【第七話】災いは人気者
「う〜あ〜・・・ゲボラッ!」
「何が『う〜あ〜』だ・・・」
登校してきた一二三に肘鉄を喰らいながら、宮彦は一時間目の授業開始前早々、机と同化減少を引き起こしていた。
あの転入試験の日、カグヤと共に帰宅する場面をクラスメイトに目撃された宮彦は、しばらくの間質問攻めにあっていた。
そしてついに一週間が過ぎ、昨日、カグヤ当てに来た合否通知書その内容は・・・
「受かってたんだよな〜・・・」
「いや、何が?」
そう、見事に受かっていた。
まあ、クラスまで一緒になるとは限らないが・・・
「ああ、そうそう、受かったと言えば、例の転入生・・・まあ、お前は知ってるかも知れないが、無事受かったってよ」
「へ〜・・・」
一応、彼らの間では、カグヤは宮彦の遠い親戚に当たる・・・という事で決着がついていた。
「で、聞いた話だとウチのクラスに来るって・・・」
うあ・・・
最悪だ。
これ以上ないぐらい最悪だ。
家のみならず学校でもあのワガママ(元)お姫様に振り回される運命にあるのか・・・
このままじゃいつか胃に穴が空きかねないと宮彦は心中で愚痴りながら、ふと隣の席を見る。
授業時間数分前だというのに、未だに空の席。
数日前までは、この席にもキチンと主が居た。
そう、数日前までは・・・
「友里さん、東京に引っ越したって?」
「そう、親父さんの仕事の関係とかでな」
宮彦は、数日前までその席の主であった女子の名前を出す。
主を失った机が次に主を得るとすれば、当然カグヤだ。
担任教諭にも当然カグヤと宮彦の関係はある程度伝わっているだろうし、顔見知りに近い方がやりやすいと思うだろう。
どうやら、自分はあのワガママ娘の面倒を、しばらく見ねばならないようだ。
「おーい、席着けー」
ざわついていた教室の空気を、担任の良く響く声が貫く。
その後ろから、カグヤが続いて教室に入ってくるのも見えた。
「安形美千代と申します。皆様、どうかお見しり置きを・・・」
そう言いながら優雅に、かつ恭しく一礼する少女。
「おぉぉぉぉぉ」と興奮しながらざわめく男子。
それに対し、非常に冷静に、しかし、確かに新たな人物の参入に、期待膨らませている女子。
その両者のあらゆる視線の対象になっている少女の腰まで届く長い黒髪は、間違いなくカグヤのそれだ。
が・・・しかし。
何か・・・何かが違う・・・
普段の高飛車な態度はナリを潜め、あのおかしな古臭い口調も全く見られない。
一体何があったのだろうか・・・
宮彦がそんな事を案じていると、担任教諭が「じゃあ、讃岐の隣の席に行ってくれ」とカグヤに命じ、カグヤも「はい」と応諾する。
そうして宮彦の隣の席にやたらと気品を感じさせる動作で座ると、「よろしくお願いしますね、宮彦さん」と笑顔で挨拶してくる。
宮彦は「お、おう・・・」と、曖昧な返事を返すと、「ホントに一体何があったんだ!?」と心の中で叫ぶ他なかった。
昼休み。
休み時間ではとてもではないが時間が足らないため、ずっと我慢の子を続けてきたクラスメイトが、一斉にカグヤの元に押し寄せてくる。
「ねぇねぇ、安形さんって、讃岐君と同じ家に住んでるって本当?」
と、クラスの女子。
「ええ、本当ですわ」
と、カグヤ―――否、安形美千代。
「じゃあ、さ・・・讃岐とはどんな関係なんだ?」
と、一人の男子。
「それは・・・もう・・・」
待てぇい!
何故そこで頬を赤らめる!?
そう叫びたい衝動に駆られる宮彦。
「くぅ〜・・・惚れたあの子は他人の女・・・ってか・・・チクショォー!!」
「かぁ〜・・・羨ましいぜ宮彦ォ〜・・・」
そう言いながら、涙と宮彦への敵意の視線を垂れ流す男子勢。
「ま、待て、落ち付け落ち付け・・・」
その隙にも、女子の質問攻めは続く。
「ねえ、好きな食べ物は?」「讃岐君のどこが気に入ったの?」「前の学校ってどんなとこ?」「A・B・Cで言えばどこまで行った?」
「ああ、ズルいぞ!」と、男子一同。
「好みのタイプってどんなの?」「やっぱ讃岐みたいなのか?」「なあなあ、こんなのよりも俺と・・・」
ああ、もう・・・何で学生って言うやつは色恋沙汰をこうも好むのだろうか。
何か不条理なものを感じつつ、宮彦は、これ以上カグヤが余計な事を言わないよう、彼らから引き離すことにした。
「カグ・・・じゃなかった、安形さん、校内を案内してあげるよ」
人を掻き分けてカグヤの手を取ると、無理やり生徒の群れから引きずり出した。
「汚ねぇぞー!」「そうやって安形さんを独り占めかコノヤロー」
後ろから聞こえてくる罵声は、あえて無視する事とした。
数分後、二人は校舎の屋上に居た。
「ここなら追いかけては来ないだろうな・・・さて・・・」
と、宮彦は安形美千代と名乗る少女の方を振り向く。
「なんだよありゃ、何であんなお嬢様みたいになってんの? それに安形美千代って誰?」
「フム・・・このままでは色々と弊害が発生しかねんからの・・・それにまさか本名を名乗るわけにはいくまい、安形とはこちらで世話になった者の名じゃ」
少し慣れていない口調に幾許か気を使っていたらしく、フッ・・・と表情を幾分か緩ませると、いつもの口調・態度のカグヤに戻る。
やはり、別人と言う訳ではなかったらしい。
ただ単に猫をかぶっていた・・・ということか。
「大体、何で俺とアンタが付き合ってる事になってんだよ?」
「妾は一言もそんな事は言っておらん・・・あの者たちが勝手に勘違いを起こしただけじゃ」
確かに、カグヤは一言も「付き合っている」などとは口にしていない。
しかし、先の態度は誤解を招くには十分すぎるほどの威力を持っていた。
「もっと言い方ってもんがあるだろ・・・まあ、アンタの事だからわざとだろうがな」
「まあ、な」
と、悪戯っぽく微笑むカグヤ。
本人にとっては軽い冗談のつもりなのだろうが、宮彦としてはたまったものではない。
しばらく、教室でもあの針のような視線で刺され続けることになるのだ。
「はあ・・・」と、これから起こり得るであろう労苦を思い浮かべながら溜息をつくと、カグヤに二つ、ビニールの包みを手渡す。
「これは・・・なんじゃ? 細長いパンのようじゃが・・・」
「昼飯だよ、昼飯。まさかあそこで食べるわけにもいかないだろ?」
あの混沌とした教室という名の戦場で、カグヤが昼食を食べるのは至難の業だろう。
入った瞬間、男子、女子両軍に昼休み終了まで取り囲まれ、ジ・エンドだ。
「確かにな・・・では、頂くとするかの」
カグヤはそう言うと、段差に腰掛けながら透明なビニールの包みを破って、中のパンを半分包みに隠したまま頬張る。
その横に宮彦も座り、同じようにパンを頬張る。
「たまには、このようなところで食べるのもいいものじゃな」
カグヤが呟くと、宮彦も「ああ」と呟く。
青い大空を見上げると、彼らの頭上をまっ白な雲が緩やかに流れて行った。