表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/59

ブランコ

ちょっとホラー風味。でも、あんまり怖くはないです。

 年老いた両親と同居をはじめて、数ヶ月が過ぎようとしていた。


 長年連れ添った夫と離婚。一人娘は県外の大学へと進みそのまま就職。いままで両手いっぱいに抱えていたものすべてが、まるで幻だったかのようなやるせなさとともに、わたしはたった一人で、この懐かしくもどこかよそよそしい実家へと戻ってきたのだった。


 春の終わりに故郷へ戻り、夏が過ぎ、秋になる頃、私はあることが気にかかるようになっていた。


 両親は、年老いたといっても身の回りのことぐらいなら出来たので、私は近くのコンビニで日中はバイトをしている。朝食後に出掛け、夕飯の支度前には帰宅する。早朝や夜はシフトから外してもらったが、その代わり土日には店に出ていた。


 バイトから帰り、庭を通って玄関へと向かう。そう、それは、いつもその時に起きるのだ。


 塀とフェンス、生け垣に囲まれた実家の庭。

 バイトから家に帰り、門を静かに押し開けて、玄関まで続くコンクリートの細道を進む。右手に広がる庭には芝がはられ、木製のベンチタイプのブランコがある。

 わたしは、子どもの頃そのブランコが大好きで、毎日のように乗っていた。ブランコの上でおやつを食べたり、絵本を呼んだりする。私よりも十も年上の姉がいて、時折後からブランコを押してくれる。


 キイ……。キイ……。 


 わたしは門を閉めて、コンクリートの細道を歩く。そのブランコを通りすぎようとするとき、必ずそれは起こるのだ。どんなに穏やかで風のない日でも。わたしが通りすぎたその時だけ。


 キイ……。キイ……。

 ブランコが軋みながら揺れる音がする。


 初めは、気のせいだろうと思った。たまたまだろうと。

 でも、わたしが通り過ぎるとき、必ずブランコは揺れる。

 いや、わたしは揺れるのをみたことはないのだ。振り返ると音は止み、ブランコはピクリともせずに、いつもそこにある。

 いつもいつも。

 何度か振り返ってみたが、徒労に終わった。

 だから今では、振り返りもしない。


 キイ……。キイ……。


 その音を聞きながら、家の鍵を開ける。 


 ――姉さん。

 わたしがせがむと、嫌な顔もせずにブランコを押してくれた姉さん。


 姉は二十代半ばで結婚をした。女二人姉妹だったため、彼女は婿養子を迎え、この家に入った。

 義兄は豪快な人だがいい加減なところがあり、面倒見がいいために、家にしょっちゅう同僚を連れ帰るような人だった。折り目正しく真面目な両親とぎくしゃくしだすのに、そう時間はかからなかった。

 そんな家庭の雰囲気がいたたまれず、わたしは大学進学と同時に家を出て、その後は家に寄り付かなくなってしまった。


『大学はどう? 困ったことはない?』


 時折電話でそう聞いてくる姉。けれども、家から逃げ出した罪悪感も手伝って、わたしはいつも急くように電話を切った。

 結局一度もわたしは実家に近寄ることはなかった。


 姉が死を選び、帰らぬ人となるまで。


 話を聞けばよかった。一緒にいればよかった。


「姉さん」


 ブランコに背を向けたまま、呼びかける。


 ブランコの音が止まる。


 今振り返ったら、あなたはそこにいるの?

 ねえ、笑ってる?怒ってる?泣いている?


 わたしは背後に誰かが立つ気配を感じた。とても近くに。そう、とても近い。


 秋の夕暮れ、かさかさと枯葉が音を立てて、しん、と冷たい空気が私を包み……。


「姉さん……」


 ほおを涙が伝う。

 振り返ることも出来ないまま、わたしはそこに佇んでいた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