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【第十六話】災いの腕前

「・・・うん?」

 とある朝、自らの机の上に一通の封筒が置かれているのに気づいたカグヤは、その封を開けると、険しげな顔をする。

「・・・おい」

「うん? どした?」

 命令口調の時は、大抵宮彦を呼ぶ時だ。

「ちょっと来てみろ」

 日直として早朝に登校したためか、他に教室内に人が居ないため、カグヤはいつもの口調で宮彦を自らの元に呼ぶ。

「これは・・・『果たし状』って書いてるぞ?」

「うむ、差出元はあの池速とかいう女子らしいが・・・これはマズイ・・・」

「はぁ? どれどれ・・・」

 宮彦は、珍しく真剣な顔をするカグヤの持つ書面をひったくると、重要そうなところにだけさーっと目を通す。

「えーと・・・『さて、本日、次の対決内容が決定いたしましたので、ここに通知いたします。次の対決内容は・・・料理?』」

 はて、文面に何か問題でもあるのだろうか?

 文面に問題がないのなら、思い当たる節はただ一つ。

「アンタ、もしかして料理できないの?」

 その言葉に、カグヤは微妙そうな顔をする。

 あ、できないのね・・・

 今回ばかりは、カグヤの負けを確信した宮彦だった。




「さあ、やって参りました! 想い人を巡る地獄の三番勝負! ここ、調理室では、ギャラリーが両選手の登場を今か今かと待ち望んでおります!」

 ステージの上では、雅子がマイクを握り、調理室一杯に集まったギャラリーを前に実況のまねごとをしている。

「あんなセット・・・いつ用意したんだ?」

「どうも池速さんとこが金出したらしいぜ・・・ああ見えて彼女、世界的にも有名な大会社のお嬢様だってよ」

 ステージの上の審査員席に座る宮彦の疑問に、隣の一二三が答える。

「へー・・・知らなかったな・・・」

 宮彦は、そのような事実全く聞かされていない。

 よもや、自らと同じ学年にそのような大物が居るなど、思ってもいなかった。

「上手くいきゃ逆玉だぜ、逆玉・・・羨ましいなぁ、二人の美女に想われて宮彦君は・・・どっちか負けた方俺におくれよ・・・」

「俺に決定権は無い・・・自力で何とかしろ」

「そんな殺生な〜・・・」とすがる一二三を振り払っていると、ギャラリーが大きく沸き上がるのが聞こえた。

「さあ、準備も整ったようです! それでは、両選手の入場です!!」

 ドラムが鳴り、ステージ両サイドからカグヤと命が入場してくる。

「フフ・・・今日の来る日をどれだけ待ち望んだか・・・」

「今日でこの勝負に決着をつけて差し上げます」

「あら、そんな事言っていいのかしら?」

 両者の視線が、バチバチと火花を立てて交差する。

「さあ、それでは両選手とも、所定の位置にお着きください」

 雅子の合図とともに、二人ともそれぞれの調理台へと向かう。

 その間には、食材が山のように盛られた机が一つ。

「食材は何をお使いになっても構いません、何を作っても良し、制限時間は一時間、それでは、よーい・・・」

 両者とも、合図を待ち、身構える。

「スタート!!」

 その合図とともに、両者同時に食材のもとへと向かい、次々と調達していく。

「おっと、池速選手、パスタや生ベーコン、トマトなどを手に取ります、パスタメインでしょうか、相対する安形選手はマグロやイクラといった高級海鮮類がメインのようです」

 カグヤは、高級な食材を次々と手に取っていく。

 というか、手当たり次第に手に取っているようにも見える。

「大丈夫かなぁ・・・」

 あの日、カグヤの机の上に果たし状が置いてあった日。

 物は試しとカグヤに料理をさせてみたら、とてつもない事になった。

 通常、料理本を見ながら料理を作れば、どんなヤツが作ってもそれほどマズくはならない。

 しかし、カグヤはどうも例外らしい。

 彼女がクリームシチューと言って差し出した鍋の中のそれは、宮彦の記憶が確かなら、淀んだ玉虫色をしていた。

 そもそも、自分でロクに味見できないようなモノを人様に食べさせられるわけがないのだ。

 そんな事を考えている間にも、料理は進む。

「池速選手、非常に手慣れた様子で野菜を刻んでおります。作っているのはサラダでしょうか? さあ、一方の安形選手は・・・」

