【第九話】災いの難題
「はあ・・・」
と、自室の簡素な椅子の上であぐらを掻きながら、宮彦は深い溜息を吐く。
すると、カグヤが間仕切りから「ひょこ」と顔を出してくる。
「どうしたのじゃ一体・・・そなたにウジウジされるとこちらまで気分が重くなるではないか」
「てことは何か? 俺が溜息吐きまくったら、アンタはどんどんどんどんナメクジが塩かけられて縮むみたいに衰弱していくのか?」
「できるものなら」と、不敵に笑うカグヤ。
「というか、俺の今の悩みのタネを作ったのは、アンタなんだぞ?」
宮彦が「びしっ!」という擬音の響きそうなぐらい力強くカグヤを指さすと、当の本人は頭に「?」を浮かべたような顔になる。
「妾が何をしたのじゃ?」
「何って・・・あの四人を嗾けるとこまでは良かったが、何で俺までその難題とやらをやらされなければならないんだ? しかもこれで完全に俺はアンタの彼氏って認識されちまった」
今回、難題の話が出た時に、宮彦は自分は参加せずに楽できるものだと高を括っていた。
だがしかし、何故か宮彦にもカグヤは難題を出すと言い出した。
その上、公衆の面前で「宮彦は私の彼氏です」とも取れる発言をし、完全に校内での「カグヤの彼氏」という宮彦の立場を確立してしまった。
「ふむ・・・しいて言えば・・・」
「しいて言えば・・・?」
「面白そうだからじゃ」
「はぁ?」
面白そう?
「とりあえずそなたの苦しむ顔が見れれば、楽しそうじゃしの」
このっ・・・ドS姫めっ・・・!
宮彦は諦めたように溜息をつくと、質問を続ける。
「難題って言うからには、それなりに難しいんだろ?」
「まあ、それなりのモノは用意しているつもりじゃ。これを達成した者しか妾と付き合えんしの」
うん・・・? これを達成した者しか・・・?
「てことはさ・・・もし他のヤツが全員失格になっても、俺が達成できなかったら、俺は彼氏役から降りられる・・・って事だよな」
達成する事が彼氏の条件であるならば、例え宮彦以外の全員が難題を達成する事ができなくても、宮彦が難題を達成しなければ、彼氏役の席は空白となるのではないだろうか。
「馬鹿を言え、そなたを除く全員が達成できなかった場合、そなたは達成できてもできずとも、今の立ち位置のままじゃ」
「てことは、どう転ぼうが誰かが難題を達成しない限り、ずっと俺がアンタの恋人扱いって事・・・?」
自らを指さしながら、宮彦は問う。
「そう言う事じゃ」
「なんでだよ・・・」
宮彦の疑問に、カグヤは「仕方ない」といった顔をして説明を始める。
「まず、見たとこそなたには恋人がおらぬ」
余計なお世話だ。
が、間違ってはいないので宮彦は言い返せない。
「そして、妾は正体が露見するのを極力防ぐ必要がある」
そのためにわざわざ安形なんて偽名を使っているのだ。
月の事を知られないためにも、それは避けるべきである。
「そのためには、できるだけ妾の身近の人間は事情を知るものだけに限る必要がある。恋人ほど身近な人間ともなると、妾もボロを出さない自信はない。まあ、これは言い寄られても妾が断り続けることでも問題はない」
そして最後に、「とはいえ、言い寄られるのも面倒じゃしの」と付け加える。
「彼氏役がいれば言い寄られる可能性もないし、断る必要性も無い・・・か」
そのための彼氏役ということか。
「さて、明日のために難題作りに励むとするかの」
どこか不穏な笑みを見せながら、カグヤは間仕切りの向こうへと消えて行く。
「そうそう、もしそなたが失格となったら、クラスの全員にそなたに手篭めにされたと言うからの」
なっ・・・
「お、おい、ちょっと待ってくれよ・・・おい!」
結局、その日は一度も答えが返ってくることはなかった。
翌日、放課後の中庭で一二三と落ち合うと、その後次々と四人が到着し、最後にカグヤが現れる。
「さて・・・ここに六つの封筒を用意しています」
カグヤは鞄の中から茶封筒を六つ取り出し、説明を始める。
「好きな封筒を早いもの順で選んでもらって結構です。期限は明日から一週間。封筒を一度開けたら、私が失格とみなさない限り、棄権は認めません。それと、かなり危険なものも混ざっているので・・・まあ、せいぜいお気を付けになってください」
そう妖しい雰囲気でカグヤがそう告げると、皆が唾をのむ音が聞こえた気がした。
「あの僕・・・やっぱり棄権し・・・」
「あ、僕もついでに・・・」
「お〜いおい、ここまで来てそりゃあねぇだろ?」
拒否の意思を示すため、両手を挙げかけた大友と島だったが、阿部が「ガッシ」と二人の肩を掴み、制止する。
「ああ、それとですね、言い忘れてましたが宮彦君は最初から最後まで棄権はできません」
手を挙げかけた宮彦に、カグヤは追い打ちをかける。
命に関わるような目に遭うぐらいなら、まだあと一年と半年、学校中の人間から白い目で見られる方がマシだと思ったのだが・・・
このドS姫(元)・・・いつか必ず家から放り出してやる・・・!
