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10 輝け、其は断罪の光(冤罪)

 カップを弁償した俺達は逃げるようにカフェを後にし、ギルドで申請したオークション会場にやってきた。客席の数は50ほどで、部屋の奥が迫り上がったステージになっている。なかなか使い勝手が良さそうだ。

 今夜、俺はオークションで司会をやる。今は俺達三人しか居ないこの会場が大勢の客で賑わう光景を想像する。緊張は特に無い。

 自信のほどは、まあそれなり。俺じゃなくてネムが司会をやるという選択肢もあったのに半ば強引に司会役を買って出たくらいだからな。理由は単純。ネムに任せても不安しかないからだ。


「ここ、ひんやりしてて気持ちいいですねー」


 客席に腰掛けて、のほほんと感想を述べる俺の女神。同じく客席に座りながら「そうだなー」と適当な相槌を打つ俺。窓も閉め切った石造りの建物は、外の暑さに参っていたネムにとって快適とも呼べる空間だったらしい。ゆっくりと左右に揺れてリズムを刻んでいる。たぶん無意識。大層ご満悦の様子だ。そのうち鼻歌でも歌い始めそうだな、とか思っていたら実際に聞こえてきたので苦笑してしまった。


「そういや、アイツはあれで暑くないのかね」


 厚ぼったいローブに身を包んだ魔道師の後ろ姿を親指で示す。本来なら薄暗いはずの室内だが、視認に不都合はない。其処此処(そこここ)に灯された魔法の光源があるからだ。ちなみに点けたのはパステル。


「寒暖には強いはずですよ。ローブに魔法が付与(エンチャント)されていますから。火蜥蜴(サラマンダー)吐息(ブレス)くらいなら防ぎきれると思います」

「へぇー。便利なモンだな」


 火蜥蜴(サラマンダー)がどれくらいの強さかイマイチ分からんけど、羨ましい限りだ。

 件のパステルは、先ほどからステージの上に設置されたテーブルで作業に勤しんでいる。カフェで俺が目撃した、あの天秤を使って熱心に計量中だ。両皿に載っているのはクロノ=グランの時間砂と、重さを量るための分銅。理科の実験を思い出して懐かしい気持ちになった。

 

「よし、これだけあれば確実に足りるじゃろう」


 慎重な手つきで時間砂を革袋に詰め込みながら、パステルが満足げな声で呟いた。勇者を救うのに必要なアイテムを調達できたのだ。肩の荷が下りた気分に違いない。

 一方、俺とネムはここからが正念場だ。なんせ家賃の支払期限まであと2日もないのだ。今日開催されるオークションを何とか成功させないことには未来が無い。そう考えると使命から解放されたパステルが少し、羨ましくもあった。

 物思いに耽っていたら、ふわりと風が吹いた。いつの間にかパステルが目の前に立っている。


「礼を言うぞ。ネム、コウ。二人とも、世話になった。何か渡さねばなるまいな」

「そんな、お礼なんていいんですよ。あなたが求める物を偶然、私達が持っていただけなんですから。これは巡り合わせです。どうかお気になさらず」


 ネムが柔らかな笑顔で応じている。まるで聖女のごとく。コイツの場合、本心で言っているんだからタチが悪い。


「そうもいくまい。言葉だけでは誠意という物がなかろうよ。コウ!」


 呼び掛けるが早いかパステルは左袖を捲った。手首に填めていた銀の輪っかを外し、俺に向かって放り投げてくる。


「おわっ、とと!?」


 突然の出来事に面食らってお手玉してしまったが何とかキャッチに成功する。ホッと口をついて出る安堵の溜め息。手の中を覗いてみると重さを感じさせない銀色の金属が収まっていた。随所に嵌め込まれた煌びやかな宝石の数々は、素人目に見ても明らかに高価そうなアイテムだということが窺えた。


「時間砂の代価である。受けとるがよい。天秤で量った砂と同等の価値を持つマジックアイテム――轟魔滅殺(ごうまめっさつ)の腕輪じゃ」


 ほう、なかなかどうして。この魔道師、物の道理が分かってるじゃないか。腕輪を眺めながら俺はほくそ笑んだ。そうそう、こうでなくっちゃ。感謝の言葉ひとつでハイさよならじゃ、助けた方が救われねえ。今日一番の爽やかな笑顔でパステルに礼を述べる。


「へへへ、こいつは助かる。ありがたく受けとらせてもらうぜ」

「物を貰った途端に揉み手で笑顔、か。ゲンキンな輩じゃのう、おぬし」

「ほっとけ! 命懸かってんだよ、こっちは! ネム、こいつもオークションの出品リストに加えておこうぜ」


 意気揚々と提案する。競りに掛けるアイテムが多ければ、それだけ得られるFPも多くなる。目標額というゴールにまた一歩近づくって寸法だ。


「……」


 しかし、返ってきたのは沈黙だった。


「ネム?」


 隣に座る女神を横目で眺め、俺は息を呑んだ。イヤな予感がする。そしてその予感は的中した。ネムが首を横に振る。ゆっくりと静かに。


「ひーくん、その腕輪を受けとってはいけません。お返ししてください」

「なんでだよ!?」

「パステルさんは、死に瀕した勇者を救うためにクロノ=グランの時間砂を求めています。そんな人から代価を得ようなど、およそ慈悲ある者の考えではありません」


 すっくと立ち上がり毅然として言い放つ姿は威厳を(たた)え、神々しさすら感じさせた。いや、コイツ女神なんだけどさ!


