がかった仕草でスタスタ空中を歩いてきた。顔の前、三十センチくらいの位置でピタリと止まり、帽子を脱いで優雅に一礼。間近で視るとかなりのイケメンだった。
Why? どうせなら可愛い女の子にしてくれればいいのに。
「ご覧いただきまして誠にありがとうございます。あなたとは初めてお会いしますね、女神様。私は広告精霊でございます」
おお、動くだけじゃなくて喋るのか。ファンタジーっぽくて良いな。
どうやら女神のパンフレットは読むものではなく聴くものらしい。目の前の広告精霊とやらが商品を宣伝してくれるんだろう。わざわざ読まなくてもセールスポイントを教えてくれるのはありがたい。
ただ、一点だけ訂正させてもらいたい。
「俺は女神じゃないぞ。そもそも、男だし」
「ご謙遜を。あなたは立派な女神様です」
「……この顔のどこが女に見えるんだよ?」
「ご自分を卑下なさらないでください。貴女は美しい」
「だーかーらー!」
「イチイチ突っかかっても無駄ですよ。広告精霊は事前に吹き込まれた内容を再現するだけの人形みたいなものですから」
暖簾に腕押しの問答を見かねて(正確には聞きかねて)ネムが口を挟んできた。
「それらしく受け答えはしますが、知性はありません。見てる存在を女神扱いするのも仕様です。女神用のパンフレットですからね。はぁ……」
なぜか最後にため息を吐いて、ネムがうつ伏せを続行する。照明はまた少し暗くなった。
俺も釣られて軽くため息を吐いてから、今は事情を知るのが先だと割り切って意識を小人に向けた。
つくづくイケメンな小人である。最初は「何故?」とか思ったけど、女神用のパンフレットと判明した時点でストンと腑に落ちた。そりゃあ美形の異性は嬉しいもんな。
正直言って女神扱いは勘弁だけど、そこはもう我慢するしかない。
「女神学校で修練に励む女神様、進路はもうお決まりでしょうか? このパンフレットをご覧になっている貴女は『転生事業』に少なからず興味を抱いているものとお見受けします」
小人がトークを開始する。「学校で勉強する女神とかシュール過ぎねぇ?」とカルチャーショックを受けていると、さっそく聞き慣れない単語が出てきた。
「転生事業って文字通り、死者を異世界に転生させる商売っつー認識で合ってる?」
「左様でございます。ご存知とは思いますが念のため説明させていただきますね。女神様の進路は基本的に2つ。世界を管理する『管理事業』、死者を転生させる『転生事業』に分かれております」
「ほほー」
こちとら初耳だよ。ちーとも知らんかった。とりあえず、一方的に喋り倒される展開も覚悟していただけに質問にも答えてくれるのは素直にありがたい。
それにしても『事業』か。世知辛い臭いを嗅ぎ取りつつ、俺は先を促した。
「なんで女神が事業なんかする必要があるんだ?」
「女神様が存在するためには『信仰力』が必要です。『Faith power』の頭文字をとって『FP』と省略するのが一般的ですが、このFPが尽きれば女神様は消滅してしまいます」
ようは生命力みたいなモンだな。
「何事も無くても僅かに減少していくFP。これを獲得するためには『生命体から崇敬の感情を向けられる』必要があります。セオリーは『より多くの生命体から、より強い感情を!』ですね」
信仰の対象となることで存在を保つ。漫画や小説で何度も見た設定だ。「人間に忘れられ、祀られなくなった神が力を失っていく」という展開は定番とも言える。
広告精霊の講義は淀みなく続く。
「先にイメージが簡単な管理事業からご説明いたしましょう。こちらを選んだ女神様は『管理神』と呼ばれます。事業内容は世間一般に流布している、所謂『女神』の印象とほぼ同じです」
「世界を見守り管理する、とかそーゆー感じだな。確かにイメージしやすい」
俺は頷き返しながら賛意を示す。小人は嬉しそうだ。
「そうでしょうそうでしょう! ですが、ここで一つ疑問が生じます。管理事業を始めるには、そもそも管理するための世界が必要ですよね。コレは一体どうやって手に入れると思いますか?」
突然のクイズ形式に戸惑いながら思案を巡らせる。特に妙案も浮かばなかったので、無難な答えでお茶を濁す。
「うーん、どこかから買ってくるとか?」
「残念! 発想は素晴らしかったですよ。FPは加工することで他者への譲渡が可能となり、様々な物品や役務と交換できますからね。それこそ、管理神が自分で管理する世界以外なら大概手に入ります」
