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夜想曲

 だれもいない音楽室。

 私はピアノの前に座る。


「さよならノクターン。また、恋におちたら弾いてあげる」


 心の中で、そう話しかけてから、私は鍵盤に指をゆっくりと落とした。


 ◇


 ショパンのノクターン二番を弾くと、甘くて、優しくて、温かい日向の恋の薫りがする。


「この曲、ママとパパの思い出の曲なのよ。高校生の時、パパがリクエストしてくれてね、ママなんて、ピアノ下手くそだったのに、毎日何時間も練習して、パパの誕生日にプレゼントしたのよ」


 なんて甘いエピソード。

 こんな話を聞いて育ったからかもしれない。恋する気持ちが音楽になったなら、きっとこんな音色なんだと、いつの頃からか思っていた。


 ◇


 小さい頃からピアノは嫌いじゃなかった。

 一生懸命練習したら、それだけ確実に上達する。

 中学生になってしばらくした頃、新しい先生を紹介された。男の先生だった。

 ピアノの先生というと、女の人だと思っていたから、少し驚いた。

 初めて会ったとき、眼鏡の奥の目が、ラクダに似てるな、と思った。

 ラクダって、まつげがすごく長くて、優しい目をしている。ふれあい動物園で見たことがある。

 あのラクダのまつげに勝てるのは、ママの本棚にある少女漫画の主人公しかいないんじゃないかと思ってたんだけど、どうやらそれは間違いだったらしい。だって先生は、ラクダにも少女漫画の主人公にも負けないくらいの綺麗な目をしていたから。


「和音さん、発表会でなにか弾きたい曲はありますか?」


 って聞かれた時、私の中にはあの恋の音色が流れていた。


「ショパンの……ノクターン……」

「ショパンのノクターン?」

「はい。ショパンのノクターン。二番を弾きたいです」


 まだ無理ですよって言われたらどうしようって、ドキドキしていた。


「ああ。有名なやつですね。まあ、ノクターンなら弾けるんじゃないかな?」


 私は嬉しくて、一生懸命練習した。

 有名な曲だから、間違えないように頑張りましょうねって、先生に言われたから、これでもかというくらい、時間をかけて丁寧にさらった。

 慣れてくると、指は勝手に動いてくれる。

 そうすると私は、メロディーを感じながらいろいろなことを考え始める。ただ、ショパンの二番目のノクターンを弾くときは、いつも先生のことばかり考えてしまう。

 だって、これは恋のメロディだから。


 だけど、私の恋は長くは続かなくて、発表会当日に突然終りを迎えた。


 演奏を終えた私に、女の人が声をかけてきた。

 その人は発表会の手伝いをしていた人で、短い髪で、マニッシュなスーツを着こなしていた。その人が話しかけてきた時、思いがけないほど甘やかないい匂いがして、私ははっとした。


「あなた、和音ちゃんね? すごく上手だった。ちゃんと歌って弾けてたわね」


 って言われたけれど、私はちっとも嬉しくなかった。

 だって、先生とその女の人が舞台袖で密やかに言葉をかわしているのを見てしまったから。そして、わかってしまったから。

 恋人同士なんだって。


「あのスーツ着てお手伝いしていた女の方。先生の奥さまなんですって」


 って、ママから聞かされたときは、やっぱりって思った。


 それ以来、ノクターンの二番を弾くと、心の中が切なさでいっぱいになって、きゅっと心臓が小さく痛む。


 だから、しばらくサヨナラしようと思う。

 だって、二番のノクターンには、やっぱり優しい恋が似合うと思うから。


「さよなら、ノクターン」


 いつか素敵な彼氏が現われるまで。

 きっと、ほんの少しの間だと思うわ。


<了>

カクヨム三周年記念選手権 第二回 お題「二番目」に参加した作品に、加筆修正しました。

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