11 只今お目覚め、舞台裏
目を覚ますとぼんやりと明るく光る天井が見えた。辺りは静寂に包まれている。往来を行く人の声も、乾いた風の音も聞こえない。
どうして俺は大の字に寝転んでるんだ?
不思議に思いながら体を起こすと、人間大の物体が猛烈な速度でぶつかってきた。
「よかった、気が付いたんですね!」
「げふぇ!?」
鳩尾にクリーンヒットして一瞬、呼吸が止まる。肺の中の空気をいっぺんに吐き出す羽目になった。
「何しやがるコンチクショウ! 殺す気かっ!?」
咄嗟に襲撃者の襟首を掴んで引き剥がすとネムだった。格ゲーの起き攻めより理不尽な攻撃に、怒りがこみ上げてくる。
「コロっ!? ち、違います違いますっ! あなたの無事を純粋に喜んでるだけですよ!?」
「おっと、そうだったのか。すまんな、早とちりした」
謝罪してからフと気になった事がある。俺、無事を喜ばれるような状態だったのか?
疑問に答えるかのごとく、これまでの経緯がフラッシュバックした。
「思い出したぞ、なんか光る拳叩き込まれたの! やっぱり殺す気満々だったんじゃねーか! 」
「あれは不幸な事故なんです! 私の釈明を聴いてください!」
「ほーん。試しに言ってみな」
ネムを解放し、顎をしゃくって先を促す。女神は神妙な面持ちで頷き、ポツポツと語り始めた。
「クロノグランの時間砂を渡す対価を受けとる、受けとらないで揉めてたじゃないですか」
「ああ。お前とパステルがな」
「それでひーくんが『体で払って貰えば良い』って言ったじゃないですか」
「ああ、言ったな」
「だから私、えっちぃ命令なのかと思って、こー、パンチを叩き込んじゃったわけです」
ふわっとした説明とは裏腹に、意外にも鋭い右ストレートが虚空に放たれる。
「でも、『断罪』の奇跡を載せた一撃だったのに普通に昏倒しただけだったんで、あ、これ私の勘違いだー、って分かって」
「ふむふむ」
「えーっと……以上です」
「なるほど」
釈明とやらは終わりらしい。俺は頷き、一拍おいてから叫んだ。
「何が不幸な事故だよ!? 明らかに人災じゃねーか!」
「で、ですよねー!? ごめんなさい、ひーくん!」
「つーか、『断罪』の奇跡ってなに!? 最悪の場合、俺どうなってたんだよ!?」
「……は、爆ぜます」
「否定しろよ、殺意を! 補強してんじゃねぇ!!」
物騒極まりない発言に当然の憤りを覚える俺。しかし、意外な人物によって窘められた。
「そのくらいにしてやれ、コウ」
「……パステルか」
杖を持った魔道師が壁を背に立っていた。
「ネムが言ったのは『最悪の場合』じゃよ。おぬしが重罪人でもなければ爆ぜるほど悲惨な被害には至らん」
「そうなの?」
問い掛けるとネムはブンブンと首を縦に振り、全力で肯定した。表情はもう必死そのもの。
ふむ。少し冷静になった。考えてみれば俺の紛らわしい言い方に非があったと言えなくもない。
「それじゃ……まあ、いいか」
「許してくれるんですか!」
「今回だけだぞ。次から反射的に殺人拳を使わないように」
「はい、約束します!」
こわばった表情がふにゃりと緩み、暢気な女神がニッコリと微笑んだ。ホントに分かってんのかね、コイツ。
俺の心配をよそに、立ち上がったネムはパステルに駆け寄りペコリと頭を下げていた。
「パステルさん、フォローしてくださってありがとうございます!」
「勘違いとはいえ、我輩の貞操を案じて怒ってくれたんじゃろ。義には義によって報いたい」
礼を言われてガラにもなく照れている様子だった。普段、傲岸不遜な物言いが目立つだけにその姿は新鮮で、なんだかおかしい。
「じゃが驚いたぞ、ネムよ。この目で『奇跡』を拝めるとはな」
本人も自覚しているのか露骨に話題を変えてきた。パステルにとっては当然の感想なのだろうが、俺とネムはギクリと固まった。
まさか、ついに女神バレか? 思わず全身に緊張が走る。
「最高位の神官は、女神に由来する奇跡を行使できると伝え聞く。我輩とさして年も変わらんだろうに見上げた信仰心だ」
セーフ、セーーーフ! 限りなくスレスレだけどバレてはいない。さすがの天才魔道師でもまさか女神本人とは予想できなかったらしい。
「我輩が所属するパーティの神官は、未だ一度も使えた例がない。おぬしの爪の垢を煎じて飲ませたいものだな」
「イヤー、ワタシナンテ、ソレホドデモナイデスヨ」
恐るべき棒読みで応じるネム。まあ、パステルが気付かないのもしょうがない。俺だってたまに信じられない時があるしな。
家賃が滞りそうで金策に走る女神なんて――
「ちょっと待て! オークションの開催時刻まであとどれくらいだ!?」
ハタと気付いて愕然とする。俺が気を失ってから何時間経過した?