FPは女神たちの通貨も兼ねているようだ。
命を削って金を捻出する光景を想像すると薄ら寒いものがあるが、考えてみたら俺の最期だって似たり寄ったりのものだった。五十歩百歩で嫌悪するのもアホらしい。
さておき、クイズの答えはなんだろう。目で問い掛けると小人は二コリと笑って正解を口にした。
「管理神はFPを消費して、まず世界を創るのです」
「『まず』でやることが天地創造かよ!?」
反射的にツッコミを入れてしまった。女神のスケール、デカすぎだろ。
チラリとネムを見る。忘れがちだけど向かいのソファで寝転がってるのって本物の神様なんだよな。うつ伏せになってグッタリしてる無様な格好からは想像も出来ないけど。どうにも陸に打ち上げられたアザラシを連想してしまう。
「完全自作で世界を創り、環境に適合した生命を造り、頃合いを見て己の存在を示し、信仰を以って糧とする。これが管理事業の理想的な流れでございます」
「なるほど、そこまでいけば後は継続的にFPをゲットできるもんな」
「ええ、その通りです。……とはいえ、天地創造には失敗が付き物」
広告精霊は周囲を憚るように辺りをキョロキョロ見回してから、声のトーンを落として付け加えた。
「失敗を繰り返した挙句、管理する世界すら入手できずに消滅してしまった女神様も過去にはいらっしゃいます」
背筋を冷気が走り抜けた。
……そりゃそうか。自分の生命力を削って世界を創ってる訳だし、失敗が続けばそうなるよな。スタートラインに立つのも命懸けだ。
言葉を無くしていると、小人が気遣わしげに顔を覗き込んできた。「心を痛めていらっしゃるのですか? お優しい方です」とか何とか言いながら女神を元気付けようとしてくる。
やめろやイケメン。ときめいたらどーする。
気分を変えようとネムの方に顔を向けたら衝撃映像が飛び込んできた。裾が少しはだけていて、太ももが垣間見えている。完全に不意打ちだったのでドギマギしてしまった。
さすがに教えてあげないと可哀想だよな、うん。俺は小人を片手で制し、女神に小声で指摘してやった。
「ネム、裾。見えてる」
「!!」
ネムが電光石火の勢いで手を伸ばして裾を直す。その速度に圧倒されて俺は二の句が継げなかった。ネムは裾の乱れが無くなったか手探りで確認した後、またゆっくりとアザラシに戻っていった。
いや、戻りきれてないな。よく見ると金髪の間から覗く頬が真っ赤に染まっている。恥じらいの感情はあったのか。
やめろや、アザラシ。ほんの少し、ときめちまっただろーが。
落ち着かない心臓を胸の上から押さえつつ、小人に「すまん、待たせた」と声を掛けた。イケメン奇術師は気にした風も無く応じる。
「いえ、お気になさらず。それより、ご安心ください。今お話ししたのは非常に稀なケース。大半の方は事業を軌道に乗せ、複数の世界管理に成功しておられます」
何事も無かったかのように語り掛けてくる。いっそ不自然なくらいに。ネムの存在に気付いていないみたいな振る舞いだ。
もしかしたら、起動した人物以外は認識できない設定なのかもしれない。益体もないことを考えながら、広告精霊の話に耳を傾ける。
「ですが、世界が順調に育つと今度は別の心配もしなければなりません。管理神に悩みの種は尽きないのです」
「具体的には?」
「たとえば『魔王の出現』ですね。世界に発生した欠陥とも言える存在。魔王は管理神の創った世界と被造物たる生命体を滅ぼすべく行動し、滅ぼした後は崩壊する世界と運命を共にします」
ここで魔王の登場か。しかも、やることは世界相手に無理心中? なんてインパクトが大きくて傍迷惑な存在だろう。
しかし、長年の疑問に一つの解を得たのは僥倖だった。RPGで魔王が「世界を滅ぼしてくれるわ!」と発言するたびに「滅ぼした後、魔王はどうするつもりだ?」とか不思議に思っていたけど、そういう背景なら納得できる。
思想や信念に基づく行動ではなく、ある意味で本能に基づいて行動している訳だから。
「魔王の排除は最優先事項です。放置すればその世界は蹂躙され、やがて生命体は管理神に対する崇敬の念を捨て去ってしまいますからね。信仰がなくなれば、当然FPも得られません」
「だったら女神が直接、魔王を倒せば良いんじゃねーの。出来るだろ、それくらい」
「可能か不可能かを問われれば、可能と答えます。その代わり」
「その代わり?」
「費用対効果が最悪なのです」
「は?」
