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花言葉ものがたりより「椿」
あれはどなたの主催の夜会であったか。
初対面の男が不躾に声をかけてきた。
「やあ、君は君自身というものをまったく分かっていないらしい」
「あなた、誰ですの?」
胸の内に芽生えた不快感を押し殺す。
「君の父上の古くからの友人だよ」
燕尾服が良く似合うその男は、私の父よりもずいぶんと若く見えた。
「君の家の乙女椿の生け垣は、今もまだあるのかい?」
「もちろんですわ。あれは父が私のために植えてくださったもの……」
男は私が言い終わる前に、出し抜けに笑い出した。
「あのさえない男は、君にそんな風に?」
そしてまたひとしきり嗤う。
「あれは君、彼女を閉じ込めるための檻さ。控えめな女。優しい女。君にふさわしい花。あの男は自分の妻に呪をかけたのさ」
男の言う父の妻が、私の亡くなった母であると理解するまでに少しばかりの時間を要した。
「君には似合わないな」
男の手が乙女椿の髪飾りを抜き取る。
かわりに飾られたのは、どこかで手折ってきたらしい白い椿の花だ。
「君、本当の自分に逢いたければいつでも訪ねておいで」
男の背中を見送る私の手に、一枚の名刺が残されていた。





