雪まつり
レビューをいただきましたので、そちらのお礼の小説です。
一年以上前に書き上げていたもので「なろう」に載せております「孤独」という中編小説が元ネタとなっております。
おいていかれた子どもサイドのお話を、短編用に仕立て直しました。
縫うような山道の先に小さな集落があった。
老人ばかりのこの集落で、清一は最も若い男衆だ。若いとはいっても、今年六十になる。
清一はこの集落の出身で、東京の芸術大学を卒業し、画家となった。今は故郷に戻り、廃校となった小学校をアトリエとして活動している。地元の大学の芸術科にも講師として週に数回通っており、大学へ行くときは一時間以上をかけ山を下りる。
そんな清一を慕う教え子たちがこの山の中の集落を訪れるようになり、静まり返った山中にささやかな賑わいをときおり運んだ。
二月の集落は、人の背丈を超えるほどの雪に閉ざされる。音すらも雪に閉じ込められたかのように、静寂があたりを包む。
けれども今日は、清一と芸術家を中心とした仲間たち、そして彼を慕う教え子たちによって、手作りの雪まつりが行われており、人々の歓声が幾重にも山にこだましていた。
アトリエである元小学校の校庭には、斜面を利用して作った巨大な雪のスライダーが姿を現していた。歓声をあげながら滑り降りてくる子どもたち。子どもたちばかりではなく、大人も童心に返って笑い声をあげ、大いにはしゃぐ。
山を下り、この集落から出て行った者も、子や孫を連れて帰ってくる。なかにはわざわざ休暇を取って、雪まつりに合わせて帰ってくる者もいた。
芸術科の講師や生徒がかかわっているのだから、雪像もかなり完成度の高い物になっている。積みあがった雪の壁に、壁画のように出現した雪像郡は、いつか溶けてなくなってしまうのが惜しいほどの出来栄えだ。
雪上運動会やら、餅つきまで行われる。餅と一緒に、清一の妻である早苗の指揮のもと、女性陣が作った豚汁も安価でふるまわれた。
四駆の車でなければ登ることもままならないような山奥に、人々の笑い声が満ちていく。
人の住まなくなった住居を押しつぶし、廃墟としてしまうほどの雪も、この日ばかりは人々に暖かな思い出を残していった。
楽しいひと時が過ぎ、潮が引くように人々は雪まつり会場を後にしていく。
「せんせー! 先に自宅の方に登ってますね!」
清一の教え子が片づけを終え校舎を後にする頃には、辺りはうっすらと暗くなり始めていた。残っている生徒たちは、清一の家に宿泊することになっている。
「父さん、颯太をみなかった?」
体育館に設置したストーブの火の始末をしている清一の元へ、息子の豊がやってきた。颯太というのは、十歳になる豊の息子で、清一からすると孫にあたる。
実のところ、颯太は豊の息子ではない。
幼い颯太を残し、大雪の降った晩に行方不明となった豊の双子の兄、稔の子どもだった。
本当は清一が引き取りたかったのだが、山の中での子育ては何かと不便だろうと、まだ結婚もしていなかった豊が引き取り、男手ひとつで育てている。
「いや、そういえば見てないな……」
清一は窓の外に目をやる。灰色の空。灰色の世界。
「学生たちが家に戻ってるはずだから、そっちにいないか電話してみようか」
この地域は携帯電話がつながらない。
豊はアトリエの入り口に設置された、黒電話の受話器を握った。
電話口に出た学生からは颯太はまだ家には帰ってきていないようだという返事が返ってきた。何人かに確認をするも、颯太の姿を見たものはいない。
集落に残った者たちは、合羽を着こみ、長靴をはいて、颯太の名を呼びながらあちこち探した。学校と家には連絡係として数名ずつが待機している。
一度沢の方へ降りてみたのだが、颯太らしい影も形もなかった。
一旦アトリエのある校庭へ戻ると、そこへやってきた女子学生が校庭の東側の山を指差して言った。
「先生、あれ、なんでしょう?」
降りしきる雪の向こうに、ぽおっと光るオレンジ色の明かりが見えた。小さくなり大きくなりしながら揺れているように見える。雪に邪魔されてはっきりとは見えないが、確かに光る玉が見える。懐中電灯の光にしては大きすぎるようだった。
