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12 思い出はハンマープライス

「お待たせいたしました!」


 照明の灯ったステージ上で声を張り上げると、会場に集まった50人近くの視線が俺に集中した。適度な高揚と緊張感。割と命が懸かっている状況だけど特に気負いはない。顔ぶれを見渡す余裕もある。因業そうなヒゲ親父からケバい服装のねーちゃんまで観客のラインナップは様々だ。


「皆様、本日はようこそお越しくださいました。わたくしの主、ネムに代わりまして厚く御礼申し上げます」


 朗らかな笑みを浮かべ、テンプレ台詞を並べ立てる。こういうのは慣れだ。昔取った杵柄とでも言うんだろうか。胸中にじわりと広がったのは懐かしさと、苦々しさ。刹那の疑問と直後の理解。そりゃそうだ。決して良い思い出ではないんだし。

 複雑な心境を抱きつつも、淀みなく口は動く。今回のオークション開催に至った経緯――女神の苦しい台所事情を赤裸々に話せる筈もないので偽装背景(カバーストーリー)だ――を掻い摘まんで説明する。

 マジックアイテムの蒐集を生きがいとする、さる高貴な御方(一応ネムという設定)がよんどころない事情でコレクションの一部を手放そうと思い立った。叶うならば、価値を理解できる人の手に渡ってほしい――


「そのような想いから今回のオークションが催される運びとなった次第でございます」


 真っ赤な嘘を平然と締めくくる俺。あのまま真っ当に生きてたら詐欺師にでもなってたんじゃないかと自分でも怖くなる。「詐欺師は真っ当じゃないだろ」というセルフツッコミはさておき、眷族としての生を与えてくれたネムに改めて感謝だな。

 横目でステージの袖口を見やると、ネムがカーテンをこっそり捲ってオークションの様子を窺っていた。カーテンから顔一つ突き出せば《静寂(サイレンス)》の範囲外らしい。チョロチョロして落ち着きの無いヤツだ。女神らしく、どっしり構えてりゃいいものを。

 同じく袖口に居るはずのパステルは姿が見えない。そういえば「使い魔の知覚を通して会場内の様子は把握している」とか何とか言ってた気がする。それでか。俺がパステルの言葉を思い出したところで、ネムが小声で何事か呟いているのが耳に届いた。


「ひーくんが敬語で喋ってる……」


 ショック受けるほどの事か!? ホントに失礼な女神だ。


「競りが始まる前に、少し良いかね。若いの」


 乾いた声が会場に響き、俺は正面に注意を引き戻した。一人の老人が樫の杖を片手に立ち上がっている。長い白髪に豊かな顎髭。いかにも「魔法使いでござい」って風貌だ。ここに三角帽子を被せれば完璧だろう。


「なんでございましょう? 魔道具協会会長、ブレンネン様」

「ほう、儂のことを知っていたか」

「ご高名はかねがね伺っております」

「感心な心掛けじゃ」


 厳つい顔がニンマリ微笑み、露骨に機嫌が良くなった。招待状を送った連中の名前と肩書き、顔(パステルの魔法で幻影を見せてもらった)までは把握している。誰だって覚えがめでたけりゃ嬉しいもんだ。この下準備は不発に終わることも多いけど、場の雰囲気が良くなることもあるので欠かさず覚えるようにしている。言ってみりゃルーチンワークだな、俺にとっての。


「ブレンネン様の魔法の才は、わたくしの住む異世界にも轟いております。お会いできて光栄に存じます」


 もひとつヨイショしてやると、驚いたことにウィンドウが表示された。すわ何事!?

 ……あ、才能視(タレビジョン)の効果か。直前の発言を思い出すと確かに才能視(タレビジョン)の発動トリガーとなる「名前」と「才能」を口にしていた。魔法使いだし魔法の才能を褒められたら有頂天だろ、とか思っただけで特に意図した訳じゃなかったんだが。割とファジィに発動しやがるな。

 とりあえず俺にしか見えないウィンドウに視線を走らせ、情報を精査する。


『名称:ブレンネン(偽名)/アータシュ(真名)

 称号:灰燼に帰す者(オブリタレイター)

