【第八話】災いとライバル
とある平日の昼下がり。
昼食を終え、一二三やその他の友人数人と、他愛もない話をしていると、急に教室の古びた引き戸が「ガタガタ」と耳障りな音を立てながら、勢いよく・・・という訳ではないが、それなりの力を込めた手で開けられた。
「失礼する」
と、四人の男子がずかずかと教室に入り込み、カグヤの席の辺りにできた、机の島に向かう。
「ちょっと、いきなり女子の席取り囲んで・・・アンタら何者?」
カグヤ含め数人を取り囲む四人の男子の尋常ならざる雰囲気に、雅子が多少強めの口調で問う。
「いや、僕はただ単にこの三人に連れてこられただけで・・・」と、子犬を思わせる小柄な少年。
堂々としている他の三人に比べ、申し訳なさそうな表情を終始浮かべている。
「ちょっと、そこに居る安形君に用がありまして・・・まあ、僕もこの二人に無理やり連れてこられたんですが」眼鏡をかけた物腰の柔らかい、見るからに優しそうな少年がカグヤの名前を出す。
立っているだけで、その端々から知性が滲み出ている・・・俗に言うインテリとか言うやつだ。
「何言ってんだ、お前だって気になるって言ってたじゃないか」野性味溢れる色黒の少年が物腰の柔らかい少年に突っかかる。
そういえば、宮彦は放課後グラウンドで何かの運動に興じる彼を見た覚えがあった。
「まあまあ、そう言うなって・・・あとは、その娘の彼氏なんだが・・・」四人の中でもリーダー格と思しき少年が、二人の間に割って入る。
と、その時、厄介事の空気を感じ、コッソリ教室を出て行こうとしていた宮彦の姿が、彼の目に映る。
あ、ヤバい・・・と感じた時には時すで遅し。
「君が讃岐君か・・・初めまして、磯野守人だ。よろしく」
「がっし」と力強く握られた手に、宮彦は「ど、どうも・・・」と返すしか無かった。
「さて・・・」
と、磯野と名乗った少年が切り出す。
「まずは軽く自己紹介と行こうか」
丸く円のように並べられた机には、守人を含めた少年四人と、安形美千代ことカグヤと、宮彦・・・そして、何故か一二三がそれぞれ座っていた。
まずはじめに自己紹介を始めたのは、磯野だった。
「さっき讃岐君には言ったが、俺は磯野守人、よろしく」
その次は時計回りに、子犬みたいな少年。
「えと・・・島・・・治律です・・・よ、よろしくお願いします」
さらに、メガネのインテリが、恭しくお辞儀をする。
「大友三之です。まあ、他人からはよく『女みたいな名前』って言われますが、よろしくお願いします」
そして、色黒の彼が、名乗りを上げた。
「阿部藤二康・・・まあ、よろしく頼むぜ」
そして一二三、カグヤ、宮彦の順で自己紹介が一通り終わると、磯野が宮彦の方へと身を乗り出してくる。
「率直に言うが、僕たち四人は君の彼女の安形君を、狙っている・・・まあ、極端な表現だがね」
その言葉に、教室内が湧きたつ。
待て、ちょっと待て。
宮彦としてはまず彼らに「カグヤの彼女」と思われている点が既に想定の範囲外である。
あの転入初日の一件から、そのような噂が立ったのだろう。
くそぅ、噂流した奴、見つけたらそいつの椅子にビッシリと隙間なく画鋲張り付けてやる・・・
「で、正面切ってアンタらに会いに来たんだが・・・」
阿部が続けてそう言い、宮彦の顔をジッと凝視する。
「・・・まあ、素材は悪くねぇ・・・磨けば二年の中でも十指、いや、五指に入るかもしれねぇ・・・が、こりゃまだ俺たちに分があるな・・・って思ったわけよ」
そこで、宮彦は「ハァ!?」という表情になる。
確かに四人の内の阿部を除いた残り三人。
こちらはまだ分かる。
島などは女性からすれば、いや、男性から見ても思わず撫でたくなるぐらい母性本能がくすぐられる容姿をしているし、大友は立っているだけで知性のオーラに充ち溢れ、また、少し会話を聞いただけだが、非常にとっつきやすい性格もしている。
磯野も、ここから見ただけでも十二分に整った顔立ちをしており、何の変哲もない夏の制服であるワイシャツを、まるで広告のモデルのように見事に着こなしている。
この三人、確かにアイドルグループに居ても何らおかしくはない。
だがしかし阿部はと言うと、伸びきってフケの湧いた髪の毛、伸ばすにしても手入れもせず放置しぱなっしの不精髭、毎日運動をしているにも関わらず、大きく洋ナシのように飛び出た腹に胴長短足。
発汗量が多いせいか、不自然な場所に異様な量の汗の染みついたシャツを着る彼からは、カッコ良さどころか清潔感の欠片も感じる事が出来ない。
これならば、顔はまあ良いものの、やたら喋るために三枚目になっている一二三の方が数十倍マシといったところである。
「アンタ・・・ホントに自分がカッコイイって思ってる・・・?」
宮彦は恐る恐る聞く。
「フン、当たり前に決まってるだろ・・・少なくとも俺たち四人の中では、一番のイケメンだと思ってるぜ」
教室内の全員が、「それはない」と首を振る。
「コホン・・・本題に戻らせていただくが・・・」
磯野がもう一度話を立て直す。
「安形さん・・・君は我々の内の誰かと・・・付き合うつもりはないかな?」
その問いに、カグヤははっきりと答えた。
「お断りします・・・私には、既に心に決めた方がいらっしゃいます」
「おぉぉぉぉ〜!」と教室内のギャラリーが沸く。
待て、落ち付けお前ら、だから俺はコイツの彼女じゃ・・・
そう言おうとするが、ギャラリーは興奮しきって、既に手がつけられない。
「心に決めたお方だって・・・キャー!」「幸せ者だな、讃岐ぃ!」と男子。
「一度でいいからあのセリフ・・・言ってみたいわぁ・・・」「ロマンチックよね〜・・・」と、女子。
「・・・ですが」
と、周りの騒音を貫くかのようにカグヤの凛とした声が響き、ギャラリーのざわめきが収まる。
「もし、そこに居る彼・・・宮彦君より私を貴方がたが想ってくれているかという事を証明してくだされば、そのお方を私は選びましょう」
「本当・・・なのかい?」
「ええ、神に誓って・・・」
磯野含め、四人は少し驚いたような顔になる。
宮彦にとっては「誰でもいいから早くコイツを持って行ってくれ」というのが本音であったが。
「ですが、証明すると言ってもどうやって・・・?」
大友が素直な疑問を口にすると、カグヤはそれに答える。
「それぞれ一人一人に私が『難題』を出します。それを達成する事が出来れば、貴方がたの想いを認めてあげましょう」
「なあなあ、それって俺も参加して・・・いいの?」
と、一二三。
「構いませんよ」
とカグヤ。
一二三はその答えに、「オッシャァー!」と大きくガッツポーズをする。
おいおい、まだお前は難題を達成してないだろ、と宮彦は心中でツッコむ。
まあ、今回は高見の見物を決め込むか・・・と宮彦が思ったその時。
「そして、その難題は宮彦君にも解いて頂きます」
!?
「よろしいですね、宮彦君」
そう言ったカグヤの天使の微笑みが、宮彦には明王が咎人を前に不気味に微笑むかのように見えた。