【第十五話】災いの実力
「うう・・・」
机にへばりつき、頭を抱える宮彦に、その上から重なるようにさらに一二三がへばりつく。
「おう、兄弟よ、お前さんも燃え尽きたか・・・」
期末テストの最後の一枚が返却され、宮彦は自らの凄惨たる点数に盛大に凹んでいた。
「うう・・・帰ったら殺される・・・」
物理的に、ではない。
精神的にだ。
恐らく説教五時間は間違いないだろう。
「そう言えば・・・安形さんはどこに行ったんだ?」
ふと隣をみやると、カグヤの姿がない。
「さあ・・・池速さんとこでテストの点数比べでも・・・」
と、言いかけたその時だった。
『はああああああああ!?』
という大勢の合唱が聞こえてきたのは、隣のクラスからだった。
何事かと思い隣のクラスを一二三と共に覗いてみると、教室の中心に黒山の人だかりが出来ていた。
人山を掻き分け、二人は中心へと進む。
道中聞こえてきた「ちょっと、押さないでよ!」とか「痛たたた・・・やめてくれぇ!」といった抗議の声はあえて無視した。
「お、あれは・・・」
「なんだなんだぁ?」
二人して最前列の人壁の上から顔を突き出すと、中心で余裕の笑みを浮かべる長い黒髪の少女と、その少女を睨みつける銀髪の少女が居た。
カグヤと命だ。
「くぅ・・・全教科百点なんて・・・貴女、不正でもしたんじゃないの!?」
「やだなぁ、不正だなんて・・・一度疑われて全く別のテストやらされた私の身にもなってくださいよ」
ああ、そういえば・・・と、宮彦はカグヤが一度丸一日職員室に呼び出されていた事を思い出した。
曲がりなりにも県下では指折りの進学校であるこの学校でそんな点数を出したとなると、確かにカンニングの疑いも出てくるだろう。
「全教科百点・・・かぁ・・・ 勝ち目ないわな、そら・・・あれ、どこ行くんだ?」
一二三の制止を無視し、こっそり後ろに回り込んで命のテストを覗き込んで見るが、その点数だって十分驚愕に値する点数だった。
ほとんどのテストが九十代で、二、三個八十代後半が混ざってはいるものの、宮彦からしたらどれも滅多に取れない点数ばかりであった。
「ん・・・? どうした?」
「いや、なんだか自分が情けなくなってきてな・・・」
打ちのめされた気分で元の位置に帰ってきた宮彦に、一二三は不思議そうな顔をする。
と、その時であった。
「あ・・・讃岐君?」
あ、ヤバ・・・
命と偶然にも目が合ってしまった。
しかし、時すで遅し。
彼に気づいた群衆に、真ん中へ二人の女神への生贄としてに祭り上げられてしまう。
「うわ、はなせよ、おい・・・一二三!」
「頑張ってこいよー」
助けを求めた唯一の相手は、面白そうに手を振って彼を送り出していた。
「うわっ・・・あ痛たたた・・・あ」
目の前には、仁王立ちで佇む二人の少女。
蛇に射竦められた蛙のように、宮彦は身動きできずにいた。
「これでまた一歩・・・あなたの讃岐君への道が遠のきましたねぇ?」
と、妖しい笑顔でカグヤ。
「フフ、貴女こそ、残り二勝負、くれぐれも気を抜かないように・・・」
それに、怒りを抑えてひきつらせた笑顔で応える命。
どちらも、やはり目は笑っていない。
「では、私はこれで・・・」
と、カグヤは宮彦の首根っこを掴んで引きずり、自らの教室へと向かう。
「お、おおおおおおお?」
彼女の歩く先、群衆がまるでモーセの眼前の大海原のようにササーと身を引く。
教室を出る直前、最後に宮彦が見たのは、カグヤの後ろ姿に向かって「あかんべー」と舌を出した命の姿だった。
主役のうち二人の退出によりギャラリーも各々の教室へと引き揚げ、元の落ち着きを取り戻す教室。
その真ん中の机に座ろうとする命に、話しかける人影がいた。
「よっ、命、あの転校生にケンカ売るなんてやるねー」
「雅子・・・何しに来たの?」
