【第三話】災いの付き人
「う・・・嘘だろ・・・」
「うう、本当じゃ・・・」
脱力し俯く少年に、半べそをかいている和服姿の少女。
第三者の目に、この光景はどのように映るであろうか。
痴情のもつれ?
醜く歪んだ男女関係?
どちらも似たようなモノと言うことなかれ・・・否、ずばり否である。
少年の方はいたって普通の高校生。
が、少女の方は何と月から来たというのだ。
まともな頭をしている人間ならまずこんな話は信じられまい。
少年、讃岐宮彦も、最初はそんな話は信じはしなかった。
しかし、どうやら目の前のカグヤとか名乗る少女の話は本当らしい。
高々数十分話しただけでこんな事を思うのもおこがましいが、彼女自身の立ち振る舞いに至っても、元姫と言うだけあって気品やそれらしきものは感じさせるものの、演技臭さや、いわゆる嘘の香りといったものは全く無い。
とりあえず、半べそをかくカグヤをなだめるために、話題を切り換えることにする。
「ま、まあ、親父の言う数日間までならウチでも面倒見てやれるし、な?」
「す・・・数日間・・・? そ、それを過ぎたら・・・妾は追い出されるのか?
この家から!?」
やたら怯えたような口調で、カグヤは急に突っかかってくる。
眼にはもはや決壊寸前といわんばかりの涙が湛えられ、今にも泣き出しそうである。
「妾には・・・妾には最早そなたらしか頼れるところがないのじゃ・・・妾はここを追い出されたら・・・いったいどうすれば良いのじゃ・・・」
一つ一つ零れ落とすように言葉を紡ぐと、そのままカグヤは泣き崩れてしまう。
うあ、マズい・・・
宮彦は心中で漏らす。
こんな所、母親に見られたら勘当ものである。
「ま、まあ、落ち付けって・・・まあ、何だ・・・人一人養う為だからな・・・それなりに先立つモノも必要なわけで・・・」
そう、とりあえず当面の問題は金銭面の問題である。
まさか月から落ちてきた等と本当の事も言えず、宮彦の母により家出少女ということに勝手にされてしまっているのも非常に問題ありだが、宮彦の父は一介のサラリーマン、母は専業主婦、高校に通う宮彦と自分たち家族が食べていくだけで精一杯である。
もう一人、それも終身まで養うなど、とてもではないが不可能だ。
「先立つモノ、じゃと・・・なんだ、金か・・・金があれば良いのか」
先ほどとは打って変わった様子で立ち上がると、カグヤは鼻歌交じりでベッドの方向へと向かう。
そこには、カグヤが持参した手荷物が置いてあった。
「これじゃこれじゃ、これがあれば妾はここから追い出されずにすむのじゃろう?」
数個の手荷物の一つから、カグヤがようやく抱えられるほどの大きさの鞄を持ってくると宮彦にそれを渡す。
「開けてみよ」というカグヤの言葉に従い、なぜこの鞄の中身が事態の解決につながるのかという疑問を抱きつつも、宮彦は鞄を開ける。
するとそこには・・・
「これ・・・何?」
引きつった顔で問う宮彦に、カグヤは満面の笑みで返す。
「ん? 見て分からぬか? 金じゃ、金」
小さな子どもに初めての単語を教えるようかのように、カグヤは宮彦に言う。
鞄の中には、黄金がぎっしりと、かつその価値に比べやたら乱雑に詰め込まれていた。
「いや・・・そうじゃなくて・・・なんでこんなモノ罪人のアンタが持ってんの?」
「ふむ・・・いきなり何も持たず押しかけて「養え」というのも無理な話じゃ。そこで、月の政府は持参金を持たせることにしたのじゃ」
「持参金・・・それでアンタを養えと?」
「そうじゃ。金もなしに人を養うのには無理があるからの。さて、これで一挙に問題解決。腹も減ったし、朝餉に参るぞ」
「あ・・・ちょ、待・・・」
いきなり元気を取り戻したカグヤは、宮彦の制止も聞かず、階下へと姿を消した。
