【第十二話】災いを想う人々
結局、カグヤが難題を出してから一週間。
締切期限を迎えた各人は、一週間前と同じように、中庭に集まっていた。
しかし・・・
「磯野と安部が居ないようだけど・・・」
何故か、その二人だけがそこに居ない。
「まあ、いいか・・・まず、俺はクリア・・・ってことでいいんだよな?」
そう宮彦が問いかけると、学校用のにこやかな笑みでカグヤ―――否、安形美千代は答える。
「ええ、基本的にあの金塊自体が一千万円以上の価値なので、私にあれを渡した時点で合格とします」
とりあえず、彼女に風説を流され、学園生活をフイにするという最悪の自体は免れたわけだ。
「ええと・・・それで、これが、紅龍関のお茶碗・・・です」
そう言って、島はおずおずと食卓などでよく見るご飯茶碗を差し出す。
おお、本当に持ってくるとは。
だがしかし、次にカグヤの口から恐るべき言葉が飛び出る。
「・・・これは・・・違います」
「・・・え?」
硬直する島。
「私は『ご飯茶碗』などとは一言も言っていません・・・骨董収集の趣味もある紅龍関の秘蔵の『湯飲み茶碗』が欲しいのです」
ええええええええ・・・
そりゃあないだろう。
一般人の感覚で言って茶碗と言えば飯を食べる茶碗である。
それに紅龍関が骨董マニアだと言うのは、一部のファンしか知らない事だ。
相撲好きの秋平の性格でもうつったのだろうか?
「次」
呆然とする島の次は、片目に包帯を巻いた大友が前に出てくる。
「僕は残念ながら失格ですよ・・・見て下さいよ」
と、その顔を横切る包帯を剥ぐと、片目の瞼が大きく腫れあがっていた。
宮彦が事情を聞くと、彼は渋々ながら答えた。
「いえね、夜の帰り道に釣り竿で釣り上げてやろうと思ったんですが・・・」
「あ、なるほど、強盗かなんかに間違われて殴られた・・・ってか」
「そう言う事です・・・まあ、いい経験になりましたよ」
宮彦ならば、いい経験とはとてもではないが言えそうににない。
後は彼がそちらの気に目覚めないことを祈るばかりである。
「っと、次は俺だな・・・」
と、一二三がズイっと前に出てくる。
「これが約束の品でございます、姫様」
そう気取りながら、大きな紙袋を何個も差し出す。
ホントに全部作ったのか、コイツは・・・
「うむう・・・これは・・・」
これは・・・バレたか?
つい宮彦も不安になる。
しかし。
「まあ、いいでしょう、クリアとしま・・・」
カグヤがそう言いかけ、一二三が歓声を上げようとした時だった。
「あ、居た居た・・・おーい、一二三!」
と、それに割り込んだのは一二三と宮彦共通の有人、加藤である。
「何だよいったい・・・」
勝利のほろ酔いに水を差された一二三は少々不機嫌だ。
その一二三と同じく不機嫌な加藤は、ブランドバッグの詰まった紙袋を指さして叫ぶ。
「何だよじゃないだろ、カバン作りのバイト代、とっとと出せよ。これ作るの手伝ってやっただろうが、」
あ・・・
「バカッ・・・お前は・・・」
恐る恐るカグヤの方向を振り向く一二三。
「あ・・・あの、これはですねぇ・・・」
「失格」
「あーあ・・・」
「そんな・・・」とがっくり膝を付く一二三を慰めていると、背後から大きな声がする。
「うあっはっはははは! 待たせたなぁ!」
振り返ると、そこにはマンホールの蓋を担いだ一人の男。
体中から大量の汗を吹き出し、今にも倒れそうだ。
中庭中から、彼を応援する声が聞こえてくる。
「ガンバレー!!」
「あと少しだぞー!!」
いつしか、宮彦らも彼を応援していた。
そして、また一歩、また一歩とカグヤに近づく。
彼女も、その姿に驚き、口を手で押さえている。
「あなたは・・・」
しかし、その後彼女の口から出た言葉に、男は叩きのめされることになる。
「・・・誰?」
あ・・・
男は静かに、崩れ、落ちた。
「いやー・・・人間変われるもんだな・・・」
「うむ・・・確かに」
先ほどマンホールの蓋を担いで現れた阿部について、中庭のベンチで宮彦は一二三と話し合っていた。
結局彼自身は中庭にたどり着けなかったため失格となったが、一週間ほぼ不眠不休でマンホールの蓋五個を引きずり続けた結果、彼の体は驚くべき変貌を遂げていた。
大きく出ていた腹は引っ込み、四肢は筋骨隆々とし、頬も余計な肉が落ち、二重あごも改善され、まさに本物のイケメンと化していた。
「まっ、あれなら彼女の一人二人できて諦めもつくだろうがな・・・」
「だといいがな・・・」
それよりも、気になるのは磯野だ。
とっくに約束の時間を過ぎていると言うのに・・・
と、その時、無機質な電子音が響く。
誰かの携帯の着信音だろうか?と宮彦が辺りを見回すと、丁度大友が携帯電話の呼び出しに応えるべく、折りたたみ式のそのボディを開くところだった。
「はい、もしもし・・・え、本当ですか!?」
えらく狼狽しているようだ。
何かあったのかと宮彦も不安になる。
「はい、はい・・・分かりました。磯野は無事なんですね? ええ、今すぐそちらに向かいます・・・では」
そう言うと、電話を切る。
「どうしたんだ・・・?」
磯野に何かあったのだろうか?
