【第十八話】災いの災難
『そうか、御息災であらせられるか』
自らの監視対象の報告を終えた時。
モニター越しに映る精悍なその顔が、少しほころんだように見えたのは気のせいだろうか。
そんな疑問を抱きつつ、報告を続ける。
「はい、それどころか、地球の生活を楽しんでおられるようにも見えます」
実際、こちらに来てからの方が、あの方の笑顔を見る機会は多くなった。
『そうか、それは良かった・・・ところで』
と、モニターの向こうの初老の男は続ける。
『あの方は、私をやはり恨んでいるのか?』
「それは、私には分かりかねます」
上司の問いに、ゆっくりと首を振る。
いくら精度の良いカメラを使おうが、遠くから見ているだけでは、人の感情までは読み取れない。
そう、たとえ気の遠くなるほどの年月を費やした技術だとしても、人の心までは覗けないのだ。
『恨んでおらぬわけがないか』
初老の男は、ゆっくりと息を吐く。
『あの方の父上、先代王君スメラミ様を私は・・・」
「閣下」
重々しく吐き出したその言葉を、ピシャリと遮る。
「あれは致し方の無かった事なのです、閣下があの方を地球に送らなければあの方の命は今頃・・・」
『分かっておる・・・頭では、な」
そう言って吐き出された溜息は、四十万キロといった長い距離を感じさせないほどの生々しさと、悲壮をはらんでいた。
『・・・と、少し長話をし過ぎたな』
そう言うと、モニターの向こうの顔は、いつもの業務用の引き締まった表情になる。
『これまでは陰からの警護・監視に専念してもらっていたが、これまで何も動きがないところを見ると、彼らが目標を狙ってくる可能性は低いだろう』
「実際、ここまで何の襲撃もないという事は、目標を反対派も大した脅威とは見てはいない・・・ということですね」
それまでの気持ちを切り替えるために、男が「あの方」と言っていたのを「目標」と言い方を変えた事に多少の驚きを覚えつつも、それに従う事にする。
『そこでだ、君にはこれまで通り監視を行ってもらうが、陰からという事ではなく、通常監視という事になる』
「監視の頻度を下げる、と」
『そうだ、目標が家に居る際の監視は行う必要はない。しかし、目標が外出している際は、できるだけ監視を行ってほしい、監視しやすい立場につけるように根回しも既にしてある。教育係として活躍した君にも見合った立場に、な」
淡々と任務を告げる上司の顔からは、もはや一切の感情と言ったものは読み取れない。
『そして、目標が月に帰りたいかどうかの意思判断、そして、目標を預かっている者が相応しい者か、それも君に判断してもらいたい。任務は以上だ』
月に帰るかどうかの意思確認・・・という事は。
「目標の赦免もあり得る・・・ということですか?」
『君がそれを知る必要はない、任務にだけ集中すればいい』
「申し訳ありませんでした」
モニター越しからでも十分にこちらを威圧する威力を持つ眼力に、一瞬射竦められる。
『まあ、いい・・・任務は以上だ、成功を祈る』
「はっ」
小さく敬礼し、通信を切ろうとしたその時、男がおもむろに口を開く。
『あの方を―――姫様を頼むぞ』
通信を切る瞬間、男の瞳が物憂げな光を湛えていてたように見えたのは、気のせいだろうか。
「新任教師・・・ね」
体育館に集められた生徒の前でスピーチを行う若い教師を目にして、宮彦はそんな声を漏らした。
「ああ、それも二人ともウチのクラスに来るらしいぜ。担任と副担任どっちも辞職したってよ」
と、宮彦に前に座る友人の後藤が教えてくれた。
「じゃあ、担任の宮迫先生はどうしたんだ? あの人はもう結婚してるだろ?」
元担任の人懐っこい笑顔を思い出しながら、宮彦は尋ねる。
「さあ・・・なんでも家業を継ぐとかな。家は名家だとかで、江戸時代は庄屋だったんだと」
「へぇ〜・・・なるほどな」
しかし、夏休み開始直後、課外開始早々に新任教師と言うのは、少し不自然な気がする。
「まあ、気のせいだろうな」
「・・・何がだ?」
後藤の疑問に、「いや、こっちの話」とごまかしていると、いつの間にか、新任教師のスピーチはどちらも終わっていた。
どうやら、これでようやくこの暑い体育館から解放されるらしい。
溜息を吐くと、宮彦は半分しびれた腰を上げる。
「えー・・・そう言う訳で、私が新しく君たちの担任となりました、月野誠と申します」
そう言うと、新たな担任は黒板に自らの名前を書き、後ろで縛った長い黒髪を揺らして振り向く。
「こう見えても、前の学校じゃ『まこっちゃん』とか『まこまこ』とか呼ばれてましたので、こちらでもそう呼んでもらっても結構ですよ」
そう言って微笑む優男は、遠くから見ただけでも美男子と分かる容貌をしていた。
目鼻はスッと通っていてバランスも取れている上、顔は小さく、スラっとしたモデル体系をしている。
まあ、多少やせ過ぎとも言えないこともないが・・・
「じゃあ、次は岩笠先生、お願いしまーす」
そう言って下がると、メガネをかけたOL風の女性が壇上に上がる。
「岩笠加奈子です・・・よろしくお願いします」
それだけ言って、壇上から降りる。
「え・・・それだけ? なんだかノリ悪いなー、岩笠先生」
そう言った月野を、岩笠はジロリとねめつける。