その味気ない態度に雅子は、
「折角幼稚園から小中高と一緒の旧友が会いに来たってのに・・・つれないねぇ・・・」
そう言うと、「よよよ」と泣き出すフリをする。
「ふう・・・用事があるなら早くしてよ・・・お昼ごはん今から食べるんだから・・・」
「まあまあ、せっかくだからご一緒させてよ」
雅子はそう言いながら、いそいそとパンの袋を取り出し、隣の椅子を引きよせ、命の机の横に腰を降ろす。
「まったく・・・何しに来たんだか・・・」
「う〜ん・・・ちょっと聞きたいことがあって来たんだよね」
パンをむさぼりながら、雅子は身を乗り出す。
「・・・何よ?」
「実際の所さ、自己顕示欲の強い命があの子に人気を持って行かれて頭に来てるのは分かるけど、何で『讃岐君を貰う』なんて条件を突きつけたわけ?」
「彼には何の好意も持ってはいないわ。恋人を奪う事で仕返しをしたい・・・ただそれだけの事よ」
その答えに、雅子は少し納得のいかないような顔をしながら、またパンをむさぼる。
「もしかしてさ・・・まだあの事、引きずってるとか?」
刹那、命は先ほどまで白米を啄んでいた箸を止める。
「別に・・・」
そう静かに告げて、また箸を動かし始める命に、雅子は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、次の仮説を突きつける。
「それとも、讃岐君の事を実は初めから好きで、それを横からあの子にかっさらわれた事の腹いせとか・・・」
「なっ・・・! そ、そんな事・・・ゲホッ・・・」
いきなりの不意打ちに、命はおかずをのどに詰まらせ、悶絶していた。
必死に否定するが、その狼狽ぶりは傍から見ても明らかである。
「おーおー・・・さっき『好意は持ってない』なんてこと言ってたくせにこの焦りっぷり・・・図星かな、こりゃ」
「そ、そんな事・・・!」
「上手くいけば、これまで恥ずかしくて明かせなかった思いの丈を告げられるしね。『便宜上付き合っていましたが、いつの間にか好きになっちゃっいました』とかなんとか言っちゃってさ」
「なななな、そんな事は私は・・・!」
立ち上がって必死に否定するが、必死になれば必死になるほど疑わしい。
それを自らも意識してしまった命は、静かに座りこみ、顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。
「ま、作戦自体は悪くは無いと思うけど・・・もし負けても誘惑なりなんなりで讃岐君を奪えばいいしね」
「うう・・・そりゃそうだけどさ」
俯いたままの命の肩を、雅子は軽く叩く。
「しっかりしなさんな・・・それに、仕掛けるなら早い方がいいよ? 本人は朴念仁だから分かってないけど、ライバルだって多いんだから」
「え、それってどういう・・・」
「じゃ、私は帰るとするわ・・・じゃね」
手を挙げかけた命を残して、雅子は教室から出て行く。
「ライバル・・・か」
命のその呟きに、気付くものは居なかった。
「はぁ〜・・・なんだかな〜・・・」
「よかろう、あと一回勝てば、妾の勝ちで、そなたもあの者と付き合う必要もなくなる」
そのトゲのある口調に、宮彦はある疑問を口にする。
「なあ・・・なんでアンタはそこまで池速さんを目の敵にするんだ?」
「ああいった者は、一度正面から叩き潰してやらんと、地の果てまで追ってくるからの」
その答えに、宮彦は「アンタをか?」と問う。
「違う」
どこかイライラしたような雰囲気を漂わせるカグヤ
「じゃあ・・・誰にだ?」
そう言った宮彦の顔に、カグヤは自らの鞄を渾身の力を込めてぶつける。
「あ痛っ! 何すんだよ!」
「たわけ! だからそなたは朴念仁なのじゃ!」
「はぁ・・・?」
その理不尽な怒りに、宮彦は頭上にクエスチョンマークを浮かべるしかなかった。