目が点になった。まさかファンタジー絡みでコスパなんて単語を耳にしようとは。本当に事業なんだな。
「女神様が直接魔王を消し去ろうとすると膨大なFPが必要になります。捻出するためには理想的なサイクルに入った世界を三つか四つ、解体するしかありません」
「一つの世界を救うために、それ以上の世界を犠牲にするって本末転倒じゃんか」
「ですから、もっとコストの安い解決法が採択されます。代表的な例は『その世界の英雄候補に加護を与えて勇者に仕立て上げ、魔王を討伐させる』とかですね」
なんてこった。勇者の存在は、管理神によるコスト削減の象徴だったのか。
舞台裏は世知辛いなぁ……
「ちなみに、勇者は必ず魔王を倒せるのか?」
「確実とは申せませんね。運悪く魔王の発生時期に存在しなかったり、居ても弱かったり。結果的に魔王をのさばらせてしまった事例は枚挙に暇がありません」
「マジかよ。そうなったら、どうやってその世界を救えば良いん……あっ」
言葉の途中で答えを見つけて、俺は思わず声を上げた。
「お気付きになられましたか? 破滅を待つだけの世界を救う方法に」
「……異世界、転生」
「ご名答でございます。転生事業がなぜ必要とされるのか、もうお分かりになったでしょう?」
イケメンの広告精霊は妖艶な笑みを浮かべて語り続ける。
「転生事業を営まれる女神様は『転生神』と呼ばれます。管理神から依頼を請けて先方が希望する条件の『転生候補生』を派遣し、報酬としてFPを受け取るのです」
転生候補生っつーのは、俺みたいに不遇の死を遂げた人間の事か。死者を使う以外は人材派遣業で金を貰うのと大差ないな。
価格設定を訊いてみたところ、管理神にとって「割高だけど世界一つに比べれば遥かに安いくらい」という答えが返ってきた。
「管理神は低コストで魔王を排除でき、転生神は報酬と実績を手に入れます。両者にメリットがあるWin-Winの関係でございます」
「はい、質問。転生候補生は何処から連れてくるんだ? 転生神は自前の管理世界を持たないんだろ。他の女神から一時的に借り受けたりするのか?」
「実に素晴らしい質問です!」
小人が感激した仕草を見せる。事前に知らされていなければ、生物じゃないなんてとても信じられない。表情も活き活きしている。
「転生神は事業を始めるにあたって他の管理神と契約を結び、死者となった転生候補生を『調達』する権利を購入します。場所は特定の世界の一部。範囲を限定するほど購入費用は下がりますからね」
反射的に調達という表現に反感を覚えた。女神やその取り巻きの価値観が透けて見える。しかし、グッと堪えて頭を冷やした。人形に反論しても虚しいだけだ。
落ち着いてから「まあ、それも仕方ない事かもしれないな」と思い直した。そもそも存在の次元が違うんだ。
自分に置き換えて考えてみる。二次元の美少女が目の前に現れて、「あんたとは対等の存在よ!」とか言い始めたらどう思う?
最高だと思います。……今のは例えが悪かった。
「通常、管理神と転生神が直接契約を結ぶことはございません。手続の手間とコストを減らすために、私どものような業者が間に入って契約を仲介いたします」
そういや、業者の回し者だったなコイツ。すっかり忘れてた。
確かオススメの物件があるんだっけ。既に想像は付いていたので、率直に尋ねてみた。小人は我が意を得たりとばかりに目を光らせる。
「貴女にだけ用意した特別な物件がございます。数多の世界を管理していらっしゃるベテランの女神様から、ようやく、よ~やく、契約の許可を取り付けました!」
「おいおい、もったいぶらずに早く教えてくれよ!」
「ではお伝えいたしましょう! 今回ご用意した物件はズバリ! 『地球』でございます!」
「地球だって!? どこだい、それは!?」
アメリカの通販番組のノリで大げさに驚いてみたけど、飽きたので次からはテンションを戻そう。
まあ、オススメが地球だなんて少し考えればすぐ分かる事だわな。どうして俺が女神の神殿に居るのかっつーね。
「『宇宙』という世界の片隅にある惑星なのですが、極端に魔力が少ないのです。そのため、生命体は低魔力環境での生存を強いられ、結果として身体能力が飛躍的に向上いたします」
高地トレーニングみたいだな。
「転生候補生に選ぶ生き物は何でもいいのか?」
「言語の概念は持っていた方がいいでしょう。オススメは現地の霊長を気取っている『人間』という種族ですね。全員が武術の才能を秘めているので、魔王討伐に送り出すには打ってつけの逸材ですよ」