「余計な事を言う暇があるなら、さっさと課外を開始していただきたいのですが」
「えー・・・このまま雑談してると岩笠先生に視線で殺されかねませんね。授業を始めますか」
そう言って、月野は数学の教科書を取り出し、授業を始めた。
ふとカグヤの方に目をやると、なぜか目を見開いたままのポーズで固まっていた。
「・・・? どうしたんだ?」
不安になった宮彦が尋ねると、カグヤはそれでハッと我に返り、「な、なんでもない・・・なんでもない、うん」と、慌てたように答えた。
「そう・・・か」
「なんだろう?」とは思いつつも、宮彦は、教科書を取り出して、授業を真面目に受けることとする。
「はー・・・やっと終わった」
昼までの課外を終え、溜息を吐く宮彦。
「なあ、新しいあの先生、どう思う?」
いきなり席の隣までやってきた一二三のその問いに、宮彦は「うーん」と唸る。
「月野先生の方は・・・まあ、優しそうに見えるけど」
「あー、そうじゃないって、岩笠先生のほうだよ」
「岩笠先生? うーん・・・]
正直、美人だとは思う。
が、しかし、どうも彼女からはどこか冷たいものを感じる。
「なんというか・・・とっつきにくそうな感じがするんだよな」
あれは性格の問題だろうか?
どこか人を寄せ付けさせないような独特の雰囲気を感じる。
「バカだなー・・・あれが良いんだよ」
「はぁ?」
一二三のその答えに、宮彦は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「ああいうのの、時にフッと見せる弱さなんかが、良いんだよ・・・わかるか? いわゆる『ツンデレ』ってやつだ」
「『ツンデレ』ってそういう言葉なのか?」
というか、むしろあれは「ツンツン」で一つも「デレ」がない気がするのだが。
「ま、お前は安形さんが居るから良いよなー・・・フラれても池速さんって選択肢もあるしな・・・変わってくれぇ・・・」
そんな一二三の言葉に、宮彦は「変われるなら変わってやりたい」と、心中で呟く。
「あれ・・・そういえば、その安形さんは何処行った?」
「? そういえば・・・」
教室内を見回すが、どこにもカグヤの姿は見えない。
「どうしたんだろう・・・何処にも居ない」
「先に帰ってるのかもしれないな・・・これは俺にも流れが向いて来たか?」
とりあえず宮彦は教室から出る前に、勝手な事を言う一二三をどついておくことにした。
「先に帰るなど・・・薄情じゃ、のうっ」
「うわっ・・・ビックリした、なんだよいきなり」
丁度校門を出て数分辺りで、腰を弱くどついてきたカグヤに驚きながら宮彦は抗議する。
「少しは待つという事を知らぬのか、おぬしは・・・」
「そっちこそなんで遅れたんだ?」
「まあ、少し、小用で・・・の」
「ふーん」
あえて深くは聞くまい。
その時は、二人ともまだ、物陰から覗く気配に気づかずにいた。
楽しそうに話す一組の男女。
その後ろから、付きまとう影達。
しかし、まだ彼らはその気配には気が付いていないらしい。
それはそうだ、相手は民間人。
あらゆる能力において、戦闘のプロには遠く及ばない。
「周りに人はいない、民家もない・・・仕掛けるには今・・・か?」
影の内の一つが呟く。
「さあな、一人増えたが・・・」
「事情を知る者は消す必要がある・・・あの小僧もリストの中にある」
「あの者は殺さずに生け捕りにするべし。手傷を負わせ、追い込みやすくするのは構わんが、殺しては何事もままならん」
リーダー格の影の忠告に、残りの三つの影は頷く。
「残ったのは、我らのみ・・・しかし、王家の血を継ぐあの者さえ手に入れれば・・・!」
先日の正規軍の襲撃により、彼ら反対派は四人を残して一網打尽となった。
丁度この任務を受ける直前の出来事だった。
燃え盛る基地から持ち出した指令書に従い、彼らは行動していた。
「月には既に味方も居るまい・・・しかし、あの者を我らが手に入れられれば・・・」
「左様、我らに同調する者も出てこよう」
もともとかなりの急進派であった彼らは、本国にもシンパは少ない。
それどころか、同じ急進派からもその過激思想からキワモノ扱いされていた。
「しかし、あの者を手に入れれば、それも終わる」
一人の影が静かに、そして力強く呟く。
仮にも王家の姫君、罪人となったとしても、その求心力は未だ強い。
その姫を名目上のトップにつけ、月の同志に呼びかければ、賛同者が得られるはずだ。
「おしゃべりはそこまでにしておけ、大事の前の小事だ・・・」
リーダーにとがめられ、半分熱に浮かされていた彼らは落ち着きを取り戻す。
「よし・・・行くぞ!」
影は、宙へと舞う。
「それにしても、昨日のドラマではの・・・」
地球のドラマについてくどくどと語るカグヤの方を、ふと見た瞬間だった。
「・・・っ! 危ない!」
「え・・・?」
カグヤの背後から迫っていた白刃から、宮彦は彼女の身をこちらに引き寄せることで彼女を守った。
自らの胸の中で目を白黒させているカグヤを抱いたまま、宮彦は声を上げる。
「あ・・・アンタら何者だ!?」
「答える必要などない」
黒いマントを羽織った男が冷たく答える。
右からも、同様の衣裳の男が現れて言う。
「左様、ぬしは何も知らずにここで朽ちるがよい」
ですよねー、チクショォー!
