第2章 8・ヘルツォーク二世
死霊の群れを撃退したホーリーたち一行の前に現れた少年は一体何者なのか?
第2章 8・ヘルツォーク二世
大きな月に照らされて少年の表情が見て取れました。
業火のように燃え上がる赤い瞳。青白い肌。右耳には青く輝くピアス。口は幾分大きく、鼻は高く鋭く、首は枝のように細い。独特の模様が描かれた緑のネクタイに、白いシャツ、上下のスーツはやや緑色がかった高貴なものです。
月夜の下で見るには違和感があり過ぎます。
そして誰もこの少年の問い「魔法を跳ね返したのは誰か」には答えません。
ドワーフの戦士ギャンが、頬を紅潮させ、鼻を鳴らします。
「お宝の匂いがするな。かなりのレアクラスの宝の匂いだ」
少年が興奮するギャンを一瞥すると、懐から宝玉を取り出しました。
「我が家に伝わる暗黒の宝玉だ。欲しいのか?」
少年がニヤリと笑って尋ねます。
「無論。宝に目がないドワーフなどこの世にいない」
「では、どうする?」
「敵であれば容赦はせぬ。力づくで奪うのみ」
そう言い放つとギャンが盾を構え、鉄の斧を頭上にかざします。
少年はまるで怯える様子もなく、ひきつったような笑みを浮かべ、
「ドワーフ如き虫けらが、力づくで何ができる!?」
その言葉を聞いた瞬間に、ギャンは斧を頭上で回転させて少年に飛び込みました。
鉄の斧の刃を受けて、少年は八つ裂きにされて地に崩れ落ちました。
「フン。口ほどにもない。ウシッシ、ではこの宝玉は俺が貰い受けるか」
ギャンが地に転がった宝玉を手にしようとすると、その手を夜の闇が掴みました。
「ウム、この妖魔め、まだ生きているのか……」
ギャンが無理やりその手をほどき、再度構えなおします。
「俺の式鬼を300以上倒すだけのことはある。なかなかな鋭い攻撃だな。だが所詮はドワーフの域よ。俺には効かぬ」
その言葉と共に少年は暗闇から現れたのです。
上着のスーツだけはギャンの斧で切り裂かれたようで、上半身は純白のシャツに緑のネクタイです。
「それではこちらの番だ。詠唱は終わっているが、構わぬか?」
ギャンが盾を構え、
「こい!!」
【ホーリー様いけません。凄まじい魔力の高まりです。おそらく冷却系の魔法でしょう。ギャン様では防ぎようもありません】
ホーリーの頭の中でスマホアプリのマリエッタが忠告しました。
辺りの気温が恐ろしいほどに急激に下がっているのをホーリーも感じました。
少年は左手をギャンに向けます。
青い放電を伴った光がその手の平に集約されていきます。
【この魔力の放出、レーザー砲の比どころではありません】
それを聞いて、ホーリーが動きました。光速の身のこなしでギャンの前に立ちます。
「裸足の魔導士なにを……」
ギャンが驚いて声を発した時、少年の手の平から魔力が放出されました。
『魔空凍土の息吹』
あらゆるものを凍てつかせ、破壊する強力な魔法でした。周囲の植物もことごとく凍り付き、バラバラになっていきました。
いきなり発生した低気圧の渦に大気が乱れます。
空気中の水分すらも凍り付き、月夜に輝きます。ナイト・ダイヤモンドダストです。
冷気をまとった強い風がホーリーたちの間を吹き抜けていきました。
「ほう。俺の魔法が効かぬか……何者だ?」
左手を向けたままで少年は、ホーリーにそう尋ねました。
「僕の名はホーリー。みんなは僕のことを裸足の魔導士と呼んでいる。キミは誰だい?」
「なるほどお前が噂の魔導士か。俺のこの魔法で僅かなダメージすらも与えられないとは、少々ショックだな。俺の名はヘルツォーク二世。不死族の国の吸血鬼の王族の末裔だ」
「吸血鬼……そうか、それでどうする?まだ戦いを続けるか?」
ホーリーがそう問うと、ヘルツォーク二世は失笑を浮かべ、
「そちらの手の内も見せてもらわねば決めようがないな」
「そうか、では、いくぞ……キミの魔力をそのままお返ししよう!!」
「なに!?こ、これは……」
ホーリーが左手をヘルツォーク二世に向けて、受けた呪文の威力をそのまま跳ね返します。それがこの「ガードプロテクター」の力です。
「ぐわあああ……」
さすがの吸血鬼もこれほどの威力の冷却系の魔法を受ければ致命傷です。
しかし、ヘルツォーク二世には強力な魔力を基とする魔法壁に常に守られています。
それでも威力は半減させるにとどまりました。
ヘルツォーク二世は闇の中に吹き飛んでいきました。
地に転がった暗黒の宝玉をギャンが拾い上げます。中身をのぞきこみ口惜しそうな表情を浮かべ、そしてそれをホーリーに渡しました。
「俺ではあの呪文は受け止められなかった。裸足の魔導士がいなければ俺は死んでいただろう。戦利品を獲る資格はお前にある」
「いいんですか?本当にもらっちゃって……」
ホーリーはすんなり受け取りましたが、ギャンはそれをまだ未練たらしく見つめています。
「そういえば、ウィン姫は大丈夫…か…な…え!?」
ホーリーが周囲を見渡し、子犬を抱いたウィン姫を見つけました。ウィン姫は自分自身で結界を張って、ダメージを受けていません。
それよりも問題はその隣に立つ少年でした。
先ほど吹き飛んだヘルツォーク二世に他なりません。
「え!?え!?」
しかもまるで自分の彼女と言わんばかりにウィン姫の肩を抱いて、こちらを見て笑っているのです。
【ホーリー様、この吸血鬼、底が知れませぬ。あまりに魔力が膨大で探知が60%までしか届かないのです】
もはやマリエッタの声はホーリーに届いてはいませんでした。
「なるほどね、彼がその言い伝えの魔導士なわけだ。やる気満々だねー。俺はそんなものには興味がなくてね。俺が興味があるのは、この世でひとつだけ。それはキミだよ、ウィン・ド・トリミング」
そう言うと、ヘルツォーク二世はウィン姫に口づけをしたのです。
何が何だかわからぬホーリーは頭の中が真っ白です。
(他人がキスしているところを生で見るのは初めてだ……)
そんな驚きと興奮を感じていたのでした。
袁術異聞伝も久しぶりに更新しました。
ぜひ拝読よろしくお願いいたします。




