第1章 35・ヤンの能力
第1章 35・ヤンの能力
兵を統率する超巨大蟻を失ったガミジン族は、暗闇の中、我先にと退却を始めました。誰ひとり将の仇を討とうとするものはいません。次なる命令を受けるべく女王蟻のもとへと急ぎます。
ガミジン族の女王蟻はこの蟻塚を出払っていたので、そのフェロモンを追って、蟻塚を駆け下り、シグナリ族の蟻塚の方角へと向かっていきます。
「よーし、みんな、勝鬨をあげろー!!」
ヨークがそう叫んで右手をあげます。
「巨大蟻には言葉は通じませんよ。それにほら、みんな勝手に追撃に行ってしまいました」
ヒューイが苦笑いを浮かべながらヨークの肩を叩きました。
3千あまりいたシグナリ族は、逃げるガミジン族を追って誰ひとり残ってはいません。
「あら……僕はやっぱりリーダーっていう器じゃないのかな……」
「いえいえ、よく頑張りましたよ。それより、彼女の容態を確認しましょう」
ヨークとヒューイがキリュウのもとへ向かいました。その後にヤンが続きます。
「キリュウ殿お疲れさまでした。さすがですね。この大きさの巨大蟻を両断するとは」
ヒューイが両断されて横たわる超巨大蟻を確認しながら感心してそう声をかけます。
「女の方はそっちでなんとかしておけって言っておいただろうが」
キリュウが膝をつき、ケリーを片手で抱きかかえながら愚痴をこぼします。念力を使った攻撃をまともにくらってあばら骨が数本折れていました。漆黒の甲冑にも亀裂ができています。
「ギリギリセーフでしょ。ねえ、ヒューイ」
ヨークが隣に立つヒューイに同意を求めます。ヒューイは肩をすくめて答えました。
「この女の意識が戻らねえな。呼吸はしているみたいだが」
キリュウがそう言って静かにケリーを床に置きます。
ケリーは軽装の革の服をズタズタに引き裂かれていて、血をにじませた白い肌をあらわにしていました。
ヨークは思わず唾を飲み込みます。
「んん!」
ヒューイが咳払いをして、見惚れるヨークを制する合図を送ります。ヨークはわかっているよという顔をしてヒューイを見返しました。
ケリーの右の太ももは超巨大蟻のあごに突き刺された穴が開いていて、そこから大量に流血しています。
キリュウは自らの甲冑に付いていた紐を取ると、それでケリーの太ももの付け根を縛りました。さらに自分のズボンを切り裂いて傷口を塞ぎます。血止めの応急処置です。
「やばいな。血を流し過ぎてるぞ。おい、起きろ!」
キリュウが軽くケリーの頬を叩きますが、目覚めるどころか痙攣をし始めました。
「キリュウ、無茶すんな!ケリーちゃんは重傷なんだよ」
ヨークが慌ててそう叫ぶと、ヒューイが膝をついてケリーの痙攣を押さえます。
「おかしいですね。この症状は何かの発作のようです。身体全身が麻痺している症状も見られます。中毒症状のような……」
「巨大蟻特有の神経毒じゃろう」
ヤンがそう言ってケリーの首もとを確認すると、針で刺したような穴があり、紫色に腫れていました。
「巨大蟻に毒があるのですか?」
ヒューイが尋ねると、ヤンがうなずいて、
「うむ。一部の超巨大蟻だけじゃがな。相手を麻痺させて死に至らしめる特殊な毒を持っている」
「死に至らしめるって……え、このままケリーちゃん死んじゃうの?せっかく苦労して助けたのに?」
ヨークも膝をついてケリーの表情をのぞきこみました。
ケリーは苦しそうな嗚咽を漏らしながら、時折呼吸が止まりかけます。
「じじい、何か策があるんだろ。ここまで何にも活躍してねえんだから、何とかしろ!」
キリュウがヤンに向かって乱暴にそう言うと、ヤンは眼鏡の曇りを手で擦りながら、
「解毒剤が必要じゃの……おそらく毒を注入されて数時間経過しておるようじゃ。普通の人間ならばすでに死んでおる。細い身体をしてなかなかの生命力じゃの。よほど鍛錬しておるのじゃろ」
「ヤンさん、感心してる場合じゃないんだよー。ケリーちゃんの毒を治す薬はどこかにあるの?」
ヨークがヤンの肩をゆすります。
「わかっておる。手を離せヨーク。どこを探しても解毒剤なんぞないわ」
「ヤン様、トリミング王国に戻っても、でしょうか?」
ヒューイが冷静な表情で尋ねます。ヤンは静かにうなずきました。
「オワッタ……」
ヨークががっくりと肩を落とします。
キリュウはじっとヤンを見つめ、
「じじい。探してないならどうする」
「……そんな怖い目で睨むな。わかった。ないもんは作るしかあるまい」
「え!?ヤンさん、そんな解毒剤作れるの?」
ヨークが驚くと、キリュウが、
「ヨークは最近入団しているから知らねえかもしれねえが、このじじい、薬を作ることだけは天下一なんだよ」
「だけ、は余計じゃ。しかし、どうだったかの……。昔、一度作るのに成功していたはずなんじゃが……はて……」
「早くしようよー!ケリーちゃんが死んじゃうよ」
「わかっておるっちゅうに。ヨークは黙っておれ。うーん……ヒューイ、その死骸から肝臓を取り出してくれんか、色が紫色している臓器じゃ」
「は、はい」
ヒューイが両断された超巨大蟻の身体を松明の火で照らし、臓器を物色します。
「ヨークは、こいつの触覚を探せ。キリュウに斬り捨てられておるはずじゃ」
ヤンは腕まくりしながらそう指示を出します。
「早くしろ!ヨーク!」
キリュウが怒鳴りつけます。
「そんなこと言ったってすぐには見つからないでしょ。自分で斬ったんだから自分で探しなよー……」
ヨークは松明をかざしながら必死に地面を探します。
「じじい。他に何が必要だ」
「うむ……なんじゃったかの……あとひとつあったはずなんじゃが……」
「じじい!そのボケた頭一発殴って思い出させてやろうか!」
「ああ、思い出したわ。人間の血じゃ。大量のな。……まったく、なんちゅう乱暴な口をきくんじゃ……かりにもわしゃ黒風党のリーダーじゃぞ……」
「何をつべこべ言ってるんだ。血なら俺のを使え」
「簡単に言うがな、人間の血には性格があるのじゃ。性格が一致した血しか使えん」
「その性格はどうやって調べる?」
「……それは、ここでは無理じゃ。それなりの設備が必要じゃからな」
「確率は?」
「なぬ?」
「その血の性格が合う確率だ。どのくらいだ」
「そうじゃの……20、いや30%くらいかの」
「だったら十分だろう。戦場で矢に当たらない確率の方がよっぽど低い」
「本当に乱暴な奴じゃのー。黒き破壊者・ブラックバスターと吸血鬼どもに呼ばれて恐れられるのもうなずけるわ。略してブラバスじゃったかの」
「余計なことはいい。ヨーク!見つかったか!」
ヨークは地面を這いずり回ってようやく斬られた触覚を探し出しました。
ヒューイもお目当ての紫の臓器を両手で抱えて持ってきます。
「よし、じゃあ、やってみるか。失敗してもわしを責めるなよ」
ヤンによる即席の解毒剤作りが始まりました。
今日も雪が降っています。
春が待ち遠しい……




