【第十四話】災いと賞品
まったく、毎度思うが、テストなんてものは何故この世に存在するんだろうか?
日曜日の昼下がり。
クーラーの良く効いた居間で最後の悪あがきをしながら、宮彦はそんな事を思うのだ。
既にテストは明日に迫っている。
今更あがいたところでどうにもならないかもしれないが、何もしないよりはずっと良い。
ふと前を見遣ると、カグヤがレースゲームに興じていた。
あの日以来気に入ったのか、カグヤはちょくちょくあのゲームをするようになっていた。
「・・・・・・」
終始無言である。
集中するためかヘッドホンをして雑音を遮断しているおかげで、ボタン音以外は勉強の邪魔になるような音も出してはいない。
しかし、体を左右に傾ける癖は直ってないらしく、時々倒れそうになる。
「・・・ふぅ・・・」
一レース終えて息をついたところを見計らって、宮彦は声をかける。
「なあ」
「うん?」
何か用かと言わんばかりの顔でカグヤは振り向くと、ヘッドホンを外す。
「勉強しなくていいのか?」
「何故じゃ?」
何故じゃって・・・あのなぁ・・・
思わず宮彦は頭を抱えたくなる。
カグヤは命とあんな約束をしたにもかかわらず、出題範囲が発表されたこの一週間はおろかテスト前日の今日でさえ勉強するそぶりを見せていない。
「そんなんじゃ大差をつけられて負けるぞ?」
「大丈夫じゃ、妾は負けんし、負けても何も失うものはない」
負けても何も失わないと言うのは確かに正論である。
実際、彼女は学校一の美少女の称号などに、それほど固執していない。
それどころか、どこか疎ましく思っている節すらある。
「後で吠え面かいても知らねぇからな」
「勝負をするからには負けん。それが妾の信条じゃ」
そう言うと、またヘッドホンを付けて、ゲームに興ずる。
本当に、大丈夫なんだろうか・・・
「はぁ〜・・・駄目だった・・・」
「お前もか、マイブラザース」
そう言ってしなだれかかってくる一二三の顔面に拳を喰らわせると、宮彦はゆるりと立ち上がる。
テスト最終日。
やはり付け焼刃は付け焼刃でしかなく、いざテストとなると何の役にも立たなかった。
それをこの五日間で思い知らされた気分である。
「毎回思い知らされてるはずなんだけどな・・・」
「うん、何か言ったか?」
思わず口からこぼれた心のつぶやきを「いや、何も」とごまかすと、宮彦は鞄を持ち上げて教室から出ることとする。
と、その時。
「のわぁ!?」
「きゃぁあ!?」
誰かと額をしたたかに打ち合わせると、宮彦は尻餅をつく。
「あ痛たたたぁ・・・あれ?」
「うう・・・うん? 貴方は確か・・・」
そう言ってスカートを抑えながら立ち上がったのは、先日のセミロングの銀髪。
命である。
「大丈夫ですかぁ?」
と、学校モードのカグヤが宮彦の方へ駆け寄ってくる。
「丁度良かった・・・安形さんに一つ申し上げたいことがありまして・・・」
服の裾のホコリを払いながら、命は話を切り出す。
「まず、今回のテスト・・・ハッキリ申し上げますと、私は勝利する自信があります」
「はあ・・・」
「そして、これは本来あの時先に申し上げておくべきだったのですが・・・」
と、急に真剣な表情をする命。
「この三番勝負で私が勝ち越した場合・・・讃岐君を私に下さい」
は・・・
「はああああああ!?」
と、絶叫する宮彦。
「ええ、いいですよ」
と、即答するカグヤ。
「え、ちょっと、待・・・」
「では、せいぜい夏休みが始まるまでの間に、彼と思い出をたくさん作って置いて下さいね」
「はい、貴女が羨ましがるような思い出をたくさん」
笑顔で言葉を交わす両者だが、目は全く笑っていない。
教室を優雅に一礼しながら出て行く命を、宮彦は目で追う事しかできなかった。
「なんで俺が俺の了解もなしに賞品になるんだよー・・・」
帰り道、宮彦は盛大に落ち込んでいた。
彼の意思とは無関係に、気づけば宮彦は、彼女らの対決の勝者への賞品となってしまっていた。
「うるさい・・・勝てばよかろう、勝てば・・・」
「言い寄られるのが嫌だから俺を恋人役に据えたなら、なんで断らなかったんだ?」
どこか不機嫌なカグヤに、宮彦は問う。
もともと学校の男子たちから言い寄られるのがうざったいため、カグヤはわざわざ恋人の位置に宮彦を置いたのだ。
もし宮彦が命に奪われた場合、カグヤには多くの男どもが群がるであろう。
「ふむ、そうじゃな・・・しいて言えば」
「しいて言えば・・・なんだ?」
だいたい分かり切っているが、あえて聞いてみることとする。
「面白そうじゃからじゃ」
やはり、このワガママ姫は、なんでも「面白そうだから」で片づけてしまうのであろう。
今度病院に行く機会があれば、胃に穴が開いていないか見てもらいたい気分の宮彦であった。