そもそもいきなり刀振り回して襲ってくる輩が、「何者か」という問いに答える訳が無い。
「とにかく・・・逃げないと・・・!」
そこは、海に面した崖沿いの道路。
周りに建物らしきものはない。
隠れられそうなところもない。
宮彦はカグヤを小脇に抱えなおした状態で走る。
「こら、離せ! いくら妾が小柄とはいえこのような・・・」
「黙ってろ、舌噛むぞ!」
小柄といってもそれは宮彦と比べてという事で、カグヤ自体は平均的な女子高生と身長も体重もそう変わらない。
しかし、宮彦は一応体力には自信があった。
こう見えても中学までは陸上部でエースを張っていたのだ。
これくらいは・・・
「や、やっぱそれでもしんどい・・・」
流石に、少し――否、大分厳しい。
「・・・民家!? 助かった・・・」
前方に見えた建物の蔭に、宮彦は安堵する。
が・・・
「無駄だ・・・」
崖から這い出た影の一撃に、路面に吹き飛ばされる。
「く・・・ぁ」
「のわぁ!?」
カグヤともども地面に投げ出されると、彼の目には信じられない光景が映っていた。
「・・・これは、夢か?」
「残念ながら違うの・・・」
目の前の光景をあっさりと現実と言えるほど、宮彦はおかしな思考回路はしていない。
「人が・・・人が飛んでるんだぞ!?」
彼の言葉の示す通り、目の前には宙を舞う黒マントの人影二つ。
先ほどの男たちと同じ服装だが・・・
「追い詰めたぞ!」
「覚悟めされよ!」
そんな事を考えているうちに、その二人も追いついて来た。
「王族の血・・・それさえあれば、我らは、まだ・・・!」
そう言って、空から二人、地上に二人、合計四人が一斉に刀を構えて斬りかかってくる。
「え、王族って、え? ちょっと、待・・・」
「・・・大丈夫じゃ」
その言葉に応じるように、乾いた銃声が鳴り響く。
「え・・・?」
宮彦が恐る恐る目を開くと、斬りかかってきたはずの男が、右手を撃たれ、地面の上でもがき苦しんでいた。
「残り三人とも、武器を捨てなさい!」
物陰から飛び出してきたのは、教室で見たスーツ姿のままの、岩笠だった。
「岩笠先生・・・何故?」
宮彦の声に、岩笠は一瞬そちらを向いたが、すぐに視線は黒マント達へと向けられる。
「あなた達の護衛・・・と言っても、今回はたまたま居合わせただけかしらね」
そう言った岩笠は、再び「武器を捨てなさい!」と残り三人に警告するが、男たちは応じる気配がない。
「不意を取った程度で・・・愚かな」
「とはいえ、われらの内の一人がかけたのは事実・・・ほめてやるぞ、地球人」
その瞬間。
「・・・! 伏せろ!!」
「・・・え?」
いきなり叫ぶカグヤ。
しかし、遅かった。
背後に回った男二人に峰で殴られた岩笠は、声にならない悲鳴を上げた。
一撃を加えたのは、先ほど宙を飛んでいた二人だ。
「クソッ・・・こんな・・・」
悔しそうにする岩笠を、二人の男が見下ろす。
「さて・・・体が痺れてしばらく満足には動けまい」
「この男が死ぬ様を、そこでゆっくり見るがよい」
そう言って、宮彦の方に二人は近寄る。
「え・・・ちょっと、待っ・・・」
後ずさる宮彦の肩を、もう一人の黒マントががっしりと掴む。
「な・・・? え・・・?」
「宮彦っ・・・くそっ! 離せ!!」
カグヤも、先ほど肩を撃たれた男に、後ろ手に拘束されている。
「さらばだ・・・」
ゆっくりと振り下ろされる刃。
その刃が振り下ろされるその瞬間。
「宮彦ぉ!!」
カグヤの、声が聞こえた気がした・・・
〜DEAD END〜
短い間ご愛読ありがとうございました、したらば13号先生の次回作にご期待下さい。
・・・嘘です、ごめんなさい(謝
中々アイデアが出てこなくて数日かかっちゃいました・・・まあ、PCがぶっ飛んだりと色々あったわけですが・・・
では、本日はこれにて・・・