第1章 10・出発の掛け声
第1章 10.出発の掛け声
トリミング王国の地下下水道、巨大蟻が侵入してきた横穴に、ホーリー一行が到着して2時間が経過しました。
各自で戦闘準備を整えています。
それぞれの武器は、ウィン姫が銀の剣「スットガルト」。愛犬のナターシャはその獰猛な牙と爪が武器です。王国軍将校ラムサスは軍剣ですが、ウィン姫の剣よりもはるかに長く細い長剣。
漆黒の甲冑姿のキリュウは巨大な剣。後ろを歩く少年ノエルの身体よりも大きな剣です。ノエルは特に武器を持っていないようで手ぶらです。
やせっぽっちのヒューイは長槍。ヨークは巨大蟻に効果がある矢を背にしょって、右手には宝飾の施された豪華な弓。
眼鏡の老人ヤンは短剣を腰にさしています。殿の巨人バスケスはその体に見合った巨大な戦槌を肩に担いでいます。
「それでは時間になりました。みなさん出発の用意はいいですか」
ホーリーが全員にそう問いかけます。みな無言でうなずきました。
ホーリーの内向的な性格上、学校で何かイベントをするときのリーダーだったり責任者だったりということを経験したことがありません。常に誰かの指示で動き、みんなの後についていくというスタイルで生きてきました。
仕切る。という初めての経験に胸が高鳴ります。緊張と責任感と、なぜか優越感を感じていました。
(夢の中だからこそできることだな)
いつのまにか、この夢がずっと続いてほしいと願っている自分がいます。
(ケリーさんを無事救出するまでは目が覚めませんように……)
目を閉じて、そう祈りました。こんなところで目覚めてしまったら後味が悪くて仕方ありません。
(マリエッタ、例の車を召喚して)
頭の中でマリエッタを呼びます。ズボンに入っているスマホが起動し始めます。
【承知いたしましたご主人様。ワープ専用小型車を召喚します】
地下下水道よりもさらに暗い横穴の方角に向けて、一台の車が出現しました。小型車といっても列車一両分はあります。異常に縦に長い車です。
その大きさにホーリーは驚きましたが、他のメンバーの驚きはそれ以上です。車も列車も見るのは初めてなのですから。巨人バスケスなどはその戦槌を振りかざして襲い掛かろうとしたぐらいです。
「ご心配はいりません。これに乗り込めばあっと言う間に蟻の巣に到着できます。怖がらずに乗り込んでください」
車の中央にドアがあり、それが開きました。
それだけでも全員がビクリと反応します。大型犬のナターシャは吠えっぱなしです。
誰も動かないので、ホーリーがまずは乗り込みました。
座るシートが両側にあります。10人は楽に座れるでしょう。ぎゅうぎゅうに押し込んでしまえば確かに50人は乗れそうです。
「あれ、運手席がないな」
運転席に座るつもりだったホーリーは驚きました。先頭から最後尾まで両側にずっとシートが設置されているだけなのです。
【全自動操縦です。目的地を指示するとあとはすべて内蔵されているコンピューターがやってくれます。障害物も避けたり、除去もします。ご安心ください】
「へー、凄いな、未来の乗り物だねー。便利だなー」
ホーリーがひとり感心していると、ドアからウィン姫とナターシャが飛び込んできました。ナターシャは警戒の唸り声を発して辺りを見渡しています。
「よくわからぬが、この魔法の部屋にいれば、蟻の巣とつながるのか?」
「まあ、そういうことだね。さっ、座って座って」
ホーリーの勧めに従ってウィン姫がシートの中央に座ります。左側のシートと右側のシートは対面式です。ナターシャは大人しくウィン姫の足元の床に座り込みます。
最後に巨人バスケスが乗り込み、ようやく出発の準備が完了しました。
(乗り込むだけでも30分もかかっちゃったな……みんな初めてで警戒しているから仕方がないか。マリエッタ、準備できたからスタートして)
【承知いたしました。目的地の到着は8秒後になります】
(OK。せっかくだから出発の掛け声なんて、いいかな?)
【承知いたしました。ホーリー様の掛け声と同時に出発いたします。それではどうぞ】
(出発進行!……はちょっとベタすぎるかな……いくぞ皆の者!……っていう感じでもないか。うーん、なんて言うのがいいんだろう……)
【……なんでも大丈夫です】
(えー……うわーなんて言えばいいのか思いつかないよ)
【この場合、2345通りの掛け声のパターンがありますが、ご紹介いたしましょうか】
(いや、いい。ここは自分で考えたいんだ。よーし……)
シートに腰をかけた全員の目がホーリーに向けられています。一体これから何が行われるのか。どんな魔法の詠唱が始まるのか。全員がドキドキしながら見守っています。
「んん、それではみなさん。キャ、ケリーさん救出に向けて蟻の巣へ、GO―!!」
ホーリーは真っ赤になりながらそう叫んで、右手を突き上げました。
ほとんどのメンバーが唖然としているなか、少年ノエルとウィン姫だけは楽し気に「オー!!」と叫んで右手を上げます。ラムサスも仕方なしに小さく「オー」とつぶやきながら右手を上げました。
他のメンバーはノーリアクションです。
【ご主人様、微妙に噛んでいましたが、掛け声をやり直しますか?】
「いや、もう、いいよ……スタートしてください……」
すると車内が僅かに揺れ、何か横からの重力に引っ張られる感じがしました。
【到着です。お疲れさまでございました】
本当にあっという間でした。ホーリー一行は巨大蟻の巣の入り口近くに到着したのです。
ホーリーは何となく後味の悪さを感じながら、ドアを開いて外へ出ました。
明日も午前3時に更新いたします。
ご感想がほしい……切にそう願います。