 と、それまで饒舌に動いていた雅子の口が止まる。

 一瞬、全身の動きすら止まったようにも見えた。

「あ・・・あれ、は・・・?」

 雅子の指さす方向には、おぞましい光景が待ち受けていた。

「う・・・うわぁ」

「なんだよ・・・ありゃ・・・」

 一二三と宮彦は、どちらも引きつった表情で固まる。

 カグヤが作業を続ける調理台の上に転がる、マグロの焦げた肉に、ぐちゃぐちゃになり、もはや原形を留めていない鮭の頭。

 鍋の中には、毒々しいまでに鮮やかな青。

 その香りは、とてもではないが料理のそれではない。

 しいて言うならば、塩素系洗剤のそれだろうか。

 ギャラリーの中にも、数人気分の悪くなった者が出たようだ。

「俺ら、大丈夫かな・・・」

 不安そうにつぶやく一二三に、宮彦も不安そうな苦笑を返すしかなかった。




「さあ、両者料理が無事時間内に出来上がりました!」

 終了を知らせるブザーと共に、両者の料理が、審査員である彼らの元に運ばれてくる。

「まずは池速選手の料理です、どうぞ!」

 銀の蓋が開かれると同時に、トマトの香りが一面に漂う。

「これは・・・」

「へぇ、おいしそうだな」

 現れたのは、野菜の盛り合わせに、トマトソースパスタ、そしてミネストローネだ。

「野菜はこちらにつけて召し上がってください」

 そう言って、赤いエプロンを付けた命が、小さなポットを差し出す。

 ポットの下からは火のついたロウソクが中のソースを温めている。

「では、頂きます」

「おう、いただきます!」

 二人同時に手を合わせ、料理に手を付ける。

 濃厚なトマトソースのパスタに、それに対し味を少しあっさり目に抑えたミネストローネ、野菜に良く会うソース。

 どれも絶品であった。

「あ〜・・・こんなウマい料理食べられるなんて・・・やっぱり審査員に立候補して良かったぜ」

 審査員には、宮彦ともう一人が必要であったが、希望者が数多くいたため、抽選となった。

 そして、厳正なる抽選の結果、一二三が選ばれたのだ。

「その内そんな事も言ってられなくなるぜ・・・」

 宮彦は、そう言いながら、カグヤの料理の入った皿を指さす。

 まだ蓋に覆われているが・・・

「い、嫌な事を思い出させるなよ・・・」

 宮彦と一二三は、出来るだけゆっくりと命の料理を噛みしめた。




「さあ、お次は安形選手の料理です、どうぞ!」

 銀の蓋が開かれると同時に、辺りにこの世のものとは思えない異臭が漂う。

「こ、これはぁ・・・」

「へ、へぇ・・・独特な色づかいで・・・」

 現れたのは、シチュー皿一杯に満たされた、先ほどの青い液体。

「ああ、こんなことなら遺言状書いておくんだったな・・・」

「俺も、だな・・・フフ、骨、残ってるかなぁ・・・」

 二人とも覚悟を決めて、「いただきます」と声を合わせる。

「じゃあな・・・先に行くぜ、兄弟!」

 一二三は、スプーンにすくった青い液体を口に流し込み、そして・・・!

「う・・・ぐぐ・・・我が生涯に・・・一・・・片の・・・」

 そこまで言ったところで、ガクリと崩れ落ちる一二三。

 すぐに雅子が駆け寄り、助けを呼ぶ。

「誰か担架呼んで、急いで!」

「きょ、兄弟・・・くそう・・・俺もすぐ行くぞ!」

 宮彦も覚悟を決めると、青い液体をスプーンですくう。

 傍からは、カグヤの不安そうな視線。

 うう・・・そんな目で見ないでくれ・・・

 宮彦は覚悟を決めると、鼻をつまみ、一気にスプーンの中身を流し込んだ。

「うっ・・・」

 口の中に、様々な味が広がる。

 魚の生臭さに、何か良く分からないモノの酸っぱさや、苦さ。

 そしてむせかえるような肉の血の匂い

 ここまで食材のマイナス面を強調させられるのは、一種の才能と言ってもよい。

 宮彦は本能の拒否反応を振り払い、口の中の物を飲み込む。

「うう・・・こ、れは・・・」

 何か言いかけたが、そのままやはり崩れ落ちる。

 薄れ行く意識の中、確かに宮彦は聞いた。

 カグヤのこんなつぶやきを。

「あっちゃ〜・・・やっぱり駄目じゃったか・・・」

 意識が・・・闇へ落ちて行く。

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