 種族:人間(擬態)/獄炎魔神(イフリート)(正体) 性別:♂ レベル:65

 魔法の才能:極めて高。炎魔法に対する最高の適性。世界を滅ぼす紅蓮の劫火。

       財宝に執着する種族的特徴により、鑑定魔法への適性も良好』


 アイツ、偽名の上に人間じゃねぇ! 炎の魔神が擬態してやがる! 一瞬にして俺の全身を戦慄が駆け巡った――が、直ぐに気持ちを切り替えた。

 オークションの邪魔をしなけりゃ悪魔だってお客様には違いないよな、うん。売れる物は何でも売るぞ。俺の魂は売約済みだからダメだけど。

 それにしてもレベル65? これが高いのか低いのかイマイチ分からない。比較対象がネムの6万オーバーとかいうバグい数値だけだもんな。よく分からないけど、たぶん強いんだろう。「世界を滅ぼす紅蓮の劫火」とか物騒きわまりない形容が続いてるくらいだし。

 当の物騒な紅蓮ジジイは咳払いをすると真面目な表情を取り繕って俺に質問を投げ掛けてきた。


「よければ教えてもらえぬか? なぜ『信珠(しんじゅ)』を集めるかを」

「しんじゅ」


 落ち着き払って頷きながら、ゆっくりと噛んで含めるように言葉を発する。内心の動揺を押し隠して。

 ……新単語出てきたよ、おいッ!

 ブレンネン他、居並ぶ客に気付かれないようにコッソリとネムに救いを求めた。女神は相変わらずカーテンに身を隠しながらパクパクと口を開けている。


「え・ふ・ぴー」


 そんな短い呟きを繰り返していた。えふぴー? なんだと一瞬、怪訝に思ったがハッと答えが閃いた。

 ……FP(エフピー)か!

 信珠。ニュアンスと突き合わせて推測するに、女神に捧げられる信仰の力が結晶となった物だろう。日本で例えるなら「FP」が「円」、「信珠」が「貨幣」。要は、この異世界の爺さんは不思議に思っているわけだ。女神が欲しがるFPをなんでお前(正確にはその主)が欲しがるのか、と。

 見渡せば、他の客達も俺と爺さんの遣り取りを興味深そうに見守っていた。みんな考えることは同じらしい。さて、どうするか。「ご主人様の気まぐれですー」なんてお茶を濁すのは簡単だけど、それではちょっと興醒めだ。寸時、思案した俺はもったいぶった口調で語り始めた。


「ここだけの話にしてくださいませ。実は、我が主は女神――」


 ざわっ、と会場が震撼した。ネムにも激震が走っていた。泡を食ってバタバタしている。「なに言い出すんだ、この眷族は!?」ってとこだろう。いやー、良い反応してくれるなぁ。愉快な気持ちを堪能した後、少し間を置いてから俺はオチをつけた。


「――に大変心酔しておりまして」


 ブレンネン含め、会場中の客がキョトンとした顔になる。それからドッと大爆笑。主は女神本人……と思わせておいて、女神かぶれの俗物というオチ。緊張と、その緩和。笑いを惹起するテクニックの一つだったか。とりあえず今回は上手くハマった。笑ったことで客の顔から警戒が薄れ、余裕と油断が垣間見えるようになった。

 ネムはというと、安堵のためか床にへたり込んでいる。さすがにちょっと可哀想なことをしたか? ほんの少しだけ反省しとこう。


(人心掌握が上手いな、コウ)


 突然、頭の中に言葉が響いた。


(コイツ、脳内に直接――!?)

(……思考だけで会話できる《念話(テレパシー)》については事前に説明しておいたはずだが)

(すまん。せっかくの機会だったんで反射的にやってみただけだ。深い意味は無い)

(???)


 不思議そうなニュアンスまで伝わってくる。実に便利な魔法だ。


(まあいい。それより最終確認だ。本当に良いのか? 見たところここまでは順調のようだが、件の「槍」を出せば間違いなく荒れるぞ)

(あいにくと荒波を越えなきゃ活路が無いもんでね)

(……了解した。我輩も万が一に備えておく)

(気負いすぎんなって。あ、そうそう。「槍」だけは俺、いつも持ってるんでお前の《転送(トランスファー)》要らんからな)


 パステルからの返事はなかったけれど、頷いたような気配がして念話は途切れた。さてさて。観客の笑いが収まるのを待って、俺は宣言する。


「それでは他に質問がなければオークションを開始させていただきます」


 特に遮る声はない。ブレンネンも満足げに席に腰掛けている。観客からは期待と好意の眼差し。右手をスッと頭上に掲げて軽く念じる。虚空より招来され俺の掌に納まったのは、随所に赤い宝玉が嵌め込まれた漆黒の槍。