「話の続きなんだが・・・」
「うん・・・?」
茶碗によそった白米を箸で啄みながら、カグヤは「面倒臭いの」と愚痴りながら、宮彦の問いに答えるために一度箸を置く。
土曜の十時、食卓には、宮彦とカグヤの二人だけ。
宮彦の父は朝早くには出勤しており、母も今日は用事があるとかで七時頃から居ない。
「いや、だからな。なぜ罪人のアンタが金なんてものをもってるかについてだが」
「はあ・・・だからそれは先にも申した通りじゃの、何も持たずにいきなり・・・」
「いや、そうじゃなくてだな・・・」
カグヤの本日二度目の説明を、宮彦は遮る。
「これがあればウチじゃなくても引き取ってもらえるんじゃないのか?」
先ほどカグヤは「頼るところが宮彦らしかない」と言った。
しかし、これほどの量の金塊を持参していけば、少女一人ぐらいどこでも養えると思うのだが・・・
「それは無理じゃ」
きっぱりとカグヤ。
「え・・・なんでだよ」
率直な疑問を宮彦もぶつける。
「それはじゃの、基本的に我らは最初に拾ってもらった者の世話にならねばならないのじゃ。それが唯一にして絶対のルールでの、それができないものは金も没収・・・何にも頼らず一人で生きていけ・・・という事になる」
「うん? ちょっと待て・・・ルール云々《うんぬん》以前にどうやってそれを確認するんだ? それに金塊は誰が没収するんだ?」
先ほどカグヤは確かに“没収”と言ったが、カグヤ以外にあのカプセルから出てきた者は居ない。
また、カグヤを拾った人物の家にカグヤが住みついているか、どのように確認するのであろう。
「ふむ、本来ならば監視役がお主の家に引き取られるまでは同行し、その後定期的に給付金と共に抜き打ちで預けられた家を訪問する・・・ハズじゃったのじゃ」
「ハズだった」・・・?
どういうことだろう。
何か不測の事態でも起きたのだろうか?
「じゃあ、さ・・・なんでその監視役とやらは居ないんだ?」
「ん? ああ、監視役のカプセルの突入角が小隕石の飛来で狂っての。本来なら監視役のカプセルの中に積んである金を使うのじゃが、不測の事態のために別に用意してあった金を使う羽目となった」
「・・・で、その監視役は・・・?」
「さあ、の・・・地球の南米辺りの方向にカプセルが突入していくところまでは見たのじゃが・・・」
哀れ、監視役。
南米辺りに不時着して、わざわざ地球まで来たのに、目的地からはるか離れた場所で苦労を被っているであろう監視役に、宮彦はしばし黙祷を捧げる。
「まあ、コイツがある限りこちらの位置は把握しておるじゃろうし、すぐに代理の者がくるであろうの」
そう言うと、カグヤは右腕を重たげに持ち上げ、その手首に付けられた鈍色の腕輪を示す。
「この中には発信機が埋め込んであっての。妾の位置は月の連中には筒抜け・・・というわけじゃ」
「ふーん・・・」
「なるほど」と宮彦はひとしきり彼の知らなかった事の顛末を理解すると、もう一つの問題があることに気づいた。
「あ、それでだな・・・金があっても家出人としてウチで扱われている限りは、親父から数日中に追い出されるか、警察に家出人として引き渡されるのがオチなんだが・・・」
未だ宮彦の父と母のカグヤに対する認識は「名無しの家出少女」である。
このままでは、それこそ宮彦の言った通りになりかねない。
また泣き出しやしないだろうか、と宮彦は気を揉んでいたが、カグヤはそんな宮彦の様子とは対照的に、ずいぶんとはっきりと、当たり前のことだと言わんばかりに答えた。
「そんなの簡単じゃ」
「はい?」
簡単? これが? 父にも母にも事実の真相を話せない、この状態でか?
なんと彼女の事を弁明するのだろうか?
