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こんなプロポーズ、いかがでしょう?

 夏休みの前日だった。

 突然小太郎が「紅美ちゃん。僕の実家に一緒に来てもらえないかなあ?」って言った。

 大学一年の夏休み初日から同棲を始めたから、ちょうど『同棲三周年』になるところだった。


 出会いは、桜が満開を少し通り越した頃。

 小太郎は大学へと続く桜並木で立ち止まり、ぽけっと空を見上げていた。柔らかなピンク色の風景の中で、小太郎だけが、私の目には浮き上がって見えた。

 ちょっと開いた口元も、ふっくらしたほっぺたも、やさしい色をしたくせっ毛も、全てがとてもかわいらしかった。

 かわいいという言葉に気分を悪くする男性もいるらしいけど、私の小太郎はそんなことで気分を悪くするような男じゃない。

 要するに、私の一目惚れだった。

 同棲を始めたのだって、夏休み前日の飲み会で酔いつぶれた小太郎を家まで送っていってあげたのがきっかけ。

 それ以来、私は小太郎のアパートに住み着いている。

 まあ、あの時まだ私たちが二十歳前だったというのは、時効ということにしておこう。

 いつでも私から押しまくっていたので、今回の小太郎の誘いは、小躍りしたくなるほど、うれしかった。




 夏休みに入ってしばらくすると、約束通り、私達は二人で小太郎の実家へと向かった。

 電車をいくつか乗り継いで、小さな小さな駅にたどり着く。

 狭いホーム。だれもいない駅舎。

 駅の前にはぽつんとバス停が一つ。

 電車の到着を待っていたかのように、バスが一台停まっていた。

 バスももちろん小さなマイクロバスで、私と小太郎が乗り込むと、運転手さんがくるりと振り返って


「小太郎じゃないか! 久しぶりだなあ」


と、声をかけてきた。


「うん。大学に行ってから一度も帰ってなかったもんね。久しぶりです」


って、小太郎も答えている。


 お客は私と小太郎のふたりだけで、走り出したバスは、あっという間に山の中へと入っていく。

 くねくねと曲がりくねる山道。ガードレールのないところを通るときは、怖いくらいの細い道だった。

 こんなに山の中だなんて知らなかったから、ちょっとだけびっくりした。もちろん小太郎からは「けっこう田舎だから、びっくりするかもしれないよ」っては言われてたんだけど、想像以上だった。

