第1章 8・求婚
第1章 8・求婚
トリミング王国地下にある黒風党の秘密本部を出発したホーリー一行の布陣は、以下の通りになります。
先頭はなんとホーリーです。
理由は至極簡単で、地下下水道地帯のどこに穴を開けて巨大蟻たちが侵入してきたのか、誰にもわからないからです。唯一、そこまでの道筋をつけられるのが、ホーリーの持つスマホ、「マリエッタ」のアプリでした。
マリエッタが画面に示す地図を頼りに進んでいくことになるので、自動的にホーリーが大切な先頭を任されることになります。
「自ら志願して先陣を務めるとは、なかなか見上げたものだな」
ホーリーと共に先頭にいるのがトリミング王国のウィン姫。そしてその愛犬ナターシャです。
「はあ……」
ホーリーは返事ともため息ともつかない言葉を弱々しく呟きました。ホーリーはこの生意気盛りのウィン姫が苦手だったのです。自分に絶対的な自信を持っていて、自己中心的。それは現実世界の仲間であるバイミシャークとまったく同じ気質でした。
ウィン姫のすぐ後ろには王国軍の将校ラムサス。ウィン姫の護衛も兼ねているのでしょう。すぐに暴走気味になるウィン姫を抑える役目もありそうです。
その後に漆黒の甲冑姿のキリュウ。あどけない少年のノエル。やせっぽっちのヒューイと続きます。少し離れて弓のヨーク、そして黒風党の頭領ヤン、殿に巨人のバスケス。
バスケスは最後まで本部に残り、ヤンを護衛すると言ってきかなかったのですが、老齢のヤンもパーティーに加わることを決断し、やむを得ず付いてくることになりました。バスケスとしては王宮の人間に強い不信感を抱いていて、行動を共にしたくない様子です。
総勢十名の異色なパーティーが、松明を手に、薄暗い下水道地帯を進んでいきます。
時刻はもう昼を過ぎて、夕方にさしかかろうとしていました。
「シャナム十六万匹に続き巨大蟻一万匹も撃退したそうだな」
ウィン姫はホーリーに興味深々で、何かにつけて話しかけてきます。
ホーリーはその度に「ええ」とか、「そうだと思います」と適当に相槌をうっていました。
「私が幾つかわかるか?」
「はあ、12歳くらいでしょうか」
「なんだ、魔力は強くても女を見る目は弱いな。私は14歳だ。もうすぐ15歳になる」
「へー」
まったく興味のないホーリーは生半可な返事です。それより気になるのは足元を歩く大型犬。時々牙を剥いてホーリーを威嚇してきます。
もしご主人様に手でも出したら承知しないぞ、と言わんばかりです。
「15歳になると婚姻を結ぶ権利を手にすることになる。それは知っているか」
「はあ。そうなんですか」
「私には現在、十二の国に許嫁がいる」
「え!?12人も婚約者がいるの」
「そうだ、すべて国王の決めた政略結婚だがな」
「なるほど……政略結婚……」
噂には聞いたことがありますが、実際にそういう環境にいる人間に会うのは初めてでした。よほどの家柄、よっぽどのお金持ち、相当な権力者の世界のおとぎ話のようなものだと思っていたホーリーにとっては斬新な話です。
「12人全員戦わせて、勝者の妻になる予定だったがな。面倒なことにヘルツォーク二世という吸血鬼も立候補してきた。こいつも王族の端くれらしいがな。このままだと私は吸血鬼の妻にならねばならないかもしれぬ」
「はあ……吸血鬼と結婚ですか」
さすがに話が突拍子もないので、ホーリーのイメージできる世界を超越しています。
「しかしな、あのキリュウという男が登場してきた」
そう言ってウィン姫はチラリとだけ後ろを向きました。松明の火に照らされたキリュウの姿が見えます。
「あの男は強い。おそらくヘルツォーク二世とやらよりもな。私がこれまで出会ってきた男の中で一番かもしれぬ」
「そうですか……」
「そうですかではないぞ。これは貴様にとってもチャンスなのだ」
「チャンス……ですか?」
「そうだ。キリュウがいくら剣の達人でも、シャナム十六万匹など討ち取ることは不可能だ」
「まあ、そうかもしれませんね」
ホーリーはウィン姫が何を言いたいのか理解できていません。ウィン姫はやきもきしながら、
「鈍い男だな。このまま貴様が活躍し、見事ケリー奪還に成功したら、私が貴様の妻になってやってもよいと言っているのだ」
「はあ!!?」
さすがに驚いてホーリーが足を止めました。貴様の妻というのは、つまりホーリーの妻ということです。
「姫様、またそのような勝手なことを申されては……」
後ろで話を聞いていたラムサスが我慢できずに口を挟みました。王女の夫になれるのは王族だけという暗黙の了解があります。戦に強いからといって勝手にキリュウやホーリーと結婚できるわけではないのです。
「ラムサスは黙っておれ。私は自分の夫は誰よりも強い男と決めているのだ。すなわち私よりも強くなければいけない。キリュウとはケリーを救出したあとで白黒決着をつけるが、もし貴様がキリュウよりも強いのならば、また話は変わってくる。その時は潔く私と一騎打ちをせよ」
とても14歳の少女の発言とは思えません。そもそもホーリーは誰かに「貴様」扱いされたこと自体が初めてでした。しかも相当上から目線で求婚を迫っているのです。
(僕にはドナという大切な女性がいるのに……)
そう考えたとき、ホーリーの頭の奥が強く痛みました。
ドナのことを考えるときは必ずこうなります。なぜだかはホーリーにもわかりません。
「どうした?大丈夫か?」
ウィン姫の緑に輝く瞳とホーリーの目が合います。ドキッとするほど真っすぐな強い視線でした。ホーリーは慌てて目をそらすと、ウィン姫の白く輝く太ももが目に飛び込んできてさらに慌てることになります。
「グルルルル」
そんなホーリーの下心を見抜いたのか、ナターシャが唸り声をあげてホーリーを睨みました。
一行は間もなく巨大蟻が開通した穴に到着しようとしておりました。
明日も午前3時にお会いしましょう!!




