「冷たい唇に愛を」
お題【エアコンの聞いた部屋】のワンドロで書いた作品です。
いつもと同じソファに、君はいた。
まるで、眠っているかのようだった。
肩口から腕へと流れる黒髪は、夜空のように黒い。肌は病的なまでに白く、柔らかく閉じられた睫毛には、静かに霜が降りていた。扉を開け、彼女に近付く。
君は、眠ったように動かない。
本当に、ただ眠っているかのように錯覚しそうになる。肌も爪も、毛先に至るまでもが変わらずみずみずしく、かすかに開いた口からは、吐息が感じられるようにも思えた。ふとしたきっかけで、今にも目を覚ましてしまいそうだ。
……どれくらい時間が経っただろうか。不意に気になって、後ろを振り返る。
部屋の扉が、開いたままだった。
どくん、と心臓が跳ねた。手に持っていたレジ袋を投げ捨て、急いで扉を閉めたあとで、ああ、と呟く。また、忘れていた。また、彼女の姿に見惚れてしまっていた。
ここは、時すらも凍る氷の世界。外界から隔絶された、二人だけの聖域。
ゆえに。
室温を上げてはならない。外界と繋げてはならない。時計の針は、凍らせたままにしなければならない。それが、この世界では絶対だった。
愚かな行為をした自己を戒めるために、この世界でのルールを脳内で強く繰り返す。次こそは忘れないように。しっかりと。そして、息を大きく吐き出した後で、もう動かない彼女のほうに向き直る。
いつもと同じソファに、君はいた。
まるで、眠っているかのようだった。
もう一度。
冷たくなった君に、口づけを。
お題【エアコンの効いた部屋】
なお、執筆中のイメージは冷凍庫でした。