「商品番号1番――夜槍『ノクターン』でございます」


 オークションに出品する唯一の武器だ。他の武器は餞別として転候生に渡す可能性があるので手をつけていないが、これは俺の私物なので出品しても全く問題ない。

 思い入れがなくもないけど、背に腹はかえられん。断腸の想い(というと大袈裟だが)を振り切って言葉を発した俺は、そこでようやく場が静まりかえっていることに気が付いた。

 凍り付いた、と表現しても過言ではない。和やかさは何処かへ消え失せ、猜疑と敵意が充満していく。これほどまでか、と生唾を飲む。さっきまで鷹揚に笑っていたブレンネンすら、険のある目つきで俺を睨んでいる。暴力を生業とする裏稼業の人間も裸足で逃げ出すほどの威圧感だ。気を抜くと後退りそうになる両脚に、グッと力を入れて踏み堪える。


「小僧。その名を口にする意味、分かっておろうな? 夜槍『ノクターン』は女神が所有する伝説の魔槍。魔王を討伐する勇者にのみ与えられ、世界を救った後は女神の元に還される――つまり、真作が出回るなどありえんのだ」


 老魔道師の背後には、会場の灯りに照らされた彼の影が大きく聳え立っていた。揺らめく炎さながらにユラユラと形を変え続けている。明らかに人間の影ではなかった。魔王に会ったらこんな感じだろうか、と場違いな感想が脳裏をよぎる。


「騙るならば魂まで焼き尽くされても文句は言えぬ。今なら興醒めの冗句として聞き流すが、返答や如何に?」

「騙って焼き尽くされるならば、なおさら言を翻すわけには参りません。わたくしの持つ槍は紛う方なき真作ゆえに」


 にこやかな微笑みと共にキッパリ言い返すと「おおっ」と会場がどよめいた。畳み掛けるように提案する。


「そういえば、ブレンネン様は鑑定魔法もお得意でしたね。いかがでしょう、鑑定なさってみては」

「ほう、この儂相手に抜かしおる。よほど偽装に自信があるようじゃな。よかろう!」


 言うが早いかブレンネンの姿が掻き消え、忽然と舞台に現れた。瞬間転移か。何でもアリだな、魔法使い。俺は両手でノクターンを水平に持ち、ブレンネンの前に恭しく差し出した。


「後には退けぬか。殊勝な態度だけは褒めてやろう」


 気合いを入れて鑑定魔法の詠唱を始めた爺さんの顔を正面から眺めていると、俺の脳内にまたしても声が響いた。


(呑気に眺めている場合か、コウ。偽物と看破されたが最期。ブレンネンという男は、言に違わずおぬしを消し炭にするぞ)

(うーん、消し炭は困るな)

(じゃろう? しかし案ずるな。パステル=リーシュド=セブンカラーズの名においてコウとネムの命は守る。鑑定の結果が「偽」と出た瞬間、会場に配置した使い魔152体を暴走させて混乱を引き起こし、ついで魔法による無力化を試みる)


 無力化の方法を列挙するパステル。試しに聴いてみたものの、あまりの物騒さに冷や汗が止まらなかったのはここだけの話だ。スタートからして「とりあえず酸素を枯渇させて呪文詠唱を封じる。凡俗はついでに窒息する」とかいう有様。実行されたら普通に死人が出るぞ。ファンタジーガチ勢こえー。命、軽すぎだろ。


(つーか、下手したら俺も死ぬんですが)

(多少の危険は受け入れよ。むっ!? ブレンネンの鑑定が終わる! 深呼吸しろ、コウ!)

(いや、せっかくだけどさ。鑑定の精度が高ければ高いほど心配いらないんだよ。逆にヘボかった時が一番面倒だったと思う)

(????)

(まあ、黙って爺さんの様子を見てろよ)

(う、うむ)


 困惑する気配をサラッと流し、イタズラが上手くいくか心躍らせる子どもみたいにニヤニヤ笑う。後は仕上げを御覧じろ。鑑定を終えた老魔道師が、俯いたまま声を絞り出した。


「……ほ、本物じゃ」

「「「そんなバカな!?」」」


 会場が割れんばかりのどよめきに包まれた。異口同音に「信じられない」と騒いでいる。


(――――)

(だから言ったろ。大丈夫だって)


 パステルも観客と同じ心境だったらしく、絶句していた。鑑定結果を当然のように受け止めているのは俺とネムだけか。件の女神は「どうして皆さん、騒いでいるんでしょう?」と言わんばかりに首を傾げている。


