トランス
今回はトランスジェンダーの女の子と男の子が出てきます。苦手な方は回避してくださいね。
性的描写はありません。
「あんたって、生まれてくる前に大事なもん、落としてきちゃったのね」
大学生になり、一人暮らしをはじめた俺に、母は言った。
「いつかは落ち着くもんだと思ってたんだけど、まさか、ほんとうに男の子になっちゃうなんて!」
そう言って、わざとらしく顔を両の手のひらで覆った。
別に俺は性転換手術を受けたわけじゃない。体は女の子のままだ。高校の頃と、そう大きな違いはないと思う。
まあ、あの頃は制服でスカートはいていた。それにまだ、自分の心が完璧に男であると周囲にカミングアウトはしていなかった。
バレンタインにチョコもらっちゃうような、ボーイッシュでカッコイイ(いや、まわりからそう言われただけだからね)女の子。って、思われてたんだろうなあ。
それだって悪くはなかったんだけど、大学生になったら、自分を隠さずに生きていこうと決意したのだ。
「清水葵です。えー、体は女ですが、セクシャリティーは男です」
俺の自己紹介に、同じ学科を専攻する同級生たちはざわめいた。
理解されないのなら仕方がない。そう思っていたのだが、先制パンチが効いたのか、周囲にはわりとすんなり受け入れられた。大学バンザイ。高校生じゃ、こうはいかなかったと思う。
「お前といると、ほんと、女といるとは思えねえわ」
だから俺、男だっての。頭悪いのか? という感じの、アホな友人も出来た。
けれども確実に眉をひそめているやつだっている。すべての人が理解してくれるとは思っていないから、それほど凹むこともないけどな。生理的に受け付けないってやつもいるかもしれないしさ。
そんなある日、俺が学食で一人空き時間を潰していたら、女の子が近づいてきた。挨拶もなしに、隣に腰を下ろす。
「あなたね? 清水葵、くん?」
その女子を一瞬ちら見して、うわ、レベル高っ! って思ったね。くるんと揺れる前髪。パーマのかかった茶色い髪は、左側でリボンでまとめられてて、耳の脇には後れ毛。タイトめのトップスにふわふわフレアのキュロットショート。めちゃ足キレイ。
ニコニコはしてるけど、ちょっと、唐突過ぎて俺は引く。何のつもりで話しかけてきたのか読めねえ。
「ねえ、あなたって、性同一性障害なんでしょ? そっちの学部の友だちに聞いたの」
「あんた、誰?」
興味本位かよ。思いっきり眉をひそめて、不機嫌そうな声を出してやった。女はビクッと肩をすくめると、ほんのりと頬を染める。
「私、大林希。えっと、違うの。私もなの」
俺は首を傾げて、希をまじまじと見た。
「私は、あなたみたいにカミングアウトしてないの。高校では、診断書書いてもらって、女の子として学校に通ったの。大学ではね、私が男だってことは、内緒にしてるの」
希は少し俺に身を寄せて、小声で言った。
俺よりも少し小柄な彼女は、どこからどう見ても女だ。あ、たしかに胸はないかも。
出来たらお友達になりたくて、と希は言った。
お仲間に出会ったのははじめてのことだったから、俺はうれしかった。
急速に仲良くなる俺らのことを、カップル扱いするやつもいるが、お互いそういう関係になるつもりはない。そんな関係になったら、貴重な友達がいなくなってしまうじゃないか。
別に俺から希に何かを相談するようなことはなかったが、逆はよくある。希の恋の悩みに、ふんふんと、相槌を打ってやるのは嫌いじゃない。そうこうするうちに希も親しい友人には自分の性について打ち明けるようになっていった。
それに、仲良くなっていくうちに判明したのだが、なんと俺と希の誕生日が同じ日だったのだ。
「マジか!」
固まる俺。
「希、浪人とか……」
「失礼ね。してないわよ!」
希はぷん、と頬をふくらませる。
お前だったのか。俺は心のなかで『オーマイガッ!』と叫んだ。
「お前、俺の落とし物拾ったんだな?」
そう漏らしたつぶやきに、希ははじめ、キョトンとした顔をしていたが、すぐにニコッと笑うと「葵もね」と言って、俺の胸を指差した。
<了>
というわけで、今月も選外でした。ちくしょー、ネタ帳代わりに書き続けてやる!(笑)
ではまた来月、お会いしましょう。来月のお題は「消しゴム」です。よかったら皆さんも書いてみませんか? 消しゴムを使った短編。





