駅長さんと切符
木漏れ日のなか、蝉時雨が赤いトンガリ屋根の駅舎に降り注ぎます。電車のやってくることのないホームは、時間から取り残されてしまったかのように、静かで穏やかです。
路線は廃線になってしまいましたが、お客様は結構いらっしゃいます。
「うわぁ、かわいい。写真撮ろうよ」
ほら、またお客様です。私も駅長としてお出迎えをしなければなりません。
――ようこそ山中駅旧駅舎記念館へ。
「あ、これだ、夢の叶う切符」
――そうです。皆さんのお目当ての、昔懐かしい厚くて硬い切符です。
セーラー服を着たお客様たちは、発券機にコインを入れます。出てきた切符の発車駅は、この山中駅。行き先は印字されていません。行き先に自分の夢を書くと、それが叶うという噂が広まって、たくさんのお客様が、この小さな駅舎を訪れるようになったのです。
女子高生のお客様達たちは、次々に切符を買われます。合格祈願に違いありません。
「待合室カフェでケーキ食べていこうよ」
「ここの手作りジンジャーエールが美味しいってママが言ってたよ」
――よくご存知で。この記念館のもう一つの人気の秘密は、このカフェです。東京からIターンでいらっしゃったシェフが、腕をふるって下さいますよ。
女子高生の背中を見送ると、私は振り返りました。発券機の前で一人の青年がじっと立っています。あの女子高生の皆さんが来る前からそこにいらっしゃるのですが、ちっとも自販機にお金を入れようとはしないのです。
「どうかなさいましたか?」
私は声をかけました。
「夢が叶う切符……」
「お客様は、買われないのですか?」
「ってさ、こんな切符買ったからって、夢が叶うわけないじゃん」
私はお客様の顔を覗き込みました。青白い顔で、目の下にクマもあります。
「もちろん何の努力もしなくては、夢はかないません。でもお客様は、十分に努力をなさっておいででしょう? この切符はそういう人の、最後のひと押しをしてくれるのですよ。よろしければ私のパワーを込めましょうか?」
私の言葉を聞き、お客様は思い切ったようにコインを投入なさいました。自販機から吐き出された切符を、私はお客様の手ごと両手で包み込みました。
「私のハンドパワー入りですよ」
その男性は小さく笑って、帰っていきました。私の姿を見ることができるお客様でよかったと思います。
自転車で去っていく彼を見送っていると、入れ替わりに麓の寺の坊様が、こちらへとやって来るのが見えました。
「よう、駅長さん、今日はあんたに会わせたい人を連れてきたんだよ」
坊様の袈裟の後ろから、小柄な女性がひょっこりと姿を表します。なんとまあ、私のかつての妻、ヒサさんではありませんか。
「清治さん! もうとっくにあの世に先に行っていると思っていたのに、まだここで駅長の仕事をしてらしたんですか?」
「だって、この駅が心配だったんですよ」
「駅長さん。相談なんだが」
この坊様は、私を見ることが出来る上に、会うたびに説教をするのです。
「ヒサさんはこの春九十二歳で亡くなってな、新盆が終わったからあっちへ行きなさるとさ。あんたもそろそろあっちへ行かねば、地縛霊になっちまうんでねえか? 駅はもうあんたがいなくても大丈夫さ」
そう言われると、不安になります。私は、私の大切な駅舎をぐるりと見回しました。
「そうですね。駅にお化けが出るなんて噂になってはいけませんね」
「まあ、うれしい。では一緒に」
魂となり、若返ったヒサさんに手を引かれて、駅のホームへと出ました。
「ああ!」
私は思わず身を乗り出しました。向こうからやってくるのは、あのなつかしい汽車です。煙を上げて、汽笛を鳴らして、こちらへとやってきます。
「お二人さん、忘れてっつぉい」
後ろから坊様の手が伸びてきました。そこには二枚の切符。
私とヒサさんは、それを受け取ると汽車に乗り込みます。ワクワクとしてきます。私とヒサさんはもっと若返ります。二人とも、もうとっくに子どもの姿なのです。
汽車が発車します。
果てしない空に向かって。
――ああ、まるで大好きだった銀河鉄道のようだ――
汽笛が鳴り響く! 旅立ちの時だと。





