第1章 29・選択肢
第1章 29・選択肢
ホーリーはみんなの場所に戻りました。
女王蟻が死んだので、召喚していたフェロモンスプレーが効果を発揮しています。残ったガミジン族が互いに攻撃し合っているのです。
ホーリーが左翼の陣を攻撃する直前にノエルに渡しておいたもので、右翼の陣を含めガミジン族の群れ全体が壊滅的な状況になっています。
そんな咆哮と悲鳴が交差する中で、ウィン姫は静かに地面に横になっていました。
傍には王国軍将校のラムサスとウィン姫の愛犬ナターシャの姿があります。
ラムサスはその青い長髪を垂らして愕然としていますし、ナターシャも伏せの姿勢で主人であるウィン姫の頬を優しくなめていました。
(マリエッタ、ウィン姫の容態は?)
ホーリーがスマホアプリのマリエッタと頭の中で交信します。
【たいへん危険な状態です。超巨大蟻の神経毒が体に回っています。強力なα―ラトロトキシンという神経毒で、神経の放電を塞ぎ、全身麻痺の後、呼吸と心臓が停止します】
(治療方法は!?)
【抗毒素血清が必要ですが、ここにはありません】
(どこに行けば手に入る?)
【トリミング王国の街中の病院では入手できないでしょう。トリミング王国の科学者であるヤンであれば在りかを知っているかと】
(ヤンさんが……)
ヤンという老人は義賊・黒風党のリーダーで、現在は別隊であるガミジン族の蟻塚に攻め込んでいます。
(ウィン姫は……ウィン姫の命はあとどのくらいもつの?)
【ウィン姫は強い生命力・免疫力を持っています。それでもあと1時間が限界かと】
ウィン姫が微かに目を開きました。
傍らのナターシャの頭をなぜます。
「ナターシャ……お前、怪我をしているではないか……」
ナターシャの左脇腹は巨大蟻の攻撃を受けて大きく裂けています。ひどい出血をしていました。おそらくナターシャにはもう立ち上がる力は残されていないのでしょう。わずかに残った力でウィン姫の手にじゃれながら最期の瞬間を迎えようとしていました。
「裸足の魔導士はどこだ?」
ウィン姫が必死に声を出してホーリーを呼びます。普通の人間であればとっくに呼吸困難になっていてもおかしくない状態です。
「ウィン姫、僕はここです。今からガミジン族の蟻塚に向かいます。あなたの毒を体から消し去るには抗毒素血清が必要です。ヤンさんなら在りかを知っているはずです。必ず戻ってきます」
ホーリーは涙を拭きながらそう答えました。
「なんだ、貴様泣いているのか?女々しい奴だな……貴様にお願いがある。」
「なんですか?」
「ナターシャの傷を治してほしい。貴様の魔法ならば治せるはずだ。瀕死のシグナリ族を救ったあの薬だ……」
あれは巨大昆虫に対しては、治癒効果を増大させることができますが、哺乳類には逆効果です。死期を早める結果になるのです。
(マリエッタ、ナターシャの傷を治す薬を召喚することは可能?)
【深緑の宝玉の封じられた力を解放すれば、アプリはバージョンアプし、召喚できる魔法具の数をひとつ増やすことができます。ナターシャの重傷を治す薬の召喚も可能です。ウィン姫の解毒も可能です。ホーリー様、これはとても重要な選択になります】
ナターシャを治癒する薬を召喚させれば、ワープ用の小型車を召喚できなくなります。ここからガミジン族の蟻塚まで徒歩で往復すれば3時間はかかることになるでしょう。そして、ワープできない以上は蟻塚を襲撃にいった仲間たちの半数以上は命を落とすことになります。
もちろんウィン姫はここで息絶えるでしょう。
「聞いているのか、裸足の魔導士……」
ウィン姫はうつろな目でホーリーを見つめました。ホーリーは返答に困窮します。
「なんだ貴様、本当に裸足ではないか……慌てて靴でも脱げたのか?」
そう言ってウィン姫は微かに微笑みました。
「裸足の魔導士殿、どうか姫様のお命をお助けください。そのためならば、このそっ首、いつでもあなたに差し上げましょう」
ラムサスも涙を流して、ホーリーにそう嘆願してきました。
「ガミジン族の残党は大方片付いたよ。凄い威力だね、この魔法。さっきまではまったく効果がなかったのに」
ノエルが能天気に喜んだ声を弾ませながら戻ってきました。背後には巨人バスケスも一緒です。
「ずいぶんとみんな傷だらけだけど……伝説の魔導士の力でパッと治せるんでしょ?」
笑顔でそう言うと、ノエルはホーリーの顔を覗き込みました。
【召喚を4つ行い、私の電力もあと21%しか残ってはいません。宝玉の力を解放してください】
ホーリーはナターシャから受け取った深緑の宝玉を取り出しました。
「目覚、充電」
そう唱えます。
スマートフォンのワイヤレス式充電方法です。
【アプリがバージョンアップしました。召喚できる魔法具が現在4つだったのが5つになりました】
召喚できるのはあとひとつだけです。
何か良い案はないか、必死に考えるホーリーでした。
午前3時の更新いまだ継続中です。
継続は力なり!
はたしてどこまで継続できるのか!?




