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【第十一話】災いを探して

「ピピピ」と、無機質な機械音が部屋に響き渡る。

「う・・・ん・・・」

 宮彦はようやく慣れてきた床の上の布団の、妙に堅い感触を背中に感じながら身じろぎする。

「よいしょ・・・と」

 折りたたみ式の携帯を開き、アラームを止める。

 カーテンを開けると、昨日までの雨も止み、嘘のような快晴であった。

 現在時刻は、六時。

 そして、曜日は土曜日、つまりカグヤが「金塊を落とす」と宣言した日の翌日にあたり、もし彼女が約束通り動くなら、金塊は今日落とされることになる。

 そのため、いつもこの曜日は遅くまで寝ている宮彦は、カグヤが彼が寝ている間に金塊を落とさないように、わざわざ早起きまでしたのだ。

「さて・・・アイツを起こさないようにしなきゃな・・・」

 必要以上の音を出さないように着替えながら、宮彦は朝食を取るため階下へと下りていく。

 実際、カグヤと同じ家に住んでいるというのは、かなりのアドバンテージである。

 早い話、彼女の跡を尾けて行って、その落とした瞬間を狙えば、確実に金塊を手に入れられる。

 これは、阿部と宮彦を除いた他の四人には出来ない芸当である。

 と、一階に降りたところで、宮彦は早朝ランニングから丁度帰ってきた父親に出くわす。

「あ・・・おはよう、父さん」

「ああ、おはよう・・・それにしても、今日はえらく早起きだな」

 趣味であり、メタボ対策でもある早朝ランニングに毎日汗を流している父とは違い、宮彦は休日はおろか平日もギリギリまで寝ている。

 平日は常に七時くらいまで寝ている宮彦が、休日の六時に起きるのは、異例とも言える。

「アイツよりも早く起きなきゃいけない用事が出来てね・・・」

 と、二階を指さすと、父は不思議そうな顔をする。

「アイツというのはカグヤさんの事・・・だよな」

「うん? ああ、そのつもりだけど・・・」

 いったいどうしたのだろうか?

