蝉しぐれの降る
美しい君に僕は恋をした。
君は満開の花の下のベンチに座り、本をめくっていた。
若草色の栞を指に挟み、静かな視線が文字を追う。
出店もない小さな公園だけれども、桜の花が公園と道路の境目をピンク色に縁どっていて、近所の住民がささやかなお花見に訪れる。
みんなは花を見るために、僕は君を見るために。
ピンク色の甘い空気と一緒に、君を瓶に詰め込んで、ずっととっておければいいのに。
僕の心のビンの中には桜の花と君の姿。
やがて、いたずらな風が花弁を散らしていく。公園の散歩道には桃色のじゅうたんが敷き詰められる。
日差しが強さを増し、君の姿が消えた。
時折見かけた電車のなかにも君の姿を見ることが無くなった。
君と同じ制服を着た女の子はたくさん見かけるのに……。
ぽっかりと空いた心の中に雨が降っている。
降り続けて、僕の心の中は水浸しなのに、夏の日差しが強いから、どんどん水を蒸発させて、やっぱり僕の心はカラカラだ。
カラカラな僕の心の中に、瓶詰の思い出だけがみずみずしく、浮いている。
君のいたベンチに腰を下ろした。
その時、僕の耳奥に蝉の声が届いた。
ああ、気が付かなかった、蝉時雨。こんなにめいいっぱい鳴いていたのに……。
僕は顔をあげた。
刺すような陽の光と、蝉の声が僕に振りそそいでいた。





