第1章 28・非情なる虐殺を繰り返す裸足の魔導士
第1章 28・非情なる虐殺を繰り返す裸足の魔導士
大きな月が密林を照らしています。
木々は薙ぎ倒され、踏みしだかれ、地は至る所がシャベルカーで掘り返したようにえぐれていました。そして葉と草と土にまみれた巨大蟻やその幼虫の遺骸の破片が、辺り一面を埋め尽くしています。
そこから飛び出した犬が一匹。
ウィン姫の愛犬ナターシャです。口には深緑の宝玉が咥えられています。
ホーリーは頬を伝わり流れ落ちる涙を拭いて、ナターシャを出迎えました。
【ホーリー様、間違いありません。深緑の宝玉です】
ホーリーの頭の中にスマホアプリのマリエッタの声が流れます。
「よくやったねナターシャ」
ホーリーは両膝を地につけ、労いの言葉をかけながら大きな身体のナターシャの背中を摩りました。フサフサな長い毛が巨大蟻たちの返り血を浴びて濡れています。
クーン……
ナターシャは宝玉をホーリーに渡すと、主人を探して歩き始めました。
右足を引きずっています。今にも倒れそうです。
「怪我をしているのか?ナターシャ」
ホーリーが歩み寄りますが、ナターシャは振り返りもせずに進んでいきます。
【幼虫や子ども、卵を抱えた兵隊蟻がほとんどとはいえ、群れの中に突入すれば抵抗を受けるのは当然です。ましてや子どもたちを守ろうとする巨大蟻の攻撃は凄まじいものだったはずです。敏捷性に優れたランド種だからこそ可能な作戦でした】
「ナターシャの傷の具合は?マリエッタにはわかるんだろ?」
【……】
ホーリーはナターシャに寄り添うように歩みました。
よく見ると、月光に照らされた左の脇腹が大きく裂けています。右足は今にもちぎれそうです。
【ホーリー様、女王蟻にとどめをさしてください】
「わかってる!でも、ナターシャの傷を治療するのが先だろ!」
【物事には優先順位がございます。今は敵のリーダーを討つのが先決です。ここまできて結局は情に流されるのですか?ナターシャは己の命をかけて使命を全うしたのですよ。ホーリー様にはホーリー様の使命があるはずです】
ホーリーが歩みを止めました。
ナターシャは震える足取りで先へと進んでいきます。この先に主人であるウィン姫が待っているのです。
「ナターシャの傷を治療してからでも遅くはない。そうだろ、マリエッタ!?」
【ナターシャの傷は致命傷です。もう助けることはできません】
「どうして……そんな危険な作戦だって言ってなかったじゃないか!」
【ナターシャが命を捨てねば成功できない作戦でした。ナターシャも承知していたでしょう。女王蟻をこちらに引き付けられるのですから。さすがにウィン姫といえども伝説の巨大昆虫にはまだ勝てません。ナターシャはそれがわかっていたのです】
「そんな……」
【女王蟻が弱っている今しか討つチャンスはありません。戻ってくださいホーリー様。ナターシャの頑張りを無駄にしないためにも】
(なんで、どうして……どうしてこんな悲しい夢が続くんだ……)
ホーリーにはこれが夢の世界だとわかっていても胸が痛みました。子孫のために命を投げ出す巨大蟻たちにも、主人のために命をかけたナターシャにも……。
ホーリーは振り返り、暗闇の中、ひときわ巨大な蟻の姿を確認しました。
伝説の女王蟻。
足かせとなるこども蟻たちがいなければ、このレーザー砲を使っても勝てない相手だったでしょう。
うずくまった女王蟻の腹から流れ出す青い血。
その周囲には生き残った数匹のこども蟻が心配そうに触覚を女王蟻に擦り付けています。
ホーリーはその場所を目指して歩き出しました。
涙が止まりません。
【戦争はいかなるときも非情なものなのですホーリー様】
ホーリーが無言で、レーザー砲のスイッチを入れます。
「僕はこの世界では、非情なる虐殺を繰り返す魔導士なんだ。そういう設定なんだろ?」
【……】
マリエッタは何も答えませんでした。
ホーリーはどんどんと女王蟻に近づいていきます。
足元には切り刻まれた巨大蟻の遺骸が散らばっていました。
【これ以上近づくのは危険です。この距離からでも十分、女王蟻を撃ち殺せます】
ホーリーはそれでも歩みを止めません。
「そうか……僕は非情なる虐殺を繰り返す、裸足の魔導士だったんだ……」
そう呟くと、ホーリーは黒風党から借りていた靴を脱ぎました。靴下もです。
【ホーリー様?いったい何を?巨大蟻の身体は金属のように固いのです。たとえ破片といえども素足では怪我をします。靴を履いてください】
ホーリーは歯を食いしばって進みます。
巨大蟻の遺骸を踏みしめる度に激痛が両足に走りました。
【何のためにそのような真似を】
「……別に罪滅ぼしってわけじゃないよ……でも、僕は痛みを感じるべきなんだ。これだけの虐殺をしたという事実を身体と心に刻み込まなければだめなんだ……」
【ホーリー様、無駄なダメージです。おやめください】
ホーリーは倒れ込んだ女王蟻の2m手前まで来て、立ち止まりました。
両足の裏は切れて血だらけです。歩んできた道が両足から流れる血で2本の筋になっていました。
あごをわずかに震わせる女王蟻の目は紅く大きく、ホーリーのすべてを見透かしているかのようです。
足元の子ども蟻たちは、ホーリーに気が付いて女王蟻の前に立ちはだかります。手足のもげた兵隊蟻たちも最後の力を振り絞って女王蟻のもとに集まります。
30匹が女王蟻の盾となって、ホーリーに向き合いました。
女王蟻にはもう念力を使った結界を張る力は残されていません。
赤い光線が夜の闇を照らし、土煙をあげながら一瞬でそこにあったものを吹き飛ばしていきました。
いやー朝起きてびっくり、昨日と同じ量の雪が積もっています。
いつまで降るんだろ……
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