 宮彦も、父と同じで不思議そうな顔をする。

「彼女なら、私と一緒に五時ぐらいに出て行ったぞ?」

「・・・えっ!?」

 宮彦は急に駆け出し、父の「お、おい!」という制止の声も聞かず、一目散に二階へと続く階段を駆け上り、部屋の真ん中の間仕切りを勢いよく開ける。

「・・・やられた」

 ベッドの上は、もぬけのからであった。

 恐らく、公平性を保つためであろう。

「ありがと、父さん・・・行ってきます!」

 今度は猛烈な勢いで階段を駆け降りる息子に呆気に取られる父を尻目に、宮彦は玄関へと向かう。

「あ、ああ・・・最近ひったくりが多いから気をつけろよ」

 玄関から出る時に、そんな事を言われた気がした。




「さて・・・」

 家を出てきたは良いものの、宮彦は玄関先で途方に暮れていた。

 まさか、カグヤがこれほども早く起きるとは誤算であった。

「どうしたもんかな・・・」

 カグヤが行きそうなところと言っても、全く見当がつかない。

 ・・・いや、そうでもないか、と宮彦は思いなおす。

 幸いカグヤはまだここに来てから日が浅い。

 その上、これは一緒に登校している宮彦だから知り得た事なのだが、カグヤは極度の方向音痴である。

 以前校舎内で迷子になって、宮彦が職員室まで放送で呼び出された事もあった。

 そんな彼女が行くことのできるところと言えば、毎日通る通学路以外にない。

 これは恐らく、宮彦以外は知りえない情報であろう。

 情報を整理する事で、少し希望が湧いて来た宮彦は、ふと物陰からの視線が彼を注視していることに気づく。

 宮彦とカグヤが同じ家に住んでいるのは周知の事実だが、宮彦の家を知っているのは、あの四人の中では唯一、一人。

「出てこいよ、一二三」

 宮彦が声をかけると、電柱の陰から双眼鏡片手に、のそのそと一二三が姿を現す。

「やっぱりバレちまったか・・・お前も安形さんの跡を尾けるのか?」

 その一二三の問いに「数秒前まではな」と答えると、一二三が不思議そうな顔をしたので、事の顛末を話そうとしたが、そこで宮彦は思いとどまる。

 ここでカグヤがここにはいないことを一二三に話さなければ、彼は恐らくずっとここで讃岐家の玄関口を、見張り続けることであろう。

 そう、目的の人物などとうに居ない家の、だ。

 そうと決まればライバルは一人でも少ない方が良い。

 高々友人一人と、俺の学園生活、どちらが果たして重かろうか。

 そう決断すると、宮彦は「俺は正々堂々やることにするよ」と言い残し、一二三をその場に置いて通学路へと向かう事にする。

「お、おう・・・」と答える一二三は、未だに双眼鏡を後生大事に抱えながら、讃岐家を観察していた。

 通報されやしないだろうか・・・

 そんな不安を覚えつつも、宮彦はとりあえず通学路をなぞる事にした。




「あ〜・・・・」

 結局の所。

「見付かんねぇ〜・・・」

 結局宮彦によるカグヤ及び金塊捜索は昼過ぎまで行われ、マンホールを引きずる阿部や、思い思いの場所を探す残り三人を見かけることはあったが、それらしい物どころか、カグヤの姿すら見つけられなかった。

「既に誰か関係ない奴に拾われてる可能性だってあるしな・・・」

「ぢぅ〜・・・」と紙パックのジュースをストローですすりながら、宮彦は呟く。

 いつカグヤが金塊を落としているか分からない以上、その可能性は十分あり得る。

 もっとも、まだカグヤが金塊を持っている可能性だって有り得る。

 いずれにせよ、今日一日は通学路を這いずりまわることになりそうだ。

 休日一日を潰す程度、残りの高校生活全てをあのワガママ姫様に潰されるよりは万倍良い。

「よし、行くか!」

 気合いを入れなおすと、宮彦は再び彼女と金塊の捜索に乗り出した。




「フフ・・・粘っておる粘っておる・・・」

 ビルの二階にある小奇麗な喫茶店の窓際。

 眼下で飲み物のパックをゴミ箱に投げ入れた青年を眺めながら、黒い長髪を持つ少女は悪戯っぽく微笑む。

「うん・・・? どうかしたの?」

 目の前のショートカットの少女に問われると、「ううん、なんでもありませんよ」と、にこやかに答えるカグヤ。

 それにしても、よくここまで口調と表情をころころ変えられるものだ。

「それにしても、石川さん、こんな所でどうしたんですか?」

 そうカグヤが問い返すと、雅子は手に持った鞄を示す。

 丁度この喫茶店の前でバッタリ出会った二人は、少し話ついでにお茶をすることにしたのだ。

「図書館まで宿題やりにね。美千代さんこそ、制服でどうしたの?」

 その言葉が示すとおり、カグヤはいつもの制服姿。

 それとは対照的に、雅子は灰色のキャミソールワンピースに、黒のカーディガンニットを羽織った私服姿だった。

「ああ、少し用事を頼まれていまして・・・それに、まだこれしか持ってないんですよ」

 と、制服を示すカグヤ。

 まさか、目立つ和服姿で行動するわけにもいかないため、仕方なくいつもの制服姿で行動しているのだ。

「じゃあ、さ・・・これからちょっと付き合わない?」

 人差し指を立てて提案する雅子に、カグヤはひたすら顔に「?」の文字を浮かべて居た。




「あの〜・・・」

「うん、やっぱどんな服も似合うね!」

 数十分後、カグヤと雅子は先ほどの喫茶店の隣の洋裁店に居た。

「讃岐君にねだって買ってもらいなさいよ〜・・・彼氏には貢がせなきゃ損よ、損」

「はぁ・・・」

 入ってからずっと、カグヤは完全に雅子の着せ替え人形と化していた。

「よし、次はこれ着よ、これ!」

 そう言って、雅子はまた一着のシャツワンピースを手に取る。

 困った・・・まだ金を落としていないのに・・・

 カグヤは、少々途方に暮れていた。




「はぁ〜・・・」

 そこからさらに数時間後。

「雅子め・・・人を玩具にしおって・・・」

 カグヤは何とかいつもの川沿いの通学路に復帰すると、重い足取りで讃岐家に向かう。

 その服装は、白のシャツに、ベージュのフレアブラウス、青のスカートという、最初の制服姿とは全く違ったものになっていた。

 結局あの後さんざん着せ替えられたあと、「代金は私が払うから・・・え、お代? いいのいいの、私が好きでやったんだから」と言う雅子にさらに数着の洋服を押しつけられ、金塊を未だ置くことなく、カグヤはとぼとぼ道を歩いていた。

 まあ、こういう服装も悪くは無いかもしれない。

 アイツは、果たして「似合っている」と言ってくれるだろうか?

