おにいさんパンツ
ぜんぶで3枚。ママが、タンスのいちばん下の引き出しに、新しく買ったパンツをしまって行きました。
「だれだ!」
「えーと、ぼくは、時計」
「わたくし、帽子ともうします」
「おれは、グラサンだけど」
ヒマワリみたいなうで時計。
青いチェックの野球帽。
あとはブルースブラザースがしていたみたいな黒めがね。それぞれちがうイラストが、プリントされています。
「おしゃれシリーズだな」
そう聞きかえしたのは、3枚よりもちょっと小さなパンツ。すぐ横にたたまれていて、真っ赤なバイクのプリントが、ずいぶんと色あせて見えました。
「わしは、ライダー。のり物シリーズだ」
「あっ、はじめまして」
かさねられたいちばん上で、時計が言いました。
「この家の、トモ君のパンツになって、2か月以上がすぎたかな。わしらも3枚組で、他にヨットと、宇宙ロケットがいっしょだよ」
「ぼくら、だれのパンツになるのでしょう?」
「3つ上のお兄ちゃんもいるが、ここはトモ君の引き出しだから。やっぱり、君らもトモ君のパンツだろうな」
「ぼくらは、ライダーよりも大きなサイズにできていて、それでもいっしょかなあ……」
「子供はどんどん成長するんだ。最初はブカブカでも、それが今ではピッタリだもの」
ライダーはそう言うと、少し悲しそうな顔をしました。(顔がどこかって、考えこまないでくださいね。)
「わっ!」
そのとき急に引き出しがあいて、時計がどこかへつかみ出されて行きました。
「さっそくはいていただくのでしょうか?」
上の時計がいなくなり、帽子が顔を見せました。(顔というか顔ではなくて……。)
「いいや。ママがいちど洗濯をして、それからだもの。それにあの手は、ママじゃない」
「ええっ」
しばらくたって、時計がよれよれにたたまれてもどってきました。
「サイズが違ってる。ぼくらはきっと小さすぎるんだ。あと少しでやぶれるかと思ったよ」
時計が、戸惑うようすで言いました。
「君をはいたのは、トモ君のお兄ちゃんだよ。弟の買い物がうらやましくて、だからはいてみたかったんだ」
ライダーのことばに、時計も帽子もグラサンも「はあ」と、うなずきました。
「じゃあ、トモ君が次にはくのは、ライダーってこと?」
グラサンが、いちばん下でもごもご尋ねます。
「いいや。わしは、ゴムが少しのびてしまってな。今はここで、留守番をしているよ。おもらしした時なんかの、着がえ用としてな」
ライダーは、また悲しそうな顔になりました。(たたんだシワが、そう見えます。)
「だけど思い出すなあ。トモ君が紙おむつをとって、初めてはいたパンツが、わしでな」
ライダーの悲しい顔は、むかしをなつかしむやさしい顔に変わりました。(シワです。)
「最初は、うまくトイレに行けなくてな。家では失敗しても、すぐ洗濯してもらえるから良いが。いつか遊園地へ行ったときなど、ウンチといっしょにビニール袋に入れられて、家に着くまで、そりゃあ臭いしたいへんだった」
「ええっ」という顔を3枚がすると、それを横目で見ながらライダーが話を続けます。
「でも今はだいじょうぶ! トモ君もじょうずになって、おかげでわしの出番も無くなった。だから君たちには、感謝してもらわないと」
「のり物シリーズのみなさんのおかげですね」
「トモ君もママも、わしらのことを〈おにいさんパンツ〉とよぶんだ」
「おにいさんパンツ」
「紙おむつが卒業できて、赤ちゃんからお兄さんのなかま入りをした証拠だから。その最初の手助けを果たしたのが、わしらってことだ」
3枚は話を聞きながら、色あせた真っ赤なバイクを、まぶしそうにながめました。
引き出しの中ですごす間、ライダーの他にヨットや宇宙ロケットとも会うことができました。
2枚はとてもいそがしそうで、ライダー以上によれよれに見えたけれど、トモ君の事などをかわりばんこに教えてくれました。
そして、ついにおしゃれシリーズの3枚は、そろって引き出しを出て、ママに洗濯をしてもらったのです。
よい香りの泡の中で、さっぱりしたら、ぽかぽかの日の下、うたた寝をしながら乾きました。
そのとちゅう、ヨットをはいたトモ君が、お兄ちゃんと庭に出て、近くで遊ぶ姿も見られたのです。
3枚は、なんだか楽しくなって、今日あった出来事を、早くライダーにおしえたいと思いました。
夕方になって、バスタオルにのせられた宇宙ロケットと別れ、引き出しにもどると、なんと、どこにもライダーの姿がありません。
いつかこの日が来ることを、しかし、3枚とライダーも覚悟していました。
「さあ次は、ぼくらの番だ。ライダーの分もがんばろうぜ!」
時計が、せいいっぱい大きな声で言うと、その下でたたまれた帽子とグラサンが「わかっているさ」と、静かにうなずきました。
(おわり)