「ありえん、ありえん……!」


 誰よりも信じられなかったのは鑑定を務めたブレンネン自身だったかもしれない。驚愕に目を見開いて、ノクターンと俺を交互に見比べている。場末のオークションで不世出の魔槍が見つかるなんて青天の霹靂に違いない。


「ブレンネン様、ご協力ありがとうございました」


 朗らかに謝辞を述べ、丁重に爺さんを舞台から追い払う。


「あ、ああ……偽物扱いしてすまんかったのう」

「お気になさらず。巷にどれほど贋作が蔓延っているかは存じております。疑って掛かるのはむしろ当然のことかと」


 俺の言葉はどれほど届いていたものやら。ブレンネンは元いた座席に向かって歩き始めていたが、完全に上の空だ。足取りがフラフラと危なっかしい。着席を見届け、俺はようやく安堵の溜め息を吐いた。

 さて。鑑定結果を聴いてもまだ半信半疑な連中もいるだろう。最後にダメ押しのパフォーマンスだ。俺は「博識な皆様なら、ご存じとは思いますが」と前置きした上で、付け焼き刃の知識を披露する。


「夜槍『ノクターン』は冠する二つ名に違わず、夜にこそ真価を発揮いたします。どうぞ御覧ください」


 ノクターンを構え直し、切っ先を天井に向ける。これで全員が見やすいだろう。変化は直ぐに訪れた。次元の狭間の夜が深まり、ノクターンがその真の実力を解放する瞬間がやってきたのだ。事前に想定していた通りのタイミング。心中でほくそ笑む。

 直後。柄を掴んでいたはずの手に、ドグン、ドグンと心臓が脈打つような感触が伝わってきた。穂先に収斂していく闇色の渦。あれは、夜だ。ノクターンは夜を貪り、己と主の力を増す。切っ先には亡霊のように禍々しい闇が纏わり付き、宝玉が真紅の光を放ち始める。夜槍が真の姿を現した。

 ノクターンの変化を目の当たりにし、観客達は度肝を抜かれたようだ。俺も度肝を抜かれていた。実はノクターンの変化を見るのは初めてだったりする。だって女神の神殿に昼夜の概念なんか無いし。

 ていうか、おい。これホントに勇者武器か? めちゃんこ呪われ武器(カースドアイテム)くせぇぞ。こんなの持って冒険してたら邪教徒扱いされて狩られそうなんだが。


「す、凄い! なんという禍々しさ!」

「疑う余地は無い! 本物だ!」

「あの瘴気。惚れ惚れするわねぇ」


 ドン引く俺を置き去りに、観客達は大盛り上がり。禍々しさが褒め言葉だったとは、ついぞ知らなかった。感性の違いに若干の疎外感を覚えてしまう。

 まあ、いいか。あれだけ夢中になってくれてんだ。売るなら、今。チャンスチャンス。ここぞとばかりに声を張り上げ、入札の開始を宣言する。


「さあ、その手に伝説を掴み取る栄光を勝ち取るのはどなたでしょう!? 女神が御自ら創り上げた夜槍『ノクターン』! 落札価格、2,000信珠からスタートいたします!!」


 一斉に手が上がった。


「2,100!」「2,200!」「2,500!」「3,000!」「3,100!」「3,300!」「3,500!」「3,800!」


 落札価格が次々に更新されていく。ネムに聴いた話だとFP――信珠は100もあれば城が建つらしい。金銭感覚が崩壊しそうになるけれど、つまりはそれほど貴重品という訳だ。それをポンと支払えるコイツらは思ったよりも凄い連中だったりするんだろうか。


「5,000!」「6,000!」「8,000!」「10,000!」


 大台に乗った。「おおっ」と周囲が驚きの声を上げたのも束の間、直ぐに「11,000!」が宣言され、会場を更なる驚きが包み込む。価格の更新は留まるところを知らなかった。俺が勝手に試算した予想落札価格(エスティメート)を簡単に突破し、引くに引けない参加者達のデッドヒートが繰り広げられていく。

 ノクターンの最終落札価格は「30,000」とかいうトチ狂った数字を記録した。小さな木槌をカンと振り下ろし「落札(ハンマープライス)」を宣言する俺。ちなみに落札者が誰かというと。


「よっしゃーーーー!! 儂の勝ちじゃあああああ!!!」


 ブレンネンだった。上の空から正気に戻って以来、すっかりノクターンに魅了されてしまったようで落札価格を怒涛の勢いで吊り上げてくれたのも彼である。よっぽど欲しかったんだろうな。ガッツポーズをかまして全身で喜びを表現している。あまりに喜びすぎて火の粉が周囲に飛び散ってんのに本人、ぜんぜん気付いてない。正体バレんぞ、イフリート。


