第2章 9・恋敵
吸血鬼のヘルツォーク二世は、ホーリーとの戦闘を潜り抜け、ウィン姫のもとへ。そしてその唇を奪ったのです。
第2章 9・恋敵
吸血鬼の少年・ヘルツォーク二世が、子犬を抱えたウィン姫の唇を奪った瞬間、ウィン姫の右手が唸りをあげてヘルツォーク二世の頬を打ちました。
乾いた音が月夜に響き渡ります。
「初対面の人間に対して無礼であろう」
その行為ほどにウィン姫の表情に怒りは見られませんでした。
ヘルツォーク二世は膝を追って頭を下げます。
「ご無礼をお許しくださいウィン・ド・ドリミング姫。そのあまりに可憐な美しさに我を忘れてしまいました。このドット・フォン・ヘルツォーク二世、一生の不覚にございます」
そう言って両目から涙を流したのです。
ドワーフの戦士ギャンもホーリーも完全に固まってしまっています。
先ほどまでの脅威と現状のシーンとのギャップについていけないのです。
「先日、私の誘拐状をトリミング城に送り付けてきたのは貴様だな」
ウィン姫は右手で銀の剣を抜くと、その刃をヘルツォーク二世の細い首筋に突きつけました。
ヘルツォーク二世は流れる涙を止めることなく、
「誘拐状などという無粋な云いようはおやめください。あれは、我が妻に迎えたいという招待状にございます」
(妻?だってこの子、まだ10歳くらいだろ)
【ホーリー様、いずれゆっくりとご説明申し上げますが、吸血鬼は見た目の姿と実年齢はまったく別なのです。吸血鬼の血族に迎えられた年齢から歳をとりません】
(血族に迎えられた?)
【吸血鬼はその強大な力を持つ故に大きな束縛をいくつも受けています。彼らは子孫を残せない体なのです。そのため、血族を増やすには複雑な儀式を行います。それをもってしても1体の吸血鬼が生涯において増やせる血族は1体だけです。それも複雑な関係にあります。いずれゆっくりとお話いたします】
(そうなんだ……血を吸われたら吸血鬼化するわけじゃないんだね)
【以前、申し上げた通り、吸血鬼のウィルスに侵された人間や一部の妖精、獣の類は不死兵化します。ホーリー様の剣の効果とほぼ同じです。眷属となるのです】
(じゃあ、どっちにしろ噛まれちゃダメってことだね)
ホーリーが頭の中でスマホアプリのマリエッタと語り合っている間にも、ウィン姫とヘルツォーク二世のやりとりは続いていました。ウィン姫に抱かれた子犬ナターシャは常に歯をむき出しにして唸り声をあげてヘルツォーク二世を威嚇しています。
「先ほど見せていただいた我が式鬼との戦いぶり、勇ましくまた優雅にございました。まさに記念すべき我が100人目の妻にふさわしい」
(100人目!?いったいこの少年は幾つなんだ?)
「フン。100人目だろうが1000人目であろうが構わぬが、私は強き者の妻になることを望んでおる」
ウィン姫の剣の刃はまだヘルツォーク二世の首筋に突きつけられたままです。
「そうであればなおのこと。私はこの200年、誰にも戦いの場で退けをとっておりません。吸血鬼本家の王族たちも私を前にして大口を叩けるものなどおりませんよ」
「ほう。不死族の国の中でも最強と言い張るか」
「そう受け取っていただいて構いません。それではその無粋な刃をおしまいになって、我が宮殿にお越しください。式の準備は万事整っております」
「随分と気が早いの」
「はい。姫への愛の証として、家宝として伝わる暗黒の宝玉を持参いたしました」
ホーリーは自分が手にしている宝玉をどうしてよいのか困惑します。
「その家宝、あやつに持っていかれているではないか」
ウィン姫が皮肉たっぷりにそう言いましたが、ヘルツォーク二世は意に介さず、
「従者にお渡ししたのです。姫にお渡ししたも同然。と、いうより私はあのような宝に興味はございません。私が直接、姫に婚姻の誓いとしてお渡ししたいのは、我が魂の半分にございます」
「私に貴様の血族になれというのか…」
「そうです。私は永遠の妻としてウィン・ド・トリミング姫、あなたを選んだのです」
「貴様は一体幾つなのだ?」
「私の歳ですか……数えるもやめておりましたが、280歳かと」
「ではその間に誰とも魂の契約をしていないのか?」
「あなたのような御方をお待ちしておりました」
「うむ……」
ホーリーには何のことだかさっぱりわかりませんでしたが、とりあえずヘルツォーク二世の熱意はウィン姫の心を動かしている様子でした。
ウィン姫は唸りながら剣を鞘にしまいました。そして、
「貴様の私への想い十分に受け取った。嬉しく思うぞ」
ヘルツォーク二世は止まらぬ涙をぬぐうこともなく、
「ありがたきお言葉。それでは……」
「しかし、2点問題がある」
「問題が……いかなる問題でしょうか。このヘルツォーク二世、姫を妻に迎えられるのであればどんなことでもいたします」
「うむ。それではしかと聞け。ひとつは貴様が最強でありながら、吸血鬼狩人のキリュウが未だ健在であること」
「キリュウ……あのような雑魚、眼中にございません。ただちに血祭りにあげてみせましょう。して、次なる問題は?」
「そうだな……実は私には結婚を約束したものがすでにいるのだ」
「国王が決めた許嫁など、政略結婚の一環に過ぎますまい。我が力をもってトリミング王国の勢力を拡大いたしましょう。そうすればお父上も納得されるはず」
「……いや、それが、許嫁ではないのだ。直接求婚されてな。その強さを見せつけられて私も承諾してしまっている」
「な、なんと。そ、それはいかなる男にございますか」
ヘルツォーク二世が凍り付くような表情で顔を上げました。
「う、うむ。そこにいる男じゃ。貴様の家宝を手に持っている」
ウィン姫がそう言ってホーリーを指さしました。
ヘルツォーク二世がゆっくりとホーリーの方を見ます。
鬼のような形相に変わっていました。
頬を伝う涙は血に変わり、唇を噛み締めて口からも血が大量に流れ落ちます。
「え、いや……」
(結婚を承諾なんてしていないし、そもそも求婚していないし……)
そんなホーリーの思いなど、今のヘルツォーク二世には伝わる由もありませんでした。
なかなかご感想をいただけず、寂しい思いをしております。
一言でも構いませんので、いただけると嬉しい限りです!!




