気弱な悪人と万能印刷機
「どうやら例の噂は本当なのか?」
薄暗いたった一人のためのアジトの中。
俺は先ほど、奪ってきた違法物品の動作を確認しながらつぶやいた。
この小さな箱のような機械は、どんなものでも文字を入力すれば作り出せるらしい。
試しに動かしてみるか。
俺は光る文字盤に「金」と入力する。
すると、ジジジっという音が鳴り数秒後、箱の扉が開き金塊が出てきた。
なるほど、現金でなく金そのものか。
俺はその作り出された金塊を手に持つがやはり重い。
少なくとも、俺には本物のように思えた。
その後俺は、何度か入力と作成を繰り返した
そして、具体的に入力すれば大体は思い通りのものが作れるということがわかった。
「これはとんでもないものかもしれんな」
俺は喜びを隠し切れない声で言う。
おそらくこれさえあれば、ほとんどの望みはかなうだろう。
金や武器、あるいは人を操る薬ですら、作ることができる。
俺のような悪人には最高の品物だ。
きっとこれで俺は大悪党って呼ばれるようになるだろうな。
だが、俺は思った。
もし俺の中に良心が少しでもあれば苦しむことなるかもしれない。
ならば世界で最も正しいものを知り。
一切の正しさを自分の中から消せば好きにやることができるのではないかと。
そうして俺は再び文字盤に向かうと『世界で最も正しい』もののコピーと『それを消す薬』を機械に作らせる。
やはり、あいまいな指示でも問題なく作れるようだ。
もう何度も見たように機械は動き、そして箱の扉が開いた。
その中には一冊の分厚い本とビンに入った錠剤があった。
「なるほど、本か」
この機械では当然だが箱の中に入るものしか作り出すことはできない。
おそらくだが、『世界で最も正しいもの』はこの中に入らなくて、代わりにそれを書いた本を作ったのだろう。
「まあいいさ。この薬を飲めばそれでおしまいだ」
俺は作り出した薬をゴクンと飲み込んだ。
やはり飲み薬ということは効果が出るまでにしばらく時間がかかるのだろう。
俺は、暇つぶしに一緒に作られた本を手にとる。
本を読み始めるがどうもおかしい。
この本はまるで辞書のように言葉とそれの説明しか書いてないのだ。
「いったいこの奇妙な記号の配列はなんなんだ?」
そして、万能たる印刷機は俺の部屋で誰にも『言葉』を入力されることなく、今はホコリをかぶってる。