「魔道具協会の会長が本気になったら敵う訳ないじゃないですかー!!」

「ちったぁ談合しろ-!」

「ぶーぶー!」


 俺の密かな心配は全くの杞憂に終わった。周りの連中は火の粉なんて意に介さず、会長にブータレている。


「敗者の遠吠えが心地良いのう! 悔しかったら会長になってみるんじゃな! ふはははははは!」


 高笑いと共にブレンネンの姿が掻き消える。同時に、俺の手から漆黒の槍が消え失せた。


「若いの。ノクターンは戴いていくぞ。これが代価じゃ」


 ドンと音がしてデカい宝箱が舞台に着地した。見も蓋も無い表現をすると風呂桶ぐらいのサイズだ。中にぎっしり信珠が詰まっているんだろう。老魔道師は支払う信珠には目もくれず、虚空に浮かびながら感無量といった様子でノクターンを握り締めている。雰囲気からして長居はしそうになかった。


「お帰りですか、ブレンネン様」

「うむ、早く帰って愛でたいものでな。……数えんで良いのか?」


 視線で宝箱を指す。俺はゆっくりと首を振った。


「貴方の名誉を疑うような真似はいたしません」

「ほう! ますます気に入った! 若いの、名を訊こう」

「それが、あいにく持ち合わせていないのです」

「……なんじゃと」


 怪訝な顔をする魔道師に向かって、ニッと笑ってオチを付ける。


「悪魔より怖い御方にすっかり捧げてしまったもので。我が主からは『ひーくん』とだけ呼ばれています。よろしければブレンネン様も好きにお呼びください」

「ふはははははは! つくづく面白いヤツじゃ! では『ジン』とでも呼んでやろう! さらばだ!」


 炎が逆巻き、膨れ上がったかと思うとパッと消え失せる。ブレンネンの姿はもう何処にも無い。おそらく本当に帰ってしまったんだろう。なかなか濃い目の爺さんだったな。総括した俺は、まだ会場の熱が冷めやらぬのを確認して次の行動に移った。


(パステル。聞こえるか?)

(聞こえておる。舞台から宝箱を回収して、残った観客には出品目録(カタログ)を配布すれば良いんじゃろ)

(話が早くて助かるわ。ついでに回収したら宝箱の中身も確認しといてくれ。数える作業はネムにやらせとけば良いから。暇そうにしてるだろうし)

(……おぬし、「名誉を疑うような真似は」せんのじゃなかったか?)

(まあ、あれだ。爺さんが数え間違いしてる可能性は否定できないしな!)

(まったく、おぬしという輩は)


 パステルが額を押さえる姿が目に浮かんだ。同時に舞台から宝箱がスウッと姿を消し、会場内に潜んでいた使い魔達が観客に出品目録(カタログ)を届けるべく動き始める。鳩やフクロウに扮した使い魔が飛び交う光景は俺のファンタジー魂をくすぐるものだった。


「お、おい! 信じられるか? この出品目録(カタログ)!」

「贋作の代名詞、ノクターンが本物だったんだぞ! 俺は信じる!」

「本当にこのラインナップが揃っているとしたら……たまらないわね!」

「小生、蓄えた信珠をありったけ吐き出すことを誓うでござる!」


 会場中で驚きと歓喜の声が連鎖する。この反応、いけるぞ! 俺は目標額の達成を確信した。


「続けて参りましょう。商品番号2番――」


 パステルに合図を送り、《転送(トランスファー)》の魔法で舞台の上に商品をテレポートしてもらう。あとは購買欲が冷める前に売って売って、売りまくる!


(ふはははははは!)

伝染(うつ)っとるぞ、高笑い)

(これが笑わずにいられるか! ノクターンの修羅場も乗り切れたしな!)

(頭の中で雑談しながら、口では淀みなく商品を解説するとは器用なヤツよな)


 感心したような、呆れたようなパステルの言葉。それから、ほんの少しの沈黙。ためらう気配が伝わってきた。


(ノクターンが本当に本物だとは思わんかったぞ。コウ、おぬしらは何者なのじゃ? まさか……)

(問わぬが花だぜ、お嬢さん)


 口の前に人差し指を立てる。


「それでは落札価格、1,000信珠からスタートいたします!」


 解説を終えた俺は観客に向かって高らかに宣言した。

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