「ん?」
待てやコラ。
広告精霊を睨むが相手は澄ました顔のままだ。
「……全員?」
「全員です」
「大人も子供もお姉さんも?」
「勿論。老若男女、全てです!」
ここぞ、とばかりに小人が声を張り上げる。にこやかに断言しているけど、会話の相手が地球人だと認識してない辺りに滑稽さを感じる。全員が武術の才能あるとか、真顔で言われたら失笑モンだ。
口元を押さえて笑いを噛み殺しつつ、ソファに寝転んだままのネムを見つめる。あー、そっか。ようやく理解したわ。
買っちゃったんだね、ユー。転生候補生を地球から調達する権利。
甘言に乗せられて、頭から信じ込んで、裏を取ったりなんかもせずに。
打ち上げられたアザラシを思わせるその背中からは、哀愁が漂っていた。
悪い仲介人に引っ掛かってしまったものだ。詐欺とまでは言わないが、故意にやってる訳だから悪徳業者には違いない。
宇宙を管理している女神まで共謀かどうかは分からない。直感だが、たぶん違うだろう。
さて、これで訊きたかった事はだいたい聴けた。
俺は小人に向かって偉そうに頷きかける。
「説明ご苦労。素晴らしい物件だった。前向きに検討させてもらおう」
「ありがとうございます! ですが実を申しますと、この物件は購入を検討なさっている別の女神様がいらっしゃいまして……」
「あ、そういうのは別にいいんで。んーと、宇宙だっけ? そこの管理神と話したいんだけど、連絡とることって出来る?」
「申し訳ございません。大変ご多忙な方で、直接のやり取りは全てお断りしていらっしゃいます」
ですよねー。話が通じる女神だったら仲介人の悪事をチクって上手い具合に譲歩してもらおうかと思ったけど、流石にムシが良すぎたか。
……ていうかさ。
「そもそも、地球の権利ってまだ在庫あるの?」
「ただいま確認して参ります。少々お待ちくださいませ」
広告精霊がフッと掻き消える。ネムが買わされたんだから、もう無いはずだ。
なんて答えるのか少し興味がある。小人は直ぐにまた現れた。悲しげな表情を貼り付けている。
「申し訳ありません! たった今、契約が纏まってしまったようです!」
「ははっ、そうきたか」
俺は軽く噴き出してから小声で呟いた。商魂たくましいと言うか、何と言うか。
ま、これ以上茶番に付き合う必要もないわな。
「ですが、他にもオススメの物件がございまして――」
食い下がる小人の台詞を遮ってパンフレットの端をタップする。直後、イケメン奇術師は煙へと姿を変え、テーブル上の魔法陣に吸い込まれていった。
まるで人体消失マジックみたいだと思ったが、余韻もへったくれも何も無かった。
なぜだか一抹の寂しさを覚えた。会話の相手が生物ではなかった、そう実感させられる光景だったからだろうか。
軽く頭を振って感傷的な気分を追い出し、ネムの方を見る。相変わらずのアザラシだった。
なにはともあれ、コイツが勘違いした経緯は分かった。ソファに寝転がったままのアザラシに呼びかける。
「なあ、アザラシ」
「…………」
無視かよ。感じ悪いな。
ムッとして口を尖らせたところでハタと気付いた。
「なあ、ネム」
「なんで今アザラシって言ったんですか!?」
ガバッと跳ね起きてネムが抗議してくる。おうおう、まだ元気じゃねーか。
「ただの言い間違いだよ。それより、このパンフレットに関してなんだけど」
「はい?」
「お前、仲介業者に掴まされたな」
「アー、アー、聞こえませーん!」
ネムは両手で耳を塞いで俯いてしまった。聞きたくない言葉を遮るのは結構だが、事実は消えてなくならないぞ。冷やかな目でアザラシ、じゃなくて女神を見つめる。
ネムはしばらく抵抗していたが、やがて観念したらしく手を下ろして足の間に挟みこんだ。身を縮こまらせて上目遣いに俺を見つめる瞳は、若干涙目だ。
「やっぱり、騙されたんですかねぇ」
ションボリしながらネムが言う。ズキリと心が痛んだ。もっとオブラートに包んだ言葉にすべきだろうかと思案する。
「騙されたっつーと大げさかもしれないが、相場より随分高く買わされただろ? 『全員が武術の達人なんですから、初期投資を張り込んでも直ぐに回収できますよ』とか何とか言われてさ」
「……見てたんですか?」
「見てなくても目に浮かぶよ。早い話がさ」
現実を直視してもらうために、俺はあえてストレートな言葉を放った。
「お前、ぼったくられたんだよ」