「・・・いや、それはないの」

 一人で断言するカグヤ。

 以前も制服姿を見せた時にそう聞いたら、仏頂面で「似合っていない」と答えた。

「・・・この朴念仁ぼくねんじんめ」

 ここには居ない者を相手に、カグヤは悪態をつく。

女子おなごに『似合うか』と聞かれたら『似合う』と言うのが礼儀というものじゃ」

 頬を膨らませながら、カグヤは愚痴る。

 そういえば・・・と、そこでふと思い出す。

 以前この星に来た時も、似たような無礼な少年が居た。

 そう、「似合うか」との問いに、「似合わない」と答えた、無礼な、しかし、優しい、少年が・・・

 物思いにふけるカグヤは、その時気付かなかった。

 後ろから近づく自転車の気配に。




「うぅ・・・結局見つからねぇ・・・」

 疲労困憊した宮彦は、もう何度往復したか分からない通学路を、家に向かって歩いていた。 大きな川の向こう岸の町並みは、夕日に濡れて、赤く染まっていた。

「やあ、讃岐君・・・じゃないかな?」

 その声に振り向くと、自転車にまたがった磯野が片手を上げて近づいてくる。

「ああ、磯野か・・・」

「君も彼女のコレに振り回されたクチかい?」

 そう言って、一つの封筒を取り出す。

「金塊だなんて、彼女いったい何者なんだい? 一般人じゃあないように思えるんだが・・・」

 その問いに、宮彦は少しドキリとしながら、「さ、さぁ・・・」と宮彦は返す。

「うん・・・? あれは、安形さんじゃないのかい?」

 磯野の指さす方向、少し先を腰まで届く黒髪をなびかせて歩く少女の存在に、宮彦は気づく。

 あの長さからして、「カグヤか?」とも宮彦も思ったが、違う。

「いや、違うよ。アイツはあんな服持っちゃいない」

 カグヤは、あのようなフレアブラウスは持っておらず、所持している服と言えば、制服と着物が一着だけのはずだ。

 と、彼らの隣を、帽子を目深にかぶった男が通り過ぎていく。

「気持ちワリ―男だな」と思いつつも、特に気にも留めずにいると、少女の隣で自転車は減速し、手を彼女の待つ鞄へと伸ばす。

「な、何するんですか・・・離し・・・って!」

 と、そこで少女の声を聞いて彼らは気付く。

 安形美千代・・・カグヤだ。

 男は鞄をつかむと、カグヤを突き飛ばす。

「やはり、安形さんか・・・クソッ!」

 磯野は叫ぶと、自転車にまたがりペダルを漕ぎ出す。

 そこで磯野は見たのだ。

 鞄を持った男が、それほど大きくもない鞄の重量でフラついたのを。

 それだけの重量、入っているとすれば、金塊!