「あ、それならもうすぐ始まります」
「マジかよ!? まだ何の準備もしてないぞ!」
あっけらかんとした答えに血の気が引いていく。今日やることすら告知してないゲリラ競売会に誰が足を運んでくれるというのか。
マズいマズいマズい!
明日に延期するしかないか? 家賃支払いの期限――すなわち、俺とネムが消滅するまでのタイムリミットを考えると余裕がないどころか、普通にアウトな気もするが背に腹は代えられない!
「……オークションの開催を、明日にズラそう」
なんとか声を絞り出す。苦渋の決断だった。
「何故じゃ? 準備は万端。既に客も詰めかけておる。日延べする意味が分からんぞ」
「なぬ?」
パステルから信じがたい台詞が飛び出した。
「競売会の下準備は全て我輩が済ませておいた。使い魔に命じてな」
「神様、仏様、パステル様!!」
「ぬあっ!?」
気が付いたら恩人の両手を強く握りしめていた。パステルが目をパチクリさせて驚いている(なぜかネムも驚いていた)。
「首の皮一枚つながった! ありがとな!」
「礼は無用! それより手を離さんか、痴れ者め!」
怒りのためか顔をうっすら赤く染めて抗議してくる美少女魔道師。俺市場でコイツの株がストップ高だ。
「悪い悪い、つい感激しちまってな」
「むぅ……分かれば、まあ……」
離した手を伏し目がちに睨むパステルが妙に可愛らしい……などと考えていたら、ネムが通せんぼするように俺達の間に割り込んできた。
「ナンパしてないで司会の準備してください。もう始まりますよ」
「お、おう」
ジト目で頬を膨らませた女神からはヤケに圧力を感じる。弁明すると泥沼になる気がして、俺は話題をスッと逸らした。
「そういえば、本当に客が入ってるのか? 異様に静かなんだけど」
「ステージ袖のカーテンをそっと捲ってみるがよい」
「どれどれ……うおっ!?」
厚い布地を捲った途端、大勢の人影が垣間見え、彼らの囁き交わす声が洪水のように流れ込んできた。驚いてカーテンを閉じてしまう。
「あー、ビックリした。なんだこれ、どういうカラクリ?」
「《静寂》の魔法で、音や声を遮断するようにしておいた。舞台裏のアレコレは聞かせん方が良かろうと思うてな。カーテンが境界線じゃ」
杖で指し示された先を見ると照明に紛れて、淡い緑の光が薄い膜のように広がっていた。
準備が整っているというのも本当らしい。視線を転じて辺りを見回せば、今回出品するマジックアイテムが出品リストの順番に並んでいるではないか。このパステル、有能すぎひん?
それに比べて。チラリとネムを見てしまう俺。無表情の女神と視線が交錯した。
「ひーくん。どうして今、私を見たんです?」
淡々とした口調なのに詰問されてるような気がする!