「狐火」
集落の老人たちからよく話には聞いたが、清一も狐火を見るのは初めてだ。
「あれは、神社の方だなあ。俺が行ってくるから、君はここで報告に来る者たちに伝言を頼む。暗くなってきたから、むやみに動かないで待機しているように言ってくれ」
蒼い顔で頷く学生をおいて、清一は校庭を後にした。曲がりくねった坂道を下り、また登る。
「父さん!」
後ろから息を弾ませた豊が追いついてきた。
「他のみんなは家に戻ったよ」
清一も荒い息を吐きながら、追いついた豊にただ頷いてみせた。この先に、颯太がいる。清一も豊も何故かそう確信していた。
はたして、カーブを曲がり神社の鳥居が見えてくると、そこにぽつんと立つ颯太が見えた。
「颯太!」
清一と豊の声が重なる。
「あれ? お父さん?」
颯太がきょとんとした声を上げた。
「あれじゃない! 心配してみんな探したんだぞ! 黙っていなくなってはダメじゃないか!」
「え? え? だって、だって……さっきまで、俺、お父さんといたよね?」
父の剣幕に驚き、涙目になって颯太は訴えた。
「……なんだって?」
清一と豊は顔を見合わせた。なぜなら、豊はずっと雪まつり会場にいたのだから。
その夜、疲れたらしい颯太は思いのほか早くに布団に入った。
毎年雪まつりの晩は、学生や手伝いをしてくれた知り合いたちが清一の家に集まり、大宴会となる。
「颯太と一緒にいたのは……稔だったんだべかなあ?」
いい加減で酒のまわったころ、一人の老人が言った。
「んだべなぁ。息子見に来たんだべ」
隣にいた老婆が答える。
「颯太君は、豊さんのお子さんじゃ……ないんですか?」
手伝いに来ていた学生が遠慮がちに聞いた。
「んだよう。しらねかったかい?」
老人たちはさも当然のように答える。
「双子の兄の稔の子どもでね。稔は雪の晩に行方不明になって、俺が一人残った颯太を引き取ったんだよ」
「颯ちゃんの母ちゃんは、なんせ雪女だったからなあ」
「雪女! まさかぁ!?」
「稔本人が言ってたんだよ」
にぎやかだった学生たちがしんとして、話に耳を傾けていた。
「あいつは東京の大学に行くと、こっちには一度も戻ってこなくてなあ。連絡すら無くて……。で、卒業してしばらくしたら颯太連れて戻ってきて」
「え? お母さんは?」
「ここにいるだれも見たことないんだよ」
「幼いころに助けてもらった雪女と、東京で知り合って結婚したんだと言い張るんだ」
「稔さんはどうなったんですか?」
「こっちに戻って、三年後くらいだったべかなあ?」
「んだな。ある夜に、跡形もなくいなくなっちまったんだ。合羽と長靴がなくなってたから、外さ行ったんだべってことで……」
「探したけどみつかんねかったない」
老人たちが言い、清一は頭をかいた。
「そういやあ、スミイさんは見つかったんだべ?」
「ああ、スミイさんはいなくなって三年目にめっかったない」
「いやいや、沢ん中で亡くなってらったない」
「集落のすぐそばだったべした?」
老人たちの会話に若い学生はぶるると震えて、無意識に自分の腕を抱いた。
「おめたちも、狐やら雪女やらに化かさんに様にせねばな!」
恐ろしいことを言いながら、老人たちは声をあげて笑う。
「んでもよう、豊君も颯ちゃんを抱えて大変でねえかあ?」
「いいえ、雪女の子どもを抱いた男は幸せになれるっていう言い伝えがあるじゃないですか」
豊はニコリと笑って答える。
「颯太が来てから、俺はついてるんですよ。託児の心配のない職場を見つけられたし、みんな颯太をかわいがってくれる。何故か決して困るようなことがないんです。きっとどこかで、稔と雪女は颯太を見守っているんじゃないかと思うんですよ」
一瞬の沈黙がおりて、暖かい家の中で薪ストーブがゴトンと音を立てた。
外は今でも、しんしんと雪が降り続いている。
この集落に住む人々を優しく包み込むように。
〈了〉
 