 磯野は今しがたカグヤから鞄を奪った男の自転車に追いすがるべく、ペダルを踏む足に力を入れる。

 ここで彼の名誉のために言っておくと、先ほど突き飛ばされたカグヤが、増水した川の中でもがいていることなど、彼は露知らなかった。

 知っていれば、まず彼女を助けた。

 彼は、そう、知らなかったのだ。




 苦し・・・い・・・

 昨日までの豪雨で増水した川の流れは、カグヤの華奢な体を容赦なく流して行った。

 泳ごうにも、服が水を吸い、中々思うように動けない。

 もがけばもがくほど深みに沈み、上下の感覚までも無くなってくる。

 もう、駄・・・目・・・

 薄れ行く意識の中で、カグヤは、何か温かいものが自らの手を掴み、引き上げるのを感じた。

 遠い昔にも、感じた感覚。

 そう、これは・・・

 意識を闇に飲まれながら、カグヤは過去へと記憶を飛ばす。




「ケホッ・・・ゲホッ・・・ゴホ・・・ああっ! クソっ!」

 何とかカグヤを川から引き上げると、宮彦は悪態をつく。

 水を吸った服は予想以上に重く、宮彦自身もだいぶ水を飲んだ。

「おい、アンタ、大丈夫か!? おい!」

 宮彦が体を揺らすと、カグヤは「ケホッ・・・ケホッ」と咳をして、大量の水を吐き出す。

「う、妾・・・は?」

 幸い意識もあるようだ。

「全く・・・心配掛けさせるなよ」

 ああ、そうか、とカグヤは思い出す。

 あの時自転車の男に突き飛ばされた自分は、そのまま川に落ち、宮彦に助けられたらしい。

「・・・すまなかったな」

 そう詫びるカグヤに、宮彦は少し驚いた顔になる。

「なんだ、今日はやけに素直だな・・・その服装と言い、悪いものでも食ったか?」

 その問いに、「ああ、そうかもな」と答えるカグヤ。

「なんだ・・・今日のアンタ、気持ち悪いぞ」

 と、その時、背後から足音。

 振り向くと、黒い鞄を抱えた磯野が引き返して来ていた。

「全く・・・無茶をするな、君は・・・」

 彼らの惨状を目に、磯野はため息をつく。

「もっとも、安形さんが川に落ちていたと気付かずに、そのまま追いかけて嬉しそうに鞄をひったくりからひったくっていた僕はもっと滑稽だがね」

 そう自虐的に話す磯野。

「そうでもないさ。ひったくりを追いかけるなんて、普通の人間にゃ中々真似できない。俺一人だったら逃げられてたさ」

 そう言って、彼の手元の先ほど奪われた鞄を指さす。

 確かに、ひったくりに向かって行った磯野の努力は恐れ入る。

 しかし、金塊に固執するあまり、カグヤが溺れていたと言う事に気づけさえしなかったという点で、磯野は自らを許すことができないようだ。

「で、この金塊だが・・・」

 黒い鞄を持ち上げると、磯野はそれを彼らの方に投げてよこす。

「・・・どういうつもりだ?」

「どういうつもりも何も、想い人の窮地に必死に金を追いかけているようなやつは、それを受け取るにふさわしくない・・・という事さ」

 そう言うと、彼らに背を向け、磯野は自転車の方向へ歩き出す。

「だが忘れるな、僕はまだ諦めたわけじゃあない。必ず彼女をモノにして見せるからな!」

 そう言い残すと、自転車にまたがり、磯野は去って行った。




「しかし、ひどい目に遭ったの・・・」

「全くだ、夏だからまだ良かったが、それでも早く家に帰って着がえないと風邪引きかねないな・・・」

 そう言うと、宮彦は「ぶぁっくしょぃ!」と盛大なクシャミをかます。

「それにしても、折角買ってもらった服が台無しじゃ・・・」

「うん? 買ってもらったって? 知らないやつに物貰うもんじゃないぞ・・・」

「雅子じゃから大丈夫じゃ・・・それより」

 と、カグヤは宮彦の方を向く。

「こんなにズブ濡れになってしまったが、似合って・・・おるかの?」

 しばしの沈黙。

「そうだな・・・似合って・・・」

 答えを待つカグヤ。

「似合っては、無いと思う」

 その答えに、「そ、そうか・・・」と、カグヤは声に失意の色を滲ませる。

 やはり、どのような服を着ても、コイツは「似合ってない」で済ましてしまうのだろう。

 そう、私のことなど、何も・・・

「・・・でもな」

 と、宮彦は付け足す。

「最初に着てきた着物・・・アレは似合ってたぜ?」

「・・・え?」

 キョトンとした顔のカグヤに、さらに宮彦は言葉を付け足す。

「そう言う服装だってさ、なんて言うかな・・・そう、今は着慣れてないからまだ少し堅い感じがするけど、着こなしていくうちに、似合ってくるもんさ」

「そう・・・なのか?」

「そんなもんさ・・・ま、顔もそれなりに良いしスタイルも悪くないんだからさ、慣れて行けば大体の服は・・・って痛てっ」

 事も無げに答える宮彦の肩を勢いよく叩くと、カグヤは急に駆け出す。

「おい、何すんだよ・・・」

 宮彦が明らかな抗議の声を上げると、カグヤは振り返って舌を出して、「あかんべー」をする。

「このっ・・・朴念仁!!」

 大声でそう叫ぶと、また前を向いて駆け出す。

「あのヤロウ・・・人が少々褒めたらつけあがって・・・待てコルァ!」

 宮彦も駆け出し、カグヤの後を追う。

 あの時カグヤの頬が少し赤く見えたのは、果たして夕陽のせいだったのだろうか・・・

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