 小一時間バスに揺られていたけれど、お客さんは誰ひとりとして乗ってこない。

 どんな田舎に到着するのかと思っていたけれど、バスの辿り着いた場所は、かなり大きな集落のようだった。


「こんな山奥に、こんなにたくさん家があるなんて!」


 キョロキョロとあたりを見渡す。

 バス停のすぐそばに、広場のある少し大きな建物があった。


「この建物は、この集落の学校なんだ。僕もここで学んだんだよ」


 小太郎は懐かしげに木造平屋の、校舎としたら小さめだろう建物を、しばらくの間見つめていた。


「あ、ごめんね、行こうか。僕の家は、まだもう少し先なんだ」


 荷物はリュック、靴はスニーカーにしてね、と小太郎が言っていた意味がよくわかった。


「あれー! 小太郎じゃないか?」

「元気だったか?」

「彼女かあ?」


 なんて、通行人つうこうにんに声をかけられて、小太郎は耳まで真っ赤にしている。


「いや、その、ちが……」


 ちがう、と言いそうになった小太郎は私を振り返り、そしてさらに赤くなる。


「あ! コタ兄ちゃん」

「久しぶりじゃんか!」


 子どもたちも、たくさいる。これだったらたしかに、学校があってもおかしくない。

 それでもやっぱり田舎なんだろう。村の人達はみんな、小太郎のことを知っているみたいだった。

 私と小太郎は、声をかけられたり冷やかされたりしながら、坂道を登った。

 山の上だから下界よりは涼しいのだけれど、それでも夏の日差しは熱い。

 坂道を登れば、じっとりと汗ばんでくる。


「ほら、この水飲めるんだよ」


 道路の脇の流れの中に手を突っ込む小太郎の真似をする。

 冷たくて、気持ちがいい。


「まだ歩くの?」


 私が聞くと、小太郎は「ここまで来たらもうすぐ」と、道の先を指さした。

 そこには、一軒の家があった。

 家の前にはよく耕された畑があって、一人の女の人が作業をしている。


「お母さーん!」


 突然小太郎が叫んだ。

 麦わら帽子をかぶって、作業をしていた女性がこちらを振り向く。


「小太郎、おかえり」


 白いエプロン。麦わら帽子。そこからのぞくゆるくウェーブした柔らかそうな髪。ふっくらと可愛らしい人。

 ああ、この人、小太郎のお母さんなんだなあ、って思った。

 それにしても、まるでおとぎの中みたいな場所。

 現実なのかと、首を傾げたくなる。


「あなたが紅美さん。はじめまして、小太郎の母です」


 ふわりとした笑顔。


「お母さん、僕さ、紅美ちゃんに話があるんだ。先に家に入っててもらえる?」

「あら、わかったわ。紅美さん、こんな山奥まで来てくれて、ありがとうね」


 お母さんはそう言うと、山小屋みたいな三角屋根の家の中へと入っていってしまった。

 小太郎は畑の中を歩き出す。

 畑には野菜だけでなく、花も植えてあって、特にラベンダーはたくさん咲いていて、辺りに独特な匂いを漂わせていた。

 ラベンダーの花に囲まれて、背中を見せていた小太郎が、くるりと振り返った。


「紅美ちゃん」


 今まで見たことがないくらい、真剣な顔をしている。

 いつものふんわりとした笑顔も、どこかに消えちゃうくらい。

 思わず私はその場で立ちすくんだ。


「紅美ちゃん、あのね、僕、紅美ちゃんのことが大好きだよ」

「私もよ」


 ゴクリと、小太郎の喉が音を立てた。


「僕ね、紅美ちゃんに話さなくちゃいけないことがあるんだ」

 眉間にシワを寄せて、拳をギュッと握りしめて。


 ポンッ!


 そんな音がしたわけじゃないけれど、効果音を入れるとしたら「ポンッ!」意外にはないだろう。

 小太郎のいた場所には、一匹のたぬきが二本足で立っていたのだ。


「あのね、紅美ちゃん。僕、たぬきなんだよ。ごめんね、びっくりしたよね。だから、もし紅美ちゃんがこんな僕とでも一緒に生きてくれると言うなら、僕の方に一歩踏み出してくれるかい? もしも、たぬきなんかとは生きていけないと言うなら、そのまま一歩下がってくれればいいよ。そうしたら、紅美ちゃんは元通りの大学生だよ。僕のことも忘れて、普通の……大学生に戻るんだ。たぬきにだって、そのくらいの力はあるんだよ」


 たぬき(小太郎)は、プルプル震えていた。

 私は前進もしなかったし、後退もしなかった。そのかわり、その場で一つ、とんぼ返りをしてみせた。


 ポンッ!


「く、……紅美ちゃん!?」

「小太郎。私も言わなきゃいけないことがあるの。まあ、見てわかると思うけど、私、キツネなのよ。でね、小太郎くん。私からも言わせてね。こんな私でも良かったら、一歩前に出てくれる?」


 どんぐりみたいなタレ目を見開いた小太郎は、よろけるように一歩前に出た。


 ポンッ!

 ポンッ!


 私と小太郎は、同時に人間の姿に戻ると、ぎゅっとお互いを抱きしめあった。

 

 三年目の、プロポーズ。

 夢みたいなお話ですって?

 いいじゃない。

 夢の入り込む隙間すらなさそうな現代だって、こんなおとぎ話が、きっとまだどこかに隠れているのよ。


 一歩前に踏み出せば、きっとあなたにも見つかると思うわ。

『カクヨム3周年記念選手権~Kakuyomu 3rd Anniversary Championship~』8日目参加作品

お題「三周年」

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