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ランナー

スポーツもの。陸上。2015年に作ったお話を軽く整えたものです。

 スタンドから、競技場を一瞥する。


 ────マジで決勝に残ってるんだろうな?


 そんなことを考えながら腕時計に目を走らせる。


『今年はインハイも夢じゃないって! 絶対見に来いよ』


 高校時代の友人、都筑つづきはそう言った。

 大体あいつは、昔から強引な奴だった。

 当時、すでに柔道部入りを決めていた俺は、あいつの熱意にほだされて陸上を始めた。何故俺を勧誘したかといえば、体育の授業での五十メートルのタイムがクラスで二番目に速かったからだそうだ。一番早かったのは都筑自身だ。


『柔道やんの? うっそ。おまえそんなガリガリで柔道? 柔道ってあれでしょ? 山下とか、斎藤とか篠原とか……』

『いやおまえ、体重別だから……。団体戦だって、体重で順番決まるし』

『でもさー、おまえ絶対短距離向いてるってー。陸上やってないのにそんなに速いんだろー?』

『いや、中学は陸上部なくて、特設でやってたけどさ』

『まじ!? すげー。な? な? 体験だけでも、きてみろよ!』


 いつもニコニコしてるくせに、すげえ押しが強かった。

 

 結果から言えば俺たちの年代は、学校始まって以来、四継での県大会出場を果たした。(まあ、それまで地区大会敗退ばかりだったということだ)俺たちの母校、県立山都高校が県大会にまで出場したのは、後にも先にも俺たちの代だけだ。

 有言実行。

 都筑はいつでもニコニコしながら、すごいパワーで俺たちを巻き込んでいく。


 ……まあ、県大会では決勝で敗れたのだが。


 その都筑は「部活指導が夢だった!」と、教員免許を取り高校教師になり、数年前から、母校で教鞭をとっている。もちろん陸上部の顧問だ。あいつのぶれない姿勢は若干のはた迷惑を含みつつも称賛に値すると思う。

 あいつが山都に赴任して四年。地元の八百屋を継いだ俺に、今年の県大会決勝を観に来いと、連絡が入った。今年は絶対インターハイに出るからと……。


 場内に流れるアナウンス。

「第二レーン、緑ヶ丘。第三レーン、山都……」

 第三レーン。いいとこじゃないか?

 スタンドの後方から立ったままトラックを眺めていた俺は、前方に座っている男の背が、アナウンスが流れたとたんにピクリと揺れるのを見た。その背中が遠い記憶を呼び覚ます。


 大垣?


 乗り出すように前かがみになってスタートラインに立つ選手たちを見ている背中。


 ――――On your marks

 ――――Set


 アナウンスが耳へと届き、俺はトラックに目を向ける。

 競技場内に緊張が走る。スタートを知らせる破裂音と共に、体の中で何かがはじけた。


 県大会決勝。

 あの時、第一走者は都筑だった。ぐいぐいとみんなを引っ張って、いつの間にか、県大会の決勝の舞台に立っていた。当たり前だって顔をして「絶対にインターハイに行くんだ!」と言っていた都筑。


 100×400mR。


 一人一人が走る時間なんて、あっという間。第二走者にバトンが渡る。


 都筑の次は、中学から陸上をつづけ、安定した実力のある前田。どこの学校も、第二走者には早い奴を持ってくる。その中で、前田がどこまでくいさがってくれるか……。


 俺の目は、すでに戦う態勢に入っている第三走者に吸い寄せられる。山都高校、四継、第三走者。俺の体中の細胞が一か所に集まって、これ以上ないほどに圧縮される。目の前のランナーの背にあの時の俺が重なる。

 二走の前田がトップスピードで近づいてくると、圧縮された細胞がはじける。

 一気に最高速度へ加速。


「はいっ!」


 掛け声とともにバトンが手渡される。

 そして、最終走者は大垣。

 中学時代、県下で敵無しとまで言われた男だ。高校では、もう陸上はやりたくないと陸上無名校に入学した大垣を、都筑は持ち前の強引さと、あの笑顔で口説き落とした。

 当時、エース級の大垣を山都高校はアンカー・四走に置いていた。


 

 あの日、ほんのわずかに大垣のスタートが早かった。

「早い!」

 と、俺は叫んだ。

 バトンを渡す前にトップスピードに乗られては、大垣を捕えることは出来ない。

 きっと、見ているやつにはわからないくらいの、わずかなズレ。

 だが、勝ち残るには、それが命取りだった。


 目前の三走が、テークオーバーゾーンへと近づく。

 乗り出すようにレースを見ていた大垣の背がびくりと震える。

 腹の底が引き絞られるような緊張。どくどくと心臓が鳴る。

 ぐんぐん加速をして、バトンを渡す瞬間に、お互いのトップスピードでカチリと合わさる。

 綺麗にバトンが渡り、見ているおれの手にぐっと力が入った。瞬間、こちらに背を向けた大垣のこぶしも握りしめられ、ピクリとはねるのを俺は視線の端で捉えた。


 競技が終わり、俺はこちらに背を向けて座る大垣にゆっくりと近づく。その背中をポンと叩くと、まだレースの余韻に浸っていたらしい大垣が「うおおお!」と大げさな声を上げて飛び上がった。

 

「なによ、お前も都筑に呼び出されたの?」


 笑いながらそう問いかけたが、心臓に悪いとかぶつぶつ言いながら大垣は俺の問いに答えない。


「なあ、お前、町内駅伝大会の話、都筑から聞いた?」


 重ねて俺が問いかけると大垣が苦い顔をする。


「OBチームで出て、成人の部で優勝狙うんだろ?」

「そう、それそれ」


 どかっと大垣の隣に腰を掛けた。


「誘われてるよ。県大会の時のバトンミスの借りを返せとさ。もう時効だろう、って言ったのに、聞く耳ねぇし……」

「へえ、お前出るんだあ」

「おまえも出るんだろ?」

「そうねー。おまえも出るんだったら出てもいいかなー?」

「ああ、お前って、そういうやつな」


 嫌そうな顔をする大垣に、俺は声を立てて笑っていた。


 お前が出るなら出てやるよ。


 なんて、下手な言い訳を見つけて。


  <END>

 



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