幕間、その一
「ん・・・うん・・・」
結局の所。
「・・・寝付けないな」
カグヤは宮彦の家で引き取るという事で全ての決着がついた。
「昨日は疲れていて特に気にも止めなかったんだけど・・・」
いくら他に部屋の無い小狭い一戸建てとはいえ、やはり、年頃の少女と同じ部屋に寝泊まりするというのは、精神健康上良くない。
窓から差し込む月明かりに照らされるカグヤの寝顔を盗み見ながら、宮彦はそう思うのだ。
あんな事があった後では、なおさらである。
「あんだけニアミスしといて・・・よくその相手と同じ部屋でこれだけスースー寝れるな・・・コイツは」
いや、若しくは自分が意識しすぎているのか・・・
再び天井に視線を移すと、宮彦は今日の出来事を思い返す
カグヤが月から来たと聞いた時の、父の顔は無かった。
長年務めた会社が倒産したと聞こうが、地震が起きて未だにローンを払い続けているマイホームが倒壊しようが、あのように口をあんぐり開き、目の飛び出した父の顔は、見る事が出来まい。
もともとそういった物を真っ向から否定していた父だ。狼狽するのも分かる。
母は、そんなに慌てもしなかった。
ただ、「まあ」とニコニコしながら一言。
こないだ宮彦が扇風機をけつまづいて壊したときにも、全く同じ反応をしていた。
つまり、母にとって扇風機が壊れるのと月に人間が住んでいるのは、全くの同レベルの事象らしい。
まあ、それらは予想範囲内だ。
最も宮彦にとって予想範囲外なのは・・・
「コイツが学校に通うってことだよな・・・」
そう言って、また隣のベッドで寝息をかく少女に視線を移す。
秋平の話によると、どちらにせよカグヤがここに住んでいることは遅かれ早かれ露見するだろうが、学校にも行っていないと必要以上に怪しまれる。とのことである。
高校は自由意思で通うのだから別にかまわないと思うのだが、何よりカグヤ本人の希望するところであり、その意思をはねのける権利はこちら側にはない・・・はずなのだが、カグヤが罪人であるこの場合、その辺りはどうなるのだろう、と宮彦は思うのである。
そして、カグヤは通える事なら宮彦と同じ学校に通いたいそうだ。
確かに、見ず知らずの土地に放りだされたのだから、一人でも身近に知っている人間が多い方が心強いというものだ。
秋平の言うところでは、月曜日にでも転入試験を行うそうだ。
ずいぶんと急だと思ったが、これも「暇は少しでも少ない方が良い」というカグヤの意思らしい。
まあ、確かに学校とは良いところだ。
勉強には辟易することも多いが、学校とは勉学の場でもあれば、月並みではあるが友人を作るための場でもある。
これまでロクな友人の居なかったカグヤには、良い刺激になるかもしれない。
そう、友人と言えば・・・
「アイツの言っていた・・・『唯一の友人』・・・か」
その後に言っていた「あの約束」とやらも気になる。
カグヤがその単語を口にしたとき、宮彦の脳裏で何かが「カチリ」と音を立てて動いたのだ。
気のせいではない。これだけは確証を持って言える。
この違和感・・・いや、不快感とでも言うのだろうか。
これは一体何なのだろうか。
考えれば考えるほど、訳が分からなくなる。
不可思議な気持ちを無理矢理抑え込むため、宮彦は布団を頭で被って、眠りに着くことにした。
明日、間仕切り買おう・・・
急速に眠りに落ちていく意識の中、宮彦はそう心の中で誓うのだった・・・