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【第四話】災いの語る事

「さて・・・どこから話したらいいものかな」

 宮彦から差し出された注ぎたての緑茶を「ありがとう」と受け取りながら、宮彦の目の前のソファに、秋平は腰を降ろす。

 背の低いテーブルを挟んで、その丁度反対側にあたるソファに宮彦が腰を降ろすと、カグヤもその隣に、先の二人にならって腰を降ろす。

「おじさんが、なぜ月の都について知っているかです」

 月の都、というか、月に人が住んでいることは、地球に住む人々は知らないはずだ。

「それについては、わらわから話すとしよう」

 と、横からカグヤが割って入る。

「元々、古くの昔から月と地球との間には人や技術の交流があった。そなたが先に申しておった竹取物語などは、古くから地球に月の使節などが訪問していた事を示しておる」

「うん? 竹取物語に出てくるかぐや姫って、アンタと同じように罪を犯して地球に送られたんじゃないのか?」

 宮彦がその場で浮かんだ疑問を口にする。

 確かに、竹取物語のなかでは、かぐや姫はカグヤと同じく、罪人として地球に送られたと記してある。

「史実はそれとは異なる。当時、月の都では無能な指導者による度重なる失策により内政不安定が発生、月の重要人物でもあったかぐや姫は、月の中での混乱を避けるために使節団に参加するという名目で地球へと逃亡・・・また、その数年後に混乱の終結とともに多くの罪人が送られたため―――まあ、地球側としてはたまったものではなかったらしいがの―――、かぐや姫の来訪とそれをあの物語の中では混同してしまったのじゃろうな」

 カグヤが一気に話し終えると、宮彦はおっかなびっくりした顔でうなずく。

「な、なるほど・・・よくそんなスラスラ出てくるな」

「月の都では一般常識というやつじゃ」

 そうは言うものの、少し得意げな様子のカグヤの話を引き継ぐ形で、秋平も話し始める。

「そして、今現在も月と地球のつながりは薄くはなっても絶えることは無く、交流を続けるためには、地球の側にも最低限月の都の事を知る人間が必要となった・・・ということだよ。まあ、私などはその中でも末端にすぎんがね」

 最後は半ば自嘲的な口調で呟くと、「所詮一介の市役所職員だからね」と苦笑しながら付け足す。

「えと、それでなんですが・・・」

 宮彦はまた新しい話題を切り出すために、言葉を発する。

「ん? 何かな?」

「いえ、どちらかと言うとこちらの方が本題なんですけど・・・おじさんの口から、ウチの両親の方にカグヤの事、説明して頂けませんか・・・?」

 息子の口から伝えるより、増してや、昨日転がり込んできた住所不定無職の家出少女の口から伝えるより、目の前の叔父の口から伝えた方が、父も母も信用しやすいだろう。

「ああ、そうそう、そのことだよ・・・いや〜、最近老けたかな、妙に物覚えが悪くてね〜・・・そのために来たという事をすっかり忘れていたよ」

 秋平は先ほどの自嘲的な口調とは打って変わったおどけた口調で話す。

 宮彦が切り出したとき一瞬キョトンとした顔をしていた辺りから、本当に忘れかけていたのだろう。

「それについては勿論協力を惜しまないつもりだよ。ただ・・・」

 ただ・・・?

「・・・何ですか?」

「いやね・・・このことを知るという事は、同時に月の都や彼女に関する守秘義務も生じてしまう。兄さんや義姉ねえさんに関しては問題ないと思うが、君の方は・・・」

 問題ない? あの母が?

 宮彦は一瞬そんな事を口走りそうだったが、すんでのところで押しとどめた。

 生真面目な父はともかく、問題はなんたっておしゃべり好きのあの母だ。

 とてもではないが秘密といったものを守れそうな人間ではない。

 言うなれば、彼女ほど「守秘義務」という言葉と縁が無い人間はない。

 宮彦の祖母にきつく口止めされていた亡くなった祖父の生前の秘密だって、通夜つやの席で大声で喋ってしまったのだ(宮彦は通夜に出席しなかったためその内容を知らないのだが)。

 不安そうにする宮彦を察してか、秋平は自らの義姉のフォローを始める。

「大丈夫だよ。ああ見えて義姉さんはしっかりしてるし、やるときにはやる人だ。喋るべき事と喋るべきでない事の区別ぐらいは付いているさ」

 通夜の席で故人の秘密を大声で周りに知らせることが、喋るべき事と喋るべきでない事の区別ついている大人のすることだろうか・・・?

「それよりも宮彦君、君は大丈夫かね? 彼女や、月の都に関する事を、口外しないと誓えるね?」

「大丈夫ですよ。念を押すなら母にもっと念を押しといて下さい」

 宮彦のまぎれもない本心だった。

 あそこまで秘密を守れない母よりも秘密を守るというその事において、信用性を疑われる日がこようとは・・・宮彦はこの日まで思いもよらなかった。

「ふむ、それならば良い。疑って悪かったね」

「いえ、構いませんよ」

「少しヘコみましたが」と心の中で宮彦が付け足すと同時に、秋平は「よっこらせ」と立ち上がる。

「じゃあ、また夜遅く・・・十二時くらいにお邪魔するよ」

「え、もう帰るんですか? それに夜遅くって・・・」

 いきなり帰ると言い出した秋平にも驚くが、夜遅くとは?

 また来るなら、別に父と母の帰ってきているであろう七時ぐらいでいいものを・・・

「あれ、聞いていないのかい? 兄さんは今日大事な会議があるとかで遅くなってしまうってこないだ飲んだ時に愚痴ってたし、義姉さんも今日は夜遅くまで帰らないから昼食と夕食を差し入れてくれって・・・」

 そう言うと、持っていた大きな方の鞄の中から「コイツも忘れるとこだった」と言いながら、白い鍋を取りだす。

「久しぶりに宮彦君に料理を作ると聞いたら、豊子とよこも張り切りすぎてね。ここ数日は余りすぎたシチューが晩飯ばんめしになりそうだよ」

 豊子というのは、秋平の妻・・・つまり、宮彦の叔母にあたる。

「じゃあ、私も仕事があるし、帰らせてもらうよ。じゃ、またね・・・おっと、もうこんな時間か!」

「あ、ちょっと!?」

 シチューの入った鍋を宮彦に手渡すと、秋平は足早に玄関から出ていこうとする。

「兄さんによろしくなー」

 そう言い残すと、秋平は玄関のドアの向こうに姿を消す。

「ちょ・・・ちょっとぉ・・・」

 後には、シチュー鍋を抱えた宮彦。

「ふむ、という事は夜遅くまで妾とそなた二人っきり・・・ということか」

 と言いながら、カグヤは「フフ・・・」と、どこか妖しいモノを含んだ笑みを宮彦に投げかけてくる。

 俺は、果たして夜まで無事に居られるだろうか・・・

 宮彦は、心の中で祈るしかなかった。

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