幕間、その二
遥か昔・・・と言っても、まだ十代の私にとってだから、たかだか十数年前の事だ。
まだ物心の付いたばかりの頃、かつて父と喧嘩をした際、秋平に地球まで連れてこられた時のことだった。
その時である。
秋平の家の近くに住む少年と知り合ったのは。
「ほら、歩けよ、手ぇかしてやるから」
その少年は、川で溺れて泣きじゃくる私を助けたばかりか、手を差し伸べてくれた。
自分もびしょ濡れだと言うのに、なんてことはないフリをして手を差し出してくる。
そんな姿が、少しおかしくて、でも、凄く嬉しかった。
ああ、その帰りだったか・・・と思いだす。
あの少年と、約束を交わしたのは。
「なんでまだないてんだよ・・・もう川からたすけてやっただろ?」
「あの、ね・・・わたし、さ・・・」
「うん?」
ぐずりながら、おずおずと切り出したその言葉に、少年は振り向く。
「父さまに、ね・・・『お前なんていらない』って・・・」
言葉を紡ぐたびに、涙腺から熱いものが込み上げてくる速度が加速していったのを覚えている。
しかし、実際父にそう言われたかどうかは覚えていない。
子供ゆえに、言葉に含まれるその意味を過剰に受け取ってしまった可能性もある。
少年は、「ちょっと待ってろ」と言い、ポケットをまさぐる。
しばらくして「手ぇ出してみろ」と言われ、その言葉に従い、私は手を出した。
「何これ・・・?」
手の平に転がったのは、小さな石ころだった。
青い半透明のその石は、光にかざすと小さな明りを中に湛えているように見えた。
「こないだ山で拾った、石だ。お前にやる」
「ありが・・・と」
涙をぬぐいながら、そう言って私がポケットに石をしまうと同時に、少年は私の方から目をそらしながら、恥ずかしそうに口を開いた。
「もし、さ・・・お前が家から追い出されても・・・」
躊躇しながら、言葉を続ける。
「俺が・・・俺んちが、お前の、帰る場所になってやるから・・・」
顔が熱くなるのを感じた。
「そっ・・・それって、その・・・」
幼いながらも、いわゆるプロポーズという言葉が脳裏によぎったのは何故だろう。
「だから、その石はその約束のしるしだ」
そう言うと、今度は正面からこちらを見る。
「だから、さ・・・追い出されたら、俺んち来いよ!」
「う、ん・・・約束・・・!」
「ん・・・随分昔の夢を見たものだ・・・」
乱れた黒髪をわしゃわしゃとかき上げながら、カグヤはため息をつく。
久方ぶりに蘇った、遠い日の記憶。
そう言えば、そのころ自分はまだこんな奇妙奇天烈な喋り方をしていなかったな、と、ふと思い出す。
「約束・・・か」
カグヤは寝巻きの懐から、首にかけたチェーンに繋がれた青い石を取り出す。
「覚えているはずもないのに・・・な」
月光にかざすと、小さな傷の付いたその石は十数年前と全く変わらない青い光を湛える。
石は変わらないが、人の記憶は変わるものだ。
あの少年も、自分のことなどとうに忘れているだろう。
当然・・・あの約束も・・・
だと言うのに、自分はいまだに青い石を持ち続けている。
きっと、自分の心は、内面の時間は、あの頃のまま・・・
「変わっても、進んでも、いなかった・・・」
王宮の中に籠ったまま、父の期待に沿えるよう、一生懸命従順な姫を演じてきた。
いつか、あの少年とまた約束を果たすことを夢見ながら。
「じゃが・・・な」
間仕切りの間から覗く、宮彦の後頭部にカグヤは話しかける。
「そなたと会ってから・・・少しずつ、動き始めたのかもしれんの」
小さな小さなその呟きは、大きくいびきをかきながら惰眠をむさぼる宮彦には、決して届いていないだろう。
それにしても、いつからだろう、とカグヤは思うのだ。
この短期間のうちに、この男が自らの心の内に時折居座るようになったのは。
自らの身を挺してまで、守りたいと思うようになったのは。
もしかしたら、あの少年にその姿を重ねているのかもしれない。
だとすれば、この想いはコイツに対してのものだろうか?
それともあの少年に対してのものだろうか?
そして、果たしてコイツは・・・自分の事を・・・
「・・・止めた」
他人の心の内など、考えても分かるはずがない。
例え一方通行でも、たとえ他人の影を重ねていても、きっと自らの想いは変わらないだろう。
ただ、コイツの傍にいられれば、それで良い。
例え、役割だけ、表面だけの恋人役だとしても・・・
闇に沈んでいく意識の中で、静かに、そう思うのだ。
ごめんなさい、完全に十七話の蛇足です(汗
以後は少しずつ、カグヤの過去について明かされる・・・予定です。
予定は未定です。
変更になる可能性だってありますがその時はひたすらすいません。
では。