「だからと言って、俺達にカッコつけてる余裕なんてないだろ!?」


 釣られて俺も立ち上がり、主に窮状を訴える。だがネムは意見を翻さなかった。


「他者から見てどう思われるかという問題ではありません。私達がどのような状況にあろうとも、弱者から毟り取るような行いは言語道断です」


 普段の惰弱ぶりからは考えられないほど強固な意志を示している。お人好し大暴走(フルドライブ)だよ。コレどうすっかなー。内心、頭を抱える俺の目前で今度はパステル山が噴火した。


「おぬしの言い分、我輩としては面白くないぞ! 弱者扱いは心外である! それに一度出した物を引っ込められるか! 受けとるがよい! 借りは作らぬ! 施しも受けぬ!」

「借りでも施しでもありません!」

「ええい、とにもかくにも情けは要らぬ! それが幼少の頃より6人の師に叩き込まれた我が魔道の戒律なれば!」


 師匠多いなー。現実逃避気味にツッコミを入れる。突如始まったキャットファイトに巻き込まれぬよう、口を(つぐ)む俺。存在感を限りなくゼロに近づける。情けないと笑わば笑え。どこぞの女神も言っていた。他者から見てどう思われるかという問題ではありません、と。


「主義は曲げんぞ! 是が非でも代価は受けとってもらおう!」

「こちらも主張は譲れません! それに! この腕輪は魔王討伐に不可欠なものではないですか! 魔族へのダメージが50%増加する優れ物! パステルさんだって本当は渡したくないんじゃないですか!?」

「仕方なかろう! 時間砂の価値に釣り合うアイテムなど他に持ち合わせていないのじゃから!」


 パステルが苛立たしげな声で叫ぶ。どうやら、認めたくないけど図星らしい。それでも代価を支払おうとする行為は彼女が口にした戒律――守るべき教えのためか。それとも実は単なる見栄か。なんにせよ、弱ったな。そんな大事な装備、素直に受け取れないぞ。謝礼で身を滅ぼされたら、さすがに俺だって夢見が悪い。


「シャー!」

「フシャー!」


 ネムとパステルが押し問答を繰り返している。話は平行線を辿っているようだ。傍目には可愛らしい子猫が(いが)み合っているようにしか見えないけど。この状況、一体どうしたもんかね。あの様子じゃ両者ともに引き下がったりしないだろうし。


「……しょうがねえな」


 火中の栗を拾うのは嫌だが、ここはひとつ俺が一肌脱いでやるか。間に入ってサンドバッグ――じゃなくて! えーと緩衝材、だったっけ? そうだそうだ、ソレになってやろう! サンドバッグはダメだ。魔道師の危険度は未知数だけど、少なくとも女神がヤベー連中だってのは骨身に沁みて分かってる。ブン殴られたら死んでしまうわ。二度とごめんだ。


「あー。二人とも、ちょっといいか。提案があるんだが」


 できるだけ刺激しないよう穏やかな声で呼び掛けたのに、出迎えてくれたのは怒気の篭もった二組の双眸だった。超こえぇ。咳払いをして恐怖を誤魔化す。


「ネムとしては困っている人から物を受けとりたくはないわけだよな?」

「そうです」

「パステルとしては貸し借りや施しはダメだからキッチリ代価を払いたいんだよな?」

「そうじゃ」


 二人の返答を確認し、頷く俺。ここですかさず提案!


「それなら『物以外で払ってもらう』ってのはどうだろう」

「……内容にもよりますが確かにそれならアリ、ですね」

「我輩としても装備を手放さずに済むならそれに越したことはないが」


 若干渋々とではあるが、言質はとった。よしよし。


「パステル、このあと時間あるか?」

「時間ならあるぞ。アルスギアに帰還する魔法を行使するには条件が必要でな。しばらくは次元の狭間への滞在を余儀なくされる。むしろ暇じゃよ」

「よし、決まりだ!」


 パステルの回答を聴いた俺はパン、と手を叩いた。我が意を得たり!

 そんな俺の様子を見て、2匹の子猫が首を傾げている。ふふふ。分からんか? それでは開陳! 俺の妙案、聴いて驚け!


「時間があるならちょうど良い。パステルに体で払ってもらおう!」

「「ふえっ!?」」


 はて。変な鳴き声が聞こえた気がする。よほど予想外のアイディアだったんだろうか。ちょっとした優越感に浸る俺に向かって恐る恐る、といった雰囲気を滲ませつつネムが尋ねてくる。


「き、聞き間違いですよね。ひーくん、もう一度言ってもらえますか?」

「? 『パステルに体で払ってもらおう』」

「――」


 ネムが絶句した。パステルも口をパクパクさせるばかりだ。一体どうしたってんだろう。訝しむ俺の耳に「ひ」という一音が届いた。発信源はネムか? 思わず聞き返す。


「『ひ』?」

「ひーくんのスケベッ!! 《光よ、かの咎人(とがびと)を捌き給え》!!」


 直後、真っ白な閃光が俺の顔面を直撃した。


「い、一体、なに、が……」


 膝から崩れ落ちる俺。最後に目にした風景は拳に光を纏ったネムと、何故か胸元を押さえて距離を取ろうとするパステルの姿だった。二人とも顔が赤くなっていた。

 なぜだ。なぜこうなったのか本当に分からない。俺はただ、オークションの手伝いをしてもらおうと思っただけなのに。現物じゃなくて体で――労働で代価を支払ってもらえば、どちらの主張も曲げずに済む。起死回生の一手だと自画自賛したかったくらいだ。

 それなのに。どこかで道を(たが)えたらしい。俺を待っていた運命は華麗なる頓死だった。

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