心地の悪い胸騒ぎがする。
「磯野が・・・病院に運ばれたらしい」
それは、思いもしない答えだった。
「磯野!」
病室のドアを勢いよく開けると、病床に磯野が横たわっていた。
「なんだい騒々しい・・・病院では静かにするものだよ」
そう言いながら、ジュブナイル小説をチェストに置く磯野は、いたって元気そうだった。
「何だよ・・・心配させやがって・・・」
「全く、心臓に悪いですよ、貴方は・・・」
「良かった、何事も無さそうで・・・」
「なんだ、元気そうじゃねぇか」
「ともかく、大事無さそうで安心しました」
その姿を見て、各々脱力する。
「いや、心配掛けてすまなかったね・・・」
「一体どうしたのですか? 怪我など貴方らしくもない・・・」
大友の問いに、磯野は恥ずかしそうにしながら答える。
「いや、崖で燕の巣を取っていたら崖から落ちてね・・・死ぬかと思ったよ」
事も無げに話す磯野に、一同は唖然とする。
崖から落ちて骨折だけって・・・ホントにこいつは人間だろうか?
宮彦はそんな疑問を頭に浮かべると、それを読んだかのように磯野は口を開く。
「おいおい、そんな顔をするなよ・・・僕だってサイボーグじゃない。打ち所がたまたま良かっただけさ」
それでも、やはりギブスで固定された足などは見ていて痛々しい。
「ともかく、皆お見舞いに来てくれてありがとう」
さわやかな笑顔で、磯野は皆に微笑みかけた。
「讃岐君、少し良いかな?」
その後各員の難題の達成状況を報告したのち、帰ろうとしたところだった。
「おい、宮彦、どうしたんだ?」
一二三の問いに、「先行っててくれ」と返すと、一度は出かけた病室にもう一度足を踏み入れる。
「で、話って?」
宮彦は、ベッドの横の椅子に腰掛ける。
「讃岐君、君以外の全員が敗れ、彼女はもう一度、君の彼女と言うあるべき場所に収まったと言える」
いや、元々こちらにそんな気はなかったんだが・・・
心中で宮彦は呟く。
実際、彼はこの中の誰かに学校に居る間でもカグヤを押しつけられたら、と思っていた。
たとえ学園生活をフイにしようとも、だ。
しかし、今は・・・
「僕も心から君たちを祝福し、応援しようと思う」
「そ、それはどうも・・・」
「しかし・・・だ」
いきなり真剣な調子に磯野の声が変わったのを気取り、宮彦は少し体をすくませる。
「もし、彼女を泣かしたりしたら、その時は容赦なく君を殴る」
「・・・ああ」
「もし、彼女を笑顔にしたいなら、その時は容赦なく僕を頼れ」
「・・・ああ」
「もし、彼女の心が少しでも君から離れれば、その時は容赦なく彼女を奪おうとする」
「・・・ああ」
ここまで、磯野はカグヤの事を・・・
「分かったな・・・」
「・・・ああ」
ふと合わせた磯野の眼には、強い光が湛えられていた。