ルールを確認すると、それぞれが封筒をカグヤの手から引いていく。
「そいやぁ!」
と勢いよく封筒の口を引きちぎる阿部。
いや、普通に開けろよ・・・と突っ込みたくなるが、宮彦はとりあえず流すことにした。
「なになに・・・マンホール(大型)を五個、素手で持って来い・・・?」
あーあ・・・
宮彦はあらかじめカグヤから当たりとハズレがあるとは聞いていたが、これは間違いなくハズレだ。
「くそぅ・・・やってやるよ!」
そう言いながら、のしのしと去っていく阿部。
「さて、僕のは・・・え、と・・・校長のカツラを剥ぎ取ってくる・・・?」
「ああ、気づかれたらその時点で失格ですからね」
大友が開けた封筒の内容を、ニコニコしながら補足するカグヤ。
彼らの学校の校長、大学時代にはラグビーサークルに入り、校長になるまで野球部の顧問をやっていたらしく、五十代後半にも関わらず、屈強な肉体をしている。
全盛期には、「暴れ竜」という良く分からないアダ名までついていたらしい。
が、肉体のトレーニングはできても頭皮のトレーニングは怠っていたらしく、カツラをかぶってはいるものの、既にその下は焼け野原であるという事を、ほとんどの全校生徒・教職員が知っている。
と、言う事は、すなわち死んでこいと言うようなものだ。
この少女、鬼である。
「まあ、そう落ち込まないで・・・僕のは・・・」
がっくりと膝をつく大友を慰めながら封筒を開けた島。
「え・・・紅龍関の茶碗を持ってこい・・・?」
紅龍関とは、現在相撲業界を賑せ、次の横綱とも目される存在である。
何のコネもない一般人では、いきなりそんな事を言っても、門前払いが関の山である。
「さーて、じゃ俺様は・・・え・・・?」
一二三が、封筒を開けるとともに硬直する。
宮彦が横から神を覗くと、外国のブランド名が紙一杯にビッシリ記されている。
「ああ、そのブランド名のバッグをすべて買って来てください」
宮彦の見たところ、どれも世界に名を馳せる有名メーカーであり、とてもではないが一つでも普通の高校生が手に入れることは、到底叶わないものだ。
ガックリとうなだれる一二三の肩に、宮彦はポンと手を置いた。
諦めろ・・・
「さて、残るは君と僕の封筒だけか・・・」
封筒を開けていないのは、宮彦と磯野だけとなった。
「二人同時に開けよう」
「・・・分かった」
そう言うと、二人は同時に封筒の口を破る。
すると・・・
「これは・・・」
「マジかよ・・・」
『一週間以内に一千万稼ぐこと・・・って、え!?』
二人の声が、微妙なイントネーションまで重なる。
「君もかい?」
「まさかアンタも?」
紙を覗き込むと、二つの紙には、全く同じ難題が書かれていた。
まさか、二人とも同じ難題とは・・・
全員が封筒を開けた事を確認すると、カグヤが声を上げる。
「さあ、皆さん難題は把握しましたね、では、今日は解散!」
カグヤの号令にも、未だ反応できない者がいた。