親の居ない子ども? 金だけ取られて施設に連れて行かれるのがオチだ。
不法入国した外国人? そもそも犯罪だ。大使館か警察に連れて行かれてお終いだろう。
それとも真実を正直に話す? 馬鹿を言え、信じてもらえるはずはない。俺はあのカプセルが落ちてくるのを見たが、親はそんなの見てない。論外だ。一番あり得ない。
ひとしきり考えたのち、パンク寸前の脳を痛めながら、宮彦はカグヤに尋ねた。
「なあ・・・その簡単な方法って何なんだ?」
「うん? そこまで考えても分からんのか・・・まあ、良い。特別じゃぞ?」
そのカグヤの高飛車な物言いにかすかな怒りを覚えつつも、宮彦は「こくり」と頷く。
「そなたの父と母に、真実を告げれば良い」
わーお。一番の穴馬がまさかの的中。
「・・・ってアホか!? どうやってアンタが月から落ちてきたって証明するんだよ! 俺はあのカプセルを見てるから良いが、親父たちにあんなの見せても信用してもらえるかどうか・・・」
「あんなの」とはカグヤの出したペン型映写機のことである。
「それは妾が説明するのではない」
?
妾・・・つまりカグヤは説明しない・・・という事は・・・
恐る恐る宮彦は自らを指さす、が、カグヤは首をふるふると横に振る。
「じゃあ・・・誰?」
「月の者じゃ。この腕輪の電波を受信して、妾と監視役の位置が離れていることに気づいたら、直に来るであろう」
「そ、そうか・・・」
安堵しかけた宮彦だが、ここでまたある疑問が湧く。
「なあ、月から地球までってどのくらいの時間がかかる?」
「うん? 急ぎの用事でなければ二、三日といったところだが・・・どうかしたのか?」
「それって、一々カプセルを地球に送り込んでたら、間に合わないことないか? あと数日でアンタはウチから追い出されるのに・・・」
カグヤの話が本当なら、今から月がカグヤの電波を受け取ってカプセルを射出しても、まさかカグヤがあと数日で追い出されるとも知らないので、監視役の乗ったカプセルの到着は二、三日後・・・という事になる。
「アンタが追い出されるまでに、監視役のカプセルはこっちに辿りつけるのか?」
「なんじゃ、斯様な事の心配をしておったのか・・・心配せんでも新しい監視役は一々月から来るわけではない」
月から・・・来ない?
どういうことか分からず悩む宮彦の思考を、チャイムの音が寸断する。
「あ、はい。今行きます」
玄関の方に駆けていく宮彦に、カグヤも続く。
のぞき穴を覗いた先には、宮彦のよく見知った顔があった。
「秋平おじさんじゃないですか。お久しぶりです」
ドアを開けると、宮彦は会釈をして、叔父を家に招き入れる。
「いやはや、大きくなったねぇ、宮彦君。あれは・・・確か中学の入学式に君のお父さんと一緒にお祝いに行って以来だったかな」
「その節は、どうも・・・」
宮彦の目の前に居る、割腹の良いスーツ姿の中年の男は、稲辺秋平。
宮彦の父の弟、つまり、宮彦の叔父にあたる。
昔は家が近い事もあってよく遊んだ貰っていたが、市役所勤めの秋平の仕事が忙しくなってくるのと、宮彦の学年が上がるごとに、会う機会はどんどん減って行った。
「ハハ、そう堅くならなくても良いんだよ、ここは君の家なんだから」
そう言いながら、髭をもっさりと蓄えた顔に、人懐っこい笑顔を浮かべる。
「なんじゃ、次の監視役はそなたか、秋平」
と、宮彦の後ろから、カグヤがひょこと顔を出す。
「おお、これはこれは、お久しゅうございます、姫」
「今は・・・姫ではない・・・」
主従のような挨拶をかわす二人に、宮彦は一人おいてけぼりをくらう。
「えと・・・二人は、知りあい?」
それと、なんか監視役とかいう単語が聞こえてきたが・・・
「知り合い・・・というかの・・・」
「君たち親子や、近しい友人にも秘密にしてきたが、数年前から、私は月の王家に仕えてきたんだよ」
ナンデスッテ?
身近な人の思わぬ告白に、宮彦は数瞬思考を停止させた。
なんだか二人称がおかしいので一話と二話を一部改正しました。