「お、お前のために頑張ってこようと思ってサ。決意を新たにしてたトコ」
真実を飲み込み、嘘を吐き出す。果たして効果はあった。破顔一笑。ネムは照れ照れと頭を掻いた。
「そ、そ~なんですか~」
「そうなんですヨ」
「あの、ひーくん! ファイトです! すっごい応援してますからね!」
「おう!」
爽やかな笑顔で応じる。正直が美徳なら、俺は悪徳と共にありたい。
「ずいぶん仲が良いのう」
ニマニマ笑うアイツにはどうやら見透かされてるようだけど。
とりあえず、肩を竦めて「羨ましいだろ?」と嘯いておいた。
* * *
ブレザーに袖を通し、ワックスで髪を固める。司会進行役としてそれっぽい格好をしようという心意気の表れだ。しかし、だというのに。
「「うわぁ」」
そこの2匹。なんだよ、その反応は。
「いや、似合ってはいるんですよ? その髪型」
「というか、ハマりすぎじゃのう。目つきの悪さも手伝って、盗賊ギルドのチンピラにしか見えん」
「あっ、それそれ! 言い得て妙です!」
「……お前ら、後で覚えとけよ」
キャッキャとはしゃぐ女子どもにガン飛ばしつつ、白い手袋を填める。準備完了。
「パステル。袖口に待機しといてくれ。俺が合図したらステージにある台の上に――」
「皆まで申すな。《転送》で競売品を送ればいいんじゃろ」
「万事そつなく宜しく頼む」
「心得た……じゃが、最後に1つ訊かせてくれ。おぬしら正気か?」
出品リストの一番上を叩き、パステルが疑義を呈する。そこに記された名は、俺にとって馴染み深い物だった。
「危惧する理由は分かるよ。雪舟とか大観みたいなもんだろ」
「セッシュー?」
「タイカン?」
オウム返しに呟く美少女二人。統一言語をもってしても固有名詞までは伝わらないか。
いや、考えてみたら「体で払って貰う」のニュアンスが正しく伝わらなかった時点で万能とは程遠かったな。
「要は『贋作が多い』ってヤツさ。だからこそ本物だったときのインパクトが極めて大きい」
「今夜限りのオークションですからね。会場の活気は最初から高めておきたいのです」
何をどの順番で出品するかは、神殿にいるうちに俺とネムで決めておいた。
「おぬしらの仮定は『本物ならば』の話じゃろ」
「本物だから大丈夫ですよ」
パステルの声は、どこか俺達を案じているかのようで。ネムの自信に満ちた宣言を聞いても、その表情が晴れる事はなかった。
「ふむ。では、もはや止めまい」
俺達をじっと見つめ、神妙な面持ちで彼女はこう続けた。
「もしものときは、我輩がおぬしらを逃がしてやる」
ああ、と合点がいった。コイツは贋作だと思っているのだ。本物の「クロノ=グランの時間砂」を所持している連中でさえ、かの槍の真作は持ち得まい、と。
そして、その上で言っているのだ。贋作だと露見したら逃亡の手助けをしてやる、と。
「お前の考えている通りだとしたら、その発言、詐欺の片棒かつぐようなもんだぞ」
「……我輩は、善悪よりも知己を取る」
どこか気恥ずかしそうに呟く魔道師の印象は出遭ったときと随分違って見えた。知己、ね。堅苦しい言い回しの中に、何処か親しみを感じる。
「心配すんなよ。杞憂さ、そんなもん。なあ、ネム」
「え゛っ!? あー、えっと、よく分かんないけど、きっとそうです!」
首を傾げていた女神がハッと我に返り、力強く同意する。多分、さっきのやりとりの意味が分からなかったんだろう。眷族としてちょっと情けない。
ともあれ細工は流々だ。後はもう進むのみ。俺はカーテンを翻し、颯爽とステージに躍り出た。
夜の帳が下りきって